慰霊
シトシトと降る雨の中、水の音色を聞きながら俺は献花台へ花を備えた。
花の名前はレウルク。
純白の花弁を持つこの花は「安らかに」という花言葉を持つ。レスティナでは主に亡くなった者に供える花だ。
「……」
俺は無数の名前が書かれた巨大な慰霊碑に手を当てる。
一三五九人。それがあの戦いで犠牲になった人々の数だ。その中には冒険者は当然、民間人も含まれている。
……多すぎる……よな。
俺は身体の熱を冷ますように大きく息を吐く。
名前や顔を知る人物は少ない。だけど居ないわけじゃない。亡くなった白光騎士は実際に言葉を交わした事もある。
特段親しかった訳ではない。
剣の扱いに少し助言をした程度だ。
だけどもう二度と会うことが出来ないのだと思うと胸が締め付けられる。
……これが、死か。
俺は親しい者を見送った経験がない。
だから死というのがここまで心を乱すモノだとは思わなかった。
「レイ。大丈夫?」
隣にいたラナが手を握りながら心配そうに顔を覗き込んでくる。きっと俺が思っている事もお見通しなのだろう。
「ああ。大丈――」
俺は無理に笑顔を作ろうとしてすぐにやめた。別にラナの前で強がる必要は無い。
「いや、正直キツイな。俺がいた日本は平和な国だからこんなに人が死ぬ事なんて滅多に無いんだ」
俺のいた日本とこの世界では、死への距離が違う。これほど犠牲が出るのはそれこそ大規模な天災ぐらいな物だろう。
一方、魔物が跋扈しているレスティナでは死は身近なモノだ。
「前に言ってたね」
「だから……こういう言い方が合ってるかわからないけど慣れてないって言うのかな」
暗殺者を何人も殺しておいて今更だとも思うが、敵とそうで無い人とでは感じ方が違うという事だろう。
「だから顔を知ってる人が亡くなるのは結構キツイ。けど乗り越えていくしか無いとも思う。それが生き残った俺たちが出来る唯一のことだから」
「そう……だね。こればっかりは自分で呑み込むしかないから。私にできる事があったら相談してね?」
「ありがとな。ラナ」
「うん。じゃあ行こうか。後もつかえてるし」
「そうだな」
俺は一度慰霊碑に向かって手を合わせると、ラナと共に仲間たちの元へと戻る事にした。
これからもう間も無く、この場所は開放されて参列者が入ってくるだろう。
「あっ」
仲間たちの元へ戻る途中、並んでいる参列者の中からそんな声が聞こえた。
「ん?」
視線を向けるとそこには母親とおもしき女性に手を引かれている一人の子供がいた。小さな男の子だ。
そして俺はその子供に見覚えがあった。
俺は子供に近付くと、母親に軽く会釈をしてからしゃがみ込み視線を合わせる。
「あの時は怒鳴ってごめんな。怪我とかはしなかったか?」
あの時、それは鎧武者との戦闘中の事。逃げ遅れ、家の中で震えていた子供。それがこの男の子だ。
男の子は少しだけ視線を彷徨わせた後、俺の目を見てしっかりと頷いた。
「あっ……えっと……うん。だいじょぶ」
「そっか。それはよかった」
「もしかして、この子を助けてくださったのは……」
男の子と手を繋いだ母親の口から言葉が溢れた。俺は立ち上がり、母親の方に視線を向ける。
「助けたとは言えないですけどね」
俺はそう言って苦笑を滲ませる。
言い訳にしかならないが、あの時は悠長に言葉を交わしている時間なんてなかった。だけどあれが最善手だったのも疑いようのない事実だ。おかげでこうして再会することができた。
しかし、この男の子には怖い思いをさせただろう。
あんなに大声で怒鳴ったのだから。
「いえ、そんな事は……。レイ様。貴方様が居なければ夫に続いて息子まで失うところでした。息子を救って頂き、本当にありがとうございました」
母親は目の端に薄らの涙を浮かべながらも、真摯に頭を下げてきた。
ここに並んでいるという事はそういう事なのだろう。
しかし真にお礼を言うべきなのは俺の方だ。
「彼らが居た事で王都は守られました。だからそれは俺の台詞です。心から最大限の感謝と敬意を」
俺は胸に手を当てて貴族式の礼を執る。
彼女の言う夫がどんな立場の人間だったかは知る由もない。冒険者だった可能性もあるし、民間人だった可能性もある。それこそ冒険者ギルドの職員だった可能性も。
だけどそんな事はどうでもいい。
どんな立場、どんな人間だろうと迷宮都市に居たのならば戦って亡くなったはずだ。
ならばこそ俺は敬意を表する。
「そうですね。レイの言う通りです」
そこへ、規則正しい足音を響かせながらラナが近づいてきた。その姿はいつも俺といる時のラナではなく、凛とした佇まいで、王女に相応しい風格を纏っていた。
王族の登場に並んでいた参列者たちが一斉に膝を着こうとする。それをラナは片手を挙げて止めた。
「そのままで構いません。王都を守ってくださった英雄、そのご家族なのですから」
ラナは参列者たちを見回してから、身に纏った暗めのドレスの裾を軽く持ち上げた。
そして顎を引き、俺と同じく貴族式の礼を執る。
「グランゼル王国第一王女である私が王家を代表し、最大限の感謝を、そして敬意を表します。命を賭して戦った英雄たちのご冥福を祈ります」
参列者たちの中から息を呑む音が聞こえた。それと共に啜り泣く声も。
「レイ。行こう」
しばらくして、ラナがくるりと身を翻した。
「そう……だな」
ここにいても俺にできる事はない。
親しい者の死を乗り越えられるかは当人次第だ。
だから俺は祈ろう。一人でも多く、残された人々が乗り越えられるようにと――。
お待たせしました!
第6章『無常氷山編』開幕となります!
次回からは前と同じく週2回の更新を予定しています!(ストックが続く限り!)
そしてこのたび、ネット小説大賞12に応募していた作品『罪咎の騎士と死塔の魔女』が一次選考を突破しました!
読んでいただいた方々には感謝を!ありがとうございました!
まだ読んでいない方がいたら少しだけでも覗いてみていただけると嬉しいです!
きっとこの作品を読んでいただいている方々なら好みに合うかと思います!
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よろしくお願いします!
ではまた!




