聖都アルシオン
道中は特に問題も起きず、快適な旅路だった。せいぜい何回か魔物に襲われた程度だ。
襲ってきた魔物も駆け出しの冒険者が相手にするような個体ばかり。なので軽い運動感覚でしっかりと殲滅しておいた。
一度、大規模な群れと遭遇した時はサナとどちらが多く倒せるかを競ったりもした。なぜか因子を使うのはズルいと言われ普通に戦ったが、僅差で負けた。
さすがに星月夜を使うのはズルいと思う。俺は因子を使わなかったというのに。――解せぬ。
ちなみにヒトや因子については既に勇者パーティで共有してある。しかし俺の父、柊木ハジメがレスティナにいるかも知れないという情報は伏せておいた。
不確定すぎる情報だし、なにより事実だとすれば俺の問題だけではなくなる。
だから言うとしてもしっかりと情報が揃ってからにするべきだと判断した。
と、まあこんな感じで聖都までの旅路は旅行感覚だった。
激務の後のご褒美だ。
いくつか大きな街に立ち寄った時にはラナとデートも出来たし非常に満足である。
サナやアイリスも各地で美味しいものを食べられたと嬉しそうにしていた。
だけど露骨にカナタとカノンを一緒にするのはやめた方がいいと思う。アイリスもしれっとフォローしていたことからあの女子会でなんらかの協定が結ばれたのは疑いようがない。
途中からカナタは苦笑していたが。
まあ特に嫌がる様子もなかったから前向きには考えているのだろう。
二人とも納得のいく形に落ち着いて貰いたいものだ。
「これが聖都アルシオンか」
御者台に座りながら馬車を進めていると、前方に聖都アルシオンが見えてきた。
俺の呟きを隣に座っていたラナが拾って頷く。
「綺麗な街並みだよね」
まだ遠くに見えている程度だが、全体的に白を基調とした建造物が多い印象を受ける。
キラキラと輝きているのは水だろうか。
……そういえば水の都って呼ばれてるんだっけか?
前にレスティナについて調べていた時に本に書いてあった事を思い出した。
聖都の中心には巨大な湖があると。聖都は大陸の中央にあるため、その中心になると大陸の中心ということでもある。
街の中にも水路が張り巡らされており、小船で移動する人も多いのだとか。日本で言うバスみたいなものだ。
ということはつまり、そんな移動手段が必要になる程に聖都は広い街ということになる。
中でも一際目を引くのは白亜の塔と呼ばれる巨大な塔だろう。
聖都の中心には周りを巨大な湖に囲まれた創世教本部であるニフラム大聖堂がある。その大聖堂を取り囲むようにして街中に六つ突き立っているのが白亜の塔だ。
白亜の塔は冒険者ギルドや医療施設、役所といった創世教の関連施設なのだが、先端に魔導具が埋め込まれており、有事の際には連携して結界を展開するらしい。
年に一度の建国祭の時に動作確認を行う為、起動するのを見られるのだとか。
起動時は魔力光が夜空に煌めき、幻想的な風景を作り出すらしい。一度ラナと一緒に見てみたいものだが、建国祭はまだまだ先である。
非常に残念だ。
「ラナは前にも来たことあるのか?」
「星剣に選ばれた時に少しね。って言っても大聖堂にしかいなかったからあんまり来た事があるって気がしないけど」
ラナが遠くに見える街並みを見ながらつぶやくように言った。
「そっか。それは勿体無いな。今回は出歩ければいいけど」
「デートしたいし?」
ラナが街並みから視線を外し、俺の方を向いて悪戯っけに微笑む。だから俺はニヤリと笑って見せた。
「当然。ラナもしたいだろ?」
「それこそ当然だよ。前は外に出られなくても別によかったんだけど今回は我慢できそうにないかな」
「そう言ってもらえると彼氏冥利に尽きるな。……でも、それなら好都合だったのかもしれない」
「好都合?」
「二人とも初めてなら新鮮な気持ちで観光出来るだろ?」
「たしかに。じゃあ前は出歩かなくて正解だったって事だね」
「だな」
二人でひとしきり笑い合った後、ラナが俺の肩に頭を預けてきた。ふわりといい香りがする。
「楽しみにしてるね」
「俺もだよ」
聖都はその美しい街並みから、観光に訪れる者も多いと聞く。
きっと一日じゃ回りきれないだろう。
招集の件やウォーデンの娘、ルナの件もあるが時間は必ず作ろうと決心した。
馬車を進ませていると、門が見えてきた。
グランゼル王国の王都にある門とは違い、それほど大きくはない。
だけど早朝という時刻もあってかなり長い列が出来ている。
「結構並んでるね。多分言えば通れると思うけどどうする?」
「んーどうするか。別に急いでないからのんびり待ってもいいけどなぁ」
幸い、列自体は長いが進みが遅いわけではない。何時間も待たされるようなことはないだろう。
それに、日本人の感覚からしてこういう所で順番を抜かすは良くない事のように感じてしまう。
聖王国からすれば俺たちは要人になる為、別に良くないことではないのだがイマイチ慣れない。
「いやでも声ぐらいは掛けた方がいいか。俺、行ってくるわ。ちょっと御者任せてもいいか?」
「いいけど、私が行こうか?」
「王女に使いっ走りはさせられないよ。んじゃすぐ戻る」
「わかった。行ってらっしゃい」
手を振るラナに見送られ、俺は駆け足で門へと向かう。そしてしばらく進むと、奇妙な感覚がした。
ゾワっと鳥肌が立つような少し気持ちの悪い感覚だ。
俺は一度足を止め、後ろを振り返る。しかしそこには何もない。
……あぁ。これが天之抱擁か?
今も王都を守っている大規模結界、天之抱擁。しかし、王都から出る時は何も感じなかった。
……もしかして入る時だけ?
俺は興味本位で来た道を引き返そうと一歩踏み出した。その瞬間――。
――殺気がした。
俺は反射的に匣から天使因子を取り出す。
……双盾形態。
心の中でそう唱え、頭上に出現した天輪の形を変える。
一から形を変えるのではなく、形と言葉と紐付ける事で変化に掛かる時間が短くなるのだとこの前気付いた。
双盾形態はいくつかの形態のうちの一つだ。
その名の通り、作り出すは二つの盾。それを前面に展開。襲撃者の振るった剣を防ぐ。
「貴様何者だ!!!」
「お前こそ誰だよ」
天使因子を匣に戻し、入れ替わるようにして悪魔因子を取り出す。
すると襲撃者が大きく後退した。
……大太刀形――。ん?
すぐに反撃に移るべく血液を操作し、大太刀を作り出そうとした時に気付いた。
「聖騎士?」
襲撃者が純白の鎧を纏っている事に。
なにやら面倒事の予感がする。




