幼馴染、そして友人
「そういえばラナ。聞いてなかったんだけどあれから何日経った? そんな経ってないとは思ってるんだけど」
身体の調子からして何日も寝込んでいたとは考えにくい。しかし正確な時間を知っておいて損はないだろう。
「うーんと、丸一日と少しだね」
ラナが備え付けの時計を見てから答えてくれた。予想通りといった日数だ。
「一日か。もしかしてずっと隣に居てくれたのか?」
「ううん。本当は一緒に居たかったんだけど後片付けがあったから……」
ラナは苦笑し、頬を掻いた。
俺たちは恋人だが、それ以前にラナは王女だ。俺も民を放ったらかしにしてまで看病をしてもらうのは本意ではない。
だから第一王女としての役目を果たしていたラナを俺は誇りに思う。
「そう言ってくれるだけで嬉しいよ。……その後片付けはもう終わったのか?」
どれだけの被害が出たのか。
今の今まで寝ていた俺に詳細は分からないが、俺と鎧武者の戦闘で何件か家が倒壊しているはずだ。ラナとレオが戦っていた広場も余波でボロボロだろうし、その前の地震でも建築物には負荷が掛かっている。
後片付けと言いつつも実際は復興のレベルだろう。一日やそこらで終わる規模ではない。
「まだ終わってないけど、今はアイリスに任せてるから大丈夫。安心して」
「……そのアイリスがさっき呼びに来てたけど大丈夫なのか? 何か用があったんじゃ?」
「………………」
しばらく見つめあった後、ラナがスイっと視線を逸らした。なんともバツの悪そうな表情だ。
そんなラナに俺は目を細め、ジト目を向ける。
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。本当にまずかったらあそこで用件言っただろうし」
「あの状況で言えるとでも?」
アイリスから見たらイチャイチャと言うには度を過ぎた光景だったはずだ。あの混乱ぶりからして、用件を忘れていてもおかしくはない。
「……」
「……」
再度沈黙。なんとも言えない空気が流れるが、これに関しては俺も悪いので、ラナに選択を任せることにする。
とは言えラナは王女だ。きちんと対処するだろう。
「……マズイと思う?」
「マズイと思う」
ラナがスッと立ち上がると廊下の方へ歩いていく。そして備え付けのベルを鳴らした。
すぐに扉が開き、メイドが顔を出す。
「お呼びでしょうか。ラナ様」
「アイリスを呼んできてもらえ……いえ、アイリスから用件があれば聞いてきてください。直接私が聞く必要のある事でしたら私が出向きます。なので教えてください」
「かしこまりました。直ちに」
メイドが一礼をして部屋を後にする。するとラナは再び俺の正面に座った。
予想通りきちんと対処したようだ。
「これで大丈夫でしょ?」
「ああ。大丈夫だと思う。……っと、そういえば聞いてなかったんだけどみんなは無事か? 気配がするから大事にはなってないと思うけど」
匣を開けたおかげで研ぎ澄まされた感覚は因子を使用していなくてもかなりの範囲を感知できるようになった。
自室にいる今でさえ、仲間たちの気配が手に取るようにわかる。だから心配してはいなかったが、怪我とかをしているなら後でお見舞いに行きたい。
なにせ俺のために戦ってくれたのだから。
「心配いらないよ。怪我はしてたけどアイリスが治してくれたから」
「そっか。ならよかった。……ちなみにサナもか? 至天と戦ってたハズだけど」
「もちろん。アイリスが言うには赫の第二位を圧倒してたらしいよ」
「……まじか。そりゃ凄いな。じゃあ第二位も……」
殺したのか、と言いかけて口を噤む。
レオを守る様にして降ってきた火柱は北門方面にも突き立っていた。
あれが至天を守る為の物ならば、第二位とやらは生きている可能性が高い。
「レイの考えてる通りだよ。サナはすっごく悔しがってた。後一歩で逃げられた〜って」
その様子が目に浮かぶ様で俺は苦笑する。
「まあ大きな怪我をしてないなら十分だよ。……カナタは?」
「白の第二位を殺したって。でも本当に第二位かは怪しいって言ってた」
「怪しい?」
「なんか詐欺師みたいな男だったんだって。だから自称第二位は信じられないってカナタが」
「なるほどな。でも流石だな」
カナタの役目は氾濫した魔物の足止めだった筈だ。
その役目をしっかりこなしつつ、至天を殺した。流石としか言いようがない。
「本当にね。幼馴染として鼻が高い?」
「もちろんだよ。自慢の幼馴染だ。本人には絶対言わないけどな」
俺の言葉にラナがクスリと笑った。
「たまには言ってあげなよ?」
「絶対イヤ」
「もぅ。……でもそんな関係ってちょっと憧れるなぁ」
ラナが窓の外を眺めながら、憧れに思いを馳せるように呟いた。
「幼馴染?」
「うん。王女だとやっぱりそういうのは難しいから」
「エミリーとミリセントは? 小さい頃から知り合いなら近い関係じゃないのか?」
黄昏旅団の団長、副団長の名前を挙げるとラナは苦笑を深くした。
「んー。あの子は斜め上方向に突き抜けてるからなぁ」
「突き抜けてるって……。まあ間違ってはいないけど」
あの破天荒ぶりを見ればラナがそう思っていてもなんら不思議ではない。
「それに二人は冒険者になっちゃったし」
「そっか。……他にはいなかったのか?」
「やっぱり王族と貴族だとね」
愚問だった。
比較的王族と貴族の距離が近いグランゼル王国でも身分差という物は明確に存在する。
心の許せる幼馴染という関係は王族には難しい物なのだろう。
「まあでも王女であることに後悔はないし、こればっかりは言っても仕方ないね」
寂しそうに笑ったラナに心臓がキュッとなった。
たしかに幼馴染はもうできないかもしれない。
だけどラナには新たな繋がりができた。それはきっと幼馴染という関係性に劣る物ではない。
「……だけどラナ。幼馴染はもう難しいかもだけど友人なら出来ただろ?」
俺の言葉にラナはパチパチと目を瞬かせると、すぐに相好を崩した。
「確かにそうだね。サナもカノンもカナタもウォーデンさんももう友人だ。優しい恋人もいるし?」
「だろ? だから時が経てばラナが今感じている憧れに近付くと思うよ」
実際はどうなるかなんて分からない。
だけど俺はそうなったらいいなと願う。
「……うん。そうだね。レイの言う通りだ。なんか気遣われちゃったね。ありがと」
「礼には及ばない。恋人だからな」
俺が悪戯気まじりに笑って見せると、ラナは微笑んだ。
そこには先程まであった寂しそうな気配はもうなかった。




