記憶
「そういえば凱旋祭はどうなったんだ?」
サイル茶が空になった頃、俺は気になったことを聞いてみた。
襲撃のせいで中断という形になっていたが、このまま続行という訳にはいかないだろう。
「残念だけどとりあえずは中止かな。当面は復興を最優先にしなきゃだし。けど一応今回の戦いは氾濫現象から勇者パーティが王都を守ったって形になってるから、何かしら催し物はするつもり。復興祭とかかな?」
「なるほどな……」
氾濫現象から王都を守るための戦い。
今回の戦いを傍から見れば確かにそう見える。実際に氾濫してきた魔物を食い止めているのだから。
しかし実のところは至天から俺を守るための戦いだった。
だからこそ俺には聞かなきゃならない事がある。
「ラナ。一つ聞いていいか?」
「ん? なに?」
「……何人死んだ?」
ラナの表情が曇った。
仲間たちが無事だったのは全員が全員、特別な力を持っているからだ。
星剣適合者、特級魔術師、勇者、聖女、アストランデ、S級冒険者。誰も彼もが卓越した実力の持ち主だ。
しかし迷宮都市に居た冒険者や白光騎士団、白光魔術師団の人々は、優秀な人材である事は間違いないがそれでも普通の人間の域は出ないだろう。
だからこそ、あの規模の侵攻で死者が出ないなんて事は、現実的に考えてありえない。
数十か、はたまた数百か。一体何人の人々が死んだのか。俺には予想すらできない。
「レイの考えている事はわかるよ。でもレイの責任じゃ無いからね?」
ラナが心配そうに俺の目を覗き込んできた。
言われずともそれはわかっている。全部が全部俺のせいだと考える事自体が傲慢というものだ。
彼らは彼らの信念に基づいて戦った。その決意を俺が踏み躙るわけにはいかない。
「心配しなくてもそこは履き違えてないよ。あくまで悪いのは攻めてきた使徒や至天だしな。だけどそれは知らなくていい理由にはならない。だから教えてくれ」
「……わかった」
ラナは一度胸に手を当てて深呼吸をしてから口を開いた。
「……まず門を守っていた人たちから四人。東門を担当した騎士団、魔術師団から三人が魔物に。それと【煌夜】のメンバーが一人、カノンとウォーデンの証言だとバケモノにやられたって」
「……バケモノ。一体じゃなかったか」
俺が死にかけても鎧武者一体しか出てこなかった事から、他には居ないと思っていた。しかしそうでは無かったようだ。
ラナが目を細めてこちらを見てくる。
「……レイ。その言い方だと、王都内で死んでいたのを倒したのはレイって事でいいんだよね?」
「鎧武者の事だよな? それなら合ってる。俺が因子を使って殺した」
死にかけた事は言わない。
ただでさえ心配を掛けたのにこれ以上、心配事を増やすことはない。だがしかし、ラナはジト目で俺の目を覗き込んできた。
「まさかとは思うけど死にかけたとか言わないよね?」
……バレてーら。
沈黙。しばらく見つめ合って、俺は耐えられずに目を逸らした。ラナに嘘は付けない。付きたくない。
「ッ!」
ラナは無言で立ち上がると、俺の隣に座った。そしてギュッと俺に抱き付くと、胸に顔を埋めてくる。
その身体は小さく震えていた。
「……ごめんなさい。私があそこで一人にしたから」
「いや。ラナの判断は間違ってなかったよ。あそこでレオを止めといてくれたからこそ俺は二人の相手を出来たわけだしな。だから謝る事じゃない。……それにそのおかげで因子を使えるようになったからな」
俺はラナの頭を撫でながら言った。しかしラナは俺の胸の中で首を振る。
「それは結果論でしかない。私のせいでレイが死にかけたなんて……。胸が張り裂けそうだよ」
「違うよラナ。俺が死にかけたのは俺が弱かったからだ。それ以上でも以下でもない。だから決してラナのせいじゃない」
「でも……」
尚も言い募ろうとするラナ。
俺を想ってくれている事は素直に嬉しいが、そこに責任を感じて欲しくはない。だから俺はラナの頬を両手で包み込み、強引に上向かせる。
そして、その唇を塞いだ。
「んぅ!?」
至近距離で視線が交差する。
大きく見開かれる大海のような蒼い瞳に、つい笑みが零れた。
「ぷはぁ! ちょっとレイ! いきなりすぎ!」
「ラナのせいじゃない。わかったか? まだ言うようだったらまた塞ぐぞ?」
イタズラっ気混じりに言うと、ラナに呆れたような視線を向けられた。
「それ言った方が得じゃん」
「……たしかに」
「ふふっ」
ラナが破顔し笑い出す。俺も釣られて笑った。
「もう! わかったよ。私のせいじゃない。それに次は無いから。第一位程度、サクッと倒せるぐらい強くなれば良い話だからね」
ラナは不敵に笑って見せた。そんな表情も凛々しくてラナにはよく似合う。
「だな。……っとそうだ。その鎧武者の近くに雪月花は落ちてなかったか?」
あの時の事はよく覚えていない。
なにせ満身創痍だったから。手の感触的に砕けていてもおかしくはなさそうだが、修理できるならしておきたい。俺を守ってくれた愛刀だから。
「……どうだろ。報告には上がってなかったけど、後で聞いてみるね」
「頼む。あとは……迷宮都市の被害状況も教えてくれ」
俺の言葉にラナの表情が暗くなった。
「……まだ全容が把握できてないの。それだけ多くの人が亡くなった。幸い民間人は冒険者が時間を稼いでくれたおかげで多くの人々が避難出来たらしいけど……」
「全員が無事とはいえない……か」
「うん。……死者が少なかったわけじゃない。だから全部把握できたら国を挙げて葬儀を行うつもり。彼らは民を守ってくれた英雄だから」
「……それは俺も参加できるか?」
「もちろん。レイならそう言うと思って手配済みだよ」
「それは助かる」
そうしてしばらく無言の時間が続いた。サイル茶を啜る音だけが部屋に響く。
……さてどうするか。
俺は一つ、ラナに言っていない事がある。
それは聖剣を手にした時、脳裏に過ったあのありえない光景の事だ。
今となっては夢や幻覚だったのではないかと疑っている。
だからこそ正解がわからない。ただの勘違いなのであれば俺の内に秘めておく方がいいだろう。
「レイ? どうしたの?」
そんな俺の様子に気付いたのかそうでないのか、ラナが隣から目を覗き込んできた。
「いや」
俺は「なんでも」と言い掛けて口を噤む。
決して言う必要はない。だけど俺はラナに聞いてもらいたかった。俺の内に秘めておくにはコトが大きすぎる。少しでも吐き出しておきたい。
そんな思いから俺は話すと決意を固めた。
「ラナ。これから言う事は話半分に聞いてほしい。正直、俺自身でさえも夢や幻覚だったんじゃないかって疑ってる」
「……? よくわからないけど、ひとまずはわかった」
ラナが背筋を伸ばして頷く。俺の様子から真剣な話だと伝わったのだろう。
俺は一度深呼吸をすると、言葉を紡いでいく。
「……俺が聖剣を握った時、頭の中にある光景が流れ込んできたんだ。……多分、前勇者の記憶だと思う」
「前勇者の記憶……?」
俺は小さく頷く。
「前勇者が誰かと話している記憶だ。それで……俄には信じがたいんだけど、俺はその誰かを知ってたんだ」
「……それは?」
ラナが喉を鳴らすのがわかった。
俺は表情が強張るのを感じながらもその名前を口にした。
「――そいつの名前はハジメ。柊木ハジメ。俺の……行方不明になっている父親だ」
「――え?」
ラナの蒼き双眸が大きく見開かれる。
――ハジメ。後のことは任せていいか?
前勇者の視界に映ったハジメと呼ばれた人物。その姿は自宅にあった父の写真とよく似ていた。
これにて凱旋祭編は完結となります!
至天の本格始動から謎であったヒトの詳細を描いた章でした。
そしてまさかの……
楽しんで頂けていれば幸いです!
さて続きの第六章ですが、
間話を四話挟んでから突入する予定です。
おそらく開始までに少しお時間を頂くと思います!
第六章は【無常氷山編】です!
それと現在プロローグのノベルゲーム化を頑張っています。
おそらく来年になると思いますが、リリースしたらプレイしていただけると嬉しいです!
ではでは!




