謁見
翌日、俺たちは早速教皇と謁見することになった。
朝早くに聖騎士見習いと名乗る騎士が伝えにきてくれたのだ。時間は午前であればいつでもいいらしく、ならば早い方がいいだろうとみんなで相談してすぐと決めた。
そうして俺たちは各々正装に着替えてニフラム大聖堂の上層階にある謁見の間へと移動した。
案内はコルニエルさんが迎えに来てくれた為、問題ない。
「準備はよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
ラナが言うと、コルニエルさんが扉を開ける。
「勇者パーティの皆様をお連れしました!」
「お入りください」
「では私はここで」
どうやらコルニエルさんは同席しないらしい。一礼をして俺たちを中へと促した。
「ご案内、ありがとうございました」
「いえ、仕事ですので」
ラナが礼を述べるとコルニエルさんがニコリと微笑んだ。俺も会釈をしてからラナに続いて謁見の間へと入った。
ちなみに勇者であるサナとグランゼル王国の第一王女であるラナが二人並んで先頭だ。
サナの左には一歩下がったところに聖女であるアイリス。その隣にカナタ、カノンと続く。俺はラナの右の一歩下がった所にいて、その隣にはウォーデンがいる。
謁見の間は見事な物だった。
歴史を感じさせる彫像の数々に、何枚もの壁画。グランゼル城の謁見の間とはまた違った趣きがある。
目立つ壁画は五枚。
一つ目は多種多様な生き物が描かれた緑溢れる色彩豊かな壁画。
二つ目はどこまでも続く蒼穹に数多のドラゴンが描かれた幻想的な壁画。
三つ目は全体的に薄暗く、おどろおどろしい壁画だ。その壁画には人型ではあるものの異形の特徴を持った人々が描かれていた。俺の知っている言葉で表すなら悪魔の壁画といった所か。
四つ目は背に翼を生やした人々が大空を舞っている壁画だ。これは天使だろうか。俺の知る天使は守護の概念を司る魔法使いレニウスだけだが、もしかしたら天使という種は複数人いるのかもしれない。
五つ目は一つ目によく似ている。溢れる森林の壁画だ。しかし描かれているのは多種多様な生き物の特徴を持った人間である。獣人の壁画だろうか。
……獣人か。
たしか黄昏旅団の団長であり、大のラナファンであるエミリーが獣人の先祖返りなのだとか。
ヒトの先祖返りである俺が地球にいた以上、天使や悪魔の先祖返りも地球に存在するのだろうか。もしかしたら獣人の先祖返りも。
俺が知らなかっただけで、魔術師の世界では当たり前なのかもしれない。
「初めまして。勇者パーティの皆様。私はクリスティーナ=レイヴァン。当代の賢者、そして教皇代理を勤めております」
考え事をしていると、玉座の傍らに立つ女性が名乗った。
賢者とは創世教での称号みたいなものだ。
知に秀でた修道者に贈られる称号で、賢者が教皇代理を務めるのが通例となっている。
聖騎士団の統括をしている第一聖騎士団団長と並ぶ実質的な創世教のNo.2だ。
……でもそれにしては若いな。
女性は若く、見た目では二十代後半といったところだ。
俺の読んだ本では、賢者とは経験と知識を積み重ねた修道者がなれる役職だと書かれていた。
だからてっきりもっと歳を取った人物だと思っていたので意外だ。
しかし、この年で賢者にまで上り詰めたと言うのだから優秀な修道女なのだろう。
「お初にお目にかかります。私はサナ。サナ・スメラギと言います。召喚された勇者でございます」
サナが膝をついたので俺たちも一斉に膝をつく。
ともあれ俺は感心していた。
……勇者らしくなってきたな。
サナの仕草は完璧で、貴族と言われても信じてしまいそうになる程だった。
いつもは基本的に楽観的、もといふざけているサナだが、こういう場ではちゃんとしている。
思えば昔からそうだった。サナはやる時はやる人間なのだ。普段からもっとしっかりしてくれると尚良い。
「貴女が魔王を討伐した勇者ですか」
賢者クリスティーナが口元に手を当てて鋭い目つきをサナに向けている。
そして順にカナタ、そして俺を見た。
「なるほど。……では少々お待ちください」
クリスティーナが玉座の脇に置かれているハンドベルを小さく鳴らして姿勢を正す。
……この女、相当できるな。
一瞬で俺たちの強さを見破った。
サナは強くなっている。その勢いは止まることを知らず。俺たちもうかうかしていられない状況だ。
だけど俺やカナタと比べるとまだまだだ。
無論、情報として知っていた可能性もある。なにせ俺には黒の暴虐なんて不名誉な二つ名が付いている。
しかし俺はそうではないと直感していた。
あの視線は自ら視て確かめたのだと解った。
「……」
横目でカナタを見ると同じ事を思ったのか、油断なくクリスティーナに視線を向けていた。
「教皇猊下のご入室です」
と、その時、扉が開く音と同時にクリスティーナが告げた。
俺たちは一斉に頭を下げる。
するとコツコツと杖を突くような音が聞こえ、一人の老人が姿を現した。
横目で見るとその老人は金の装飾を施された純白の法衣を纏っていた。しかし腰は曲がり、杖を突かないと歩けないほどに歳を取っている。
老人は時間をかけて玉座の前まで進むと静かに腰を下ろした。
……なんだ?
違和感。
髪は白く、たっぷり蓄えられた髭も真っ白。目は窪み、肌は皺だらけ。どう見てもただの老人。
特筆すべき特徴はなく、休日のお昼時に公園のベンチにでも座っていそうな人物だ。
言ってしまえばどこにでもいる老人。威厳も何もあったものでは無い。
クリスティーナが礼を執っていなければ、どこかの老人が迷い込んで来てしまったのではないかと思っていた所だ。
だからこそ違和感が拭えない。
こんな覇気も無くどこにでもいる老人が教皇。
その事実に俺はチグハグさというか、どこか乖離しているような印象を受ける。
俺は横目で仲間たちを見た。
しかし誰も気付いていない。ラナでさえ、何も不思議に思ってはいない様子だ。
改めて老人に目を向ける。
するとバチっと視線が合った。落ち窪んだ目から覗くは力強く覇気に満ちた眼光。
思わず、匣を開けかける。
しかしすんでのところで止まり、俺は確信を得た。
――俺よりも強い。
ここにいる全員で襲い掛かっても勝てない。
そう思わせる覇気が教皇にはあった。
……なにがただの老人だ。
コイツは老人なんかでは無い。
擬態しているだけだ。
俺の中で全ての点が繋がった。
……そういう事か。
気付いてしまえば簡単だ。
だから俺は頭を下げるのを辞めて、立つ。
「レイ?」
明らかに無礼な態度にラナが訝しむような視線を向けてきた。それも当然だ。
教皇は聖王国という国の王だ。
今の俺の態度は他国の王に対するものではない。叱責されてもおかしくないだろう。
その証拠に教皇代理であるクリスティーナが眦を吊り上げる。
「キサマ……!」
それを教皇が手を挙げて止める。
その態度を見て、俺の確信は深まっていく。
いくら失礼と言われようと、叱責されようと、俺が頭を下げ続けるわけにはいかない。
俺とこの老人は対等でなければならない。それを彼も求めている。
「……伝言だ」
俺の言葉をみんなが固唾を飲んで聞いているのがわかった。だけどそのまま続ける。
「俺の師、神道尊が魔法使い、ライゼス=クロムウェルだ」
俺の言葉に、老人は歳を感じさせないほど爽やかな笑顔を浮かべた。
「そうかい」
老人は満足そうにそう答えた。




