手掛かり
「娘の事かい? ウォーデン・フィロー」
レニウスが振り返ってウォーデンに目を向ける。
「……はい」
ウォーデンが静かに頷く。
するとレニウスは困ったように眉を顰めた。
「……残念だけどアレは私にはどうにもできないよ。少なくとも静寂の赫が生きている内は」
「……生きている内? ……あの呪いは独立しているはず……」
レニウスの言葉にカノンが疑問を呈した。
「その通りだカノン=アストランデ。だけど独立しているだけならどうとでもなる。あの呪いの厄介な所はマーカーの役割もある事なんだ。解呪しようとした瞬間、問答無用で殺されるよ。静寂の赫はそこらへん徹底してるからね」
「……わからなかった」
カノンが眉を顰め、目を伏せる。
つまりいくらカノンやラナ、アイリスが実力をつけようと使徒である静寂の赫を殺さなければ意味がないということだ。
あの枯死の翠と同格の使徒を――。
「……ッ!」
ウォーデンが歯を食いしばり、拳を握りしめる。
それがどれほどの難易度か。実際に枯死の翠と魔法使いの戦いを見ている俺たちにはわかる。
今のままでは確実に無理だ。万に一つも勝てる見込みはない。
だけど――。
「――ウォーデン」
酒癖が悪く、いつもはテキトーでだらしのない仲間の名を呼ぶ。
俺は彼に助けられた。
ウォーデンがいなければ俺はラナを救う事はできなかったかもしれない。もし救う事ができたとしてももっとずっと時間が掛かっていただろう。手遅れになっていた可能性もある。
……それに。
ウォーデンのルナリアを想う心は本物だ。
あんな優しげな目を見たら嫌でもわかってしまう。
ならば手を貸さないなんて選択肢はない。与えられた恩には報いなければならないのだから。
「使徒を倒さないといけないなら倒せばいいだけだ。そうだろ?」
俺は敢えて簡単な事のように言って見せる。
「だけど……」
「今のままじゃ無理なのは百も承知だ。だけど俺は今のままでいるつもりはない。なにせ俺はこれからこの世界で暮らしていくんだからな。邪神が世界を滅ぼすと言うのならいずれ倒さなきゃならない敵だ」
「……ほう? 言うね。柊木レイ」
俺の宣言にレニウスが目を細め、口角を上げる。
「お前ら魔法使いもヒトである俺にそれを期待してんだろ? ならやってやるさ」
「なら俺も負けてられないな」
「ホントだよ! 私もレイには負けないからね!」
幼馴染二人が追従して声を上げる。
カナタは獰猛に、サナは意気揚々と笑みを浮かべた。
頼もしい限りだ。だけど突っ込まずにはいられない。
「……いや何言ってんだ。お前らは地球に帰るんだろ?」
「そうだけどまだ手掛かりすらないし!」
「だな。それに天体魔術は時期が合わないと使えないからな。果たして何年掛かるのやら」
「……まあお前らがいいならいいけどさ。って事だウォーデン。使徒はいずれ俺たちが倒す。無論、そこにはお前も入ってるぞ。S級冒険者?」
不敵に笑って見せると、ウォーデンはフッと笑みを浮かべた。
「……そう……だな。必要ならやる。それだけの話か。……ありがとな」
「礼には及ばない。俺にも必要な事だからな」
「それでもだ」
「……ふむ。地球への帰還方法か」
俺たちの話を聞いていたレニウスが口元に手を当てて何やら考えている。やがて数秒もしないうちに口を開いた。
「……それなら無常氷山に行くといい。手掛かりが掴めるはずだよ」
「……無常氷山? ……北部最果て?」
カノンが呟くようにレニウスの言葉を反芻した。
氷に閉ざされた大地。そして刻一刻と天候が変わり続ける過酷な山脈。それが北部最果て【無常氷山】。
アストランデの一族が暮らす土地だ。
「カノン。何か知ってるのか?」
「………………知らな……あっ。……もしかして、祭壇? ……でも……御伽話じゃ?」
「御伽話?」
「……無常氷山の深部に魔術の秘奥が眠る祭壇があるって話。……危険過ぎて誰も立ち入らないから御伽話みたいになってる」
「そんな大層なものじゃないけどね。とにかく行ってみるといい」
なるほど。これ以上は教えられないということか。
「わかった。早いうちに行くことにするよ」
「でも困ったね。最果てとなるとどれぐらい時間が掛かるか……あまり国を長く空けるのは」
「たしかに……」
ラナとアイリスは王族だ。
二人して国を長く空けるのはまずい。今回もかなり無理をして聖王国まで来ている。
するとレニウスは「ふむ」と頷いた。
「馬車で移動したら行くだけで二ヶ月は掛かるだろうね。……まあ仕方ないか。クリス。いいかい?」
「はい。レニウス様がそう仰るなら」
「これから話すことは口外禁止で頼むよ?」
俺たち全員が頷いたのでレニウスは話を続ける。
「転移魔術は知っているよね?」




