聖都での道中
ニフラム大聖堂から市街地に出るには南北に伸びる二本の橋を渡る必要がある。
昨日、コルニエルさんに聞いた店は北東にあるため北の橋を使った。結構距離のある橋なので、定期的に馬車が出ている。徒歩で渡る人はほとんどいないため、俺たちも馬車を使った。
市街地に出たら水路を使って移動するのが良いと聞いていたので今は徒歩でボートの停留所に向かっている。
「そういえばこうして三人でお出掛けするのは初めてですね」
歩きながらアイリスがふと呟いた。
たしかに俺はラナと二人でいることが多い。その次に幼馴染三人だろうか。カナタかサナのどちらかと二人でというのももちろんあるが、気付けば三人になっていることが多い。
ちなみにウォーデンは一人で居ることが多い。冒険者の癖で情報収集をしているのだとか。
気付いたら周囲の情勢やなんかに詳しくなっている。
聖都までの道中でも、立ち寄った街の酒場で近道なんかを聞いたりしていた。
きっと今日もルナリアの所に行ってから情報収集に街へ繰り出すのだろう。こういう所は本当に頼りになる。
俺たちにはない冒険者ならではのノウハウだ。
ラナはよくアイリスと一緒に居るが、女子組で集まることが多いように思う。魔術の見識を広めるためにカナタとカノンと話しているのもよく見る。
アイリスも同じだが、サナと二人でいるところもよく見かける。
カノンは最近カナタと一緒に居ることが多い。
特に言及はしないが、上手く行ってくれればいいと願うばかりだ。
「たしかにそうだな。二人は王女としての仕事でいつも忙しいからこんな時でもないと出歩けないもんな」
「だね〜。もう少し落ち着いて欲しいけど」
「落ち着くわけないよね」
アイリスが苦笑し、姉妹二人揃ってため息を吐く。
俺も手伝いたい気持ちはあるが、政治のことはよくわからない。いずれ勉強しなければ。
「……っと、ここだね」
ラナがコルニエルさんから貰った地図を確認し、足を止める。
そこには聖都に張り巡らされた水路を走る小型ボートの停留所があった。
ここからバスのような役割のボートに乗り、コルニエルさんに教えてもらった店に向かう予定だ。
「時間はっと……あと少しで来るね」
ラナが時間を確認して、備え付けのベンチに腰を下ろす。俺も隣に腰を下ろすと、アイリスも続いた。
「あれ、色で用途が分かれてるんだね」
「色?」
ラナが目の前を行き交うボートに視線を向けながら呟いた。
視線に釣られて俺もボートに目を向けると、確かに船体の色で用途が分かれているようだ。
青なら人用、緑なら貨物用といった風に。
「ホントだ。それにしても道路みたいだな」
水路は二車線に分かれており、右から左へと流れていくボートと左から右へと流れているボートが規則正しく動いている。
まるで地球の道路みたいだ。
「ドウロ?」
「地球だと車っていう馬車みたいな物専用の道があるんだ。走ってる車が多いし、馬車よりもスピードが出るしで道路がないと危ないんだよね」
「そのドウロがこんな感じなの?」
「そうそう。左側通行で事故らないように」
「へ〜。確かにごちゃごちゃしてたらぶつかりそうだもんね」
そんな雑談をしながら待つこと五分ほど。人を乗せた青色のボートがやってきた。
行き先を示す板には東区行きと手書きで書かれている。
「東区行きです。乗りますか?」
「お願いします」
三人分の料金を支払い、ボートに乗り込む。
小型ボートとあってそれほど大きくはないが、三人分のスペースはあった。
「では出発します。揺れるのでしっかり捕まってください」
頷くと、ゆっくりとボートが進み始めた。
馬車よりは遅いが、歩くよりは早い。そんな速度で水路を進んでいく。
「風が気持ちいいねぇ」
「だなぁ」
隣に座るラナが気持ちよさそうに目を細め、肩に寄りかかってくる。俺も同じように寄りかかるとラナの手を取り、繋ぐ。
アイリスも慣れたもので俺たちのこういう姿を見ても気にしなくなってきた。
以前は顔を真っ赤にしていたが、今はニコニコと微笑むだけだ。
「こういうの、新鮮でいいですね。前に来た時は観光なんて出来ませんでしたし」
「もし出来たとしても護衛がいっぱい居てこういう事は出来ないもんね。護衛の人たちには感謝だけど、息苦しくなる事もあったよね」
王族でも同じ人間だ。
たまにはそう思う事もあるのだろう。ラナもアイリスも決して完璧な人間ではないのだから。
「なら今日は目一杯楽しまないとな。護衛は任せてくれ」
「もう今の私たちに護衛なんて必要ないけどね」
「まあ確かにな」
俺もラナもアイリスも、そこらの護衛では話にならないほどに強い。俺たちが護衛を守ることになりかねない程に。
仮に今襲われたとしてもそれが使徒でなければ余裕で切り抜けられるだろう。
……まあレニウスがいる聖都で使徒が襲ってくるなんてことはないだろうけど。
だからこんな時ぐらい多少気を抜いて楽しんでもいいだろう。
視界を白を基調とした建造物が流れていく。
そんな景色を見ているだけで幸せな時間だ。俺はそんな幸せな時間を、目的の停留所に着くまで思う存分堪能した。




