転移魔術
「……ッ!? まさか!? 使えるのですか!?」
ラナが驚きに目を見開く。
そしてそれは魔術師全員が同じ反応だった。よくわかっていないのは俺とサナだけだ。
「それってすごいの? ラノベだったら定番だけど」
「サナ。現実とフィクションを一緒にするな。地球でも未だ転移魔術を使える魔術師はいない。稀に遺跡から転移魔術だと思われる魔術式が発掘されるが、解読できた魔術師は居ないんだ」
「それは……すごいね」
「そういや、月ノ迷宮にあったのも転移魔術だよな?」
月ノ迷宮からラナの囚われていた月の遺跡に移動する方法は転移魔術だった。
部屋全体にびっしりと記述された魔術式。あの異様な光景はいまだ記憶に残っている。
「そうだね。あれも転移魔術の一種だよ。動き続ける月の軌道を計算しなきゃいけないからアレだけの大きさになってるけど、同じ星ならそう難しい事じゃない」
レニウスが人差し指を立てると魔術式を記述する。
すると次の瞬間、レニウスの姿が掻き消えた。
「ほらこの通り」
振り返るとなんて事のないようにレニウスが立っていた。そして再び魔術式を記述。玉座の前に姿を現した。
「立体魔術式ですら……ない?」
ラナが呆然と呟く。
「転移魔術にそんなものは必要ないよ」
「必要……ない? ……じゃあもしかしてそもそも前提が間違っている? カナタ。地球の転移魔術はどんな物?」
「二点の座標を繋げる魔術だと考えられているな。魔術式が龍脈のある場所でしか発見されてないから少なくとも龍脈の利用が前提ってのが魔術師全体の見解だ」
「カナタさん。その龍脈と言うのは?」
「そうか。こっちには無いのか。龍脈っていうのは――」
と、そこでレニウスがパンッと柏手を打った。全員の視線が集まる。
「考察するのは結構だけど、今はそれぐらいに」
「しっ、失礼しました」
ラナが頬を赤らめ、頭を下げた。
熱中し過ぎたのが恥ずかしいのだろう。
「構わないよ。優秀なのはいいことだからね。とまあ転移魔術を使って近くまで送ることができるわけだ。無論帰りもね」
「近くまで?」
「転移するには転移先の座標が必要だからね。冒険者ギルドのある場所や創世教の重要拠点にしか転移できないんだ。これもヒントだね」
「だから視界に映る場所には簡単に転移できる……?」
ラナが自信なさげに呟いた。しかしレニウスは答えずに微笑むだけだ。
きっと自らの知恵でたどり着いてほしいのだろう。レニウスという天使はそういう人物だとわかるようになってきた。
「……だから公表の後でいいなら転移で送る事は可能だ。だいたい一月以内に行って帰って来れるんじゃ無いかな? 無論、無常氷山の機嫌にもよるけどね。どうする?」
ラナが少しだけ考え込むように目を伏せてから呟く。
「一月……。許容できなくは……ない。アイリスは?」
「帰ったら大変そうだけど、大丈夫だと思う」
「なら決まりだね。もちろんグランゼル王国の事は心配しなくていいよ。ヴィレリアの手に負えない事態に陥ったら私が出るつもりだからね」
「それは……ありがとうございます。安心して行ってこられそうです」
ラナとアイリスが頭を下げた。
「だけどレニウス。そもそもこの情報は教えてよかったのか?」
多くの情報を語らないレニウスにしては珍しい。
地球への帰還方法も俺たちの手で探し出すべきだと考えていると思っていた。
「あまりそっちに時間をかけてほしくは無いからね。だから問題ないと判断した。それだけだよ」
「そうか……。まあなんにせよ助かったよ。ありがとう」
「礼には及ばないよ。こちらの都合だしね。それじゃ、私はこれで――っと言いたいところだけど一つ忘れていた。……聞いているんだろビュート?」
ビュート。
それはカノンが新たに召喚した使い魔の名前だったはずだ。普段とは違う召喚魔術で召喚したせいか呼び出すだけでカノンの魔力、そのほとんどを消費する必要があるらしい。
迂闊に呼び出せない使い魔だ。
『……』
場を静寂が支配する。
「今なら私の魔力を貸してやるが?」
『……』
レニウスの言葉に使い魔は答えない。
やがてレニウスは大きな大きなため息を吐いた。そして独り言のように小さく、わざとらしく呟く。
「あーあ。せっかく美味しい物を用意してたのに残念だ。非常に残念だ。あとで私一人で頂くとしよう」
『まっ……マテ!』
慌てたような声……というより思念を飛ばしながらカノンの肩に現れたのは小さな駒鳥だった。
「やあ。久しいねビュート」
『……ウマイものはドコだ!?』
「まったく……。開口一番にそれかい? 流石悪食の名に恥じない食い意地だね……。だけどそんな物はないよ」
レニウスがあっけらかんと言い放つと駒鳥はポカンと口を開けていた。これには流石に同情する。
『キッ……キサマ! はかったナ! だからキライなんダ! このクソテンシ!』
口が悪い。そしてどうやらビュートとレニウスは面識があるらしい。
というより言語を解する使い魔は初めて見たが、普通なのだろうか。シルは俺たちの言葉を理解していそうだが、話せるわけでは無い。
……いや、その前に使い魔と面識があるのはおかしくないか?
使い魔は造る物だと以前、カノンから聞いた。
ならば記憶はどこからくるのだろうか。それとも特殊な召喚方法とやらが関係しているのだろうか。
魔術師ではない俺ではいくら考えてもわからない。
「そうカリカリしないしない。私の質問に答えてくれたらたらふく食べさせて上げるよ」
『ほんとうカ?』
漆黒の駒鳥は目を細めてレニウスを睨みつける。
「本当だよ。約束だ」
『わかっタ。質問はなんダ?』
「簡単な質問だよ。幻想王はカノン=アストランデについたと見ていいのかな?」
『……ヤツの心はわからナイ。そもそもワレは騙されたダケダ!』
「美味しい物が食べられるからって?」
『…………ソウダ』
ビュートが絞り出すように言った。かなり悔しそうだ。それでも食べ物に釣られるあたりまったく学習しているようには思えない。
……にしても幻想王?
知らない単語だ。だけど聞いても教えてはくれないのだろう。
『いいからウマイ物だ! 早くしロ!』
ビュートがカノンの肩を飛び立つとレニウスの頭上を旋回しながら鳴き喚く。
とてつもなくうるさい。レニウスも手で耳を塞いでいる。
「わかったわかった。カノン=アストランデ。ビュートを少し借りるよ」
「……ん」
「あとそうだ。白の第一位には気を付けなさい。空想幻界を視れる幻境眼を奪われるわけにはいかないからね」
「……奪われる?」
「言葉の通――」
『はやくシロ!』
「わかったわかった。じゃあ、またね」
手を振りながらレニウスが去っていく。その頭上を永遠と駒鳥が旋回していた。




