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覚醒

 パンドラの匣。

 ギリシア神話で主神ゼウスがパンドラに渡した匣である。中身は神話によって異なるが、厄災が入っているとも祝福が入っているとも言う。

 まるで混沌。さながら俺の中身のようだ。

 

 神話では絶対に開けてはならないとされている匣だが、俺は躊躇なく開ける。

 中身は混沌だが、ヒトである俺には関係がない。

 なにせ選択することができる。だから俺は迷うことなく()()を取り出した。

 

 目を開けて、其の名を呼ぶ。


「……来い。ヴィゾワース!!!」


 呼び掛けに応じ、かつて魔王を撃ち倒した勇者の聖剣が俺の前に顕現する。聖剣が聖なる光で触手を焼き、拘束されていた俺を解放した。

 

 しかし既に賽は投げられている。

 凄まじい速度で振り下ろされ、眼前に迫る大太刀。何もしなければ一瞬後に俺は両断される。

 だが俺の心は凪いだ湖面の様に静かだった。僅かな動揺すらも無く、する必要もない。


 俺は(パンドラ)から天使因子を取り出し、頭上に輝く天輪を顕現させた。

 

 天輪が目まぐるしく形を変え、身体を覆い尽くすほどに巨大な盾となる。

 そして鎧武者が振るった大太刀を受け止めた。

 

 轟音が響き、衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばす。

 壁は倒壊し、天井は崩壊。しかし天使の大盾はビクともしない。

 鉄壁の防御を持って大太刀を防ぎ切った。


 流石は守護の概念を司る魔法使い、レニウスの因子だ。


「……おっと」


 視界が揺らぎ、足元がふらつく。

 大太刀を防ぎ切っても依然として身体は穴だらけ。生命の危機を脱してはいない。

 だから俺は(パンドラ)から悪魔因子を取り出す。


 天使因子の様に何かが現れるわけではない。しかし、俺は身体が作り替えられて行くのを感じ取った。

 悪魔因子は肉体に作用する因子だ。

 自分の身体がヒトのモノから吸血鬼のソレへと変化していくのがわかる。

 

 割れた窓ガラスに視線を向けると、瞳が紅く染まっていた。

 

 俺は吸血鬼の能力を使い、身体に空いた穴が塞いでいく。これでもう死ぬ事はない。

 失われた血も増幅し元通りだ。


 ……あとは。


 俺は目の前に浮かぶ聖剣(ヴィゾワース)に手を伸ばし、柄に触れる。

 その瞬間、あり得ない光景が脳裏に過ぎった。


「――は?」


 つい声が零れ、胸中に疑問の嵐が巻き起こる。

 一瞬幻覚かと疑ったが、そうではない。これは記憶だ。

 魔王を倒した勇者の記憶。そして聖剣に宿った強い願い。

 だからこそあり得ないし信じられない。


 ……なん……で?

 

 しかし今は気にしている余裕もない。


 ――今のキミじゃ保って一分だ。覚えておくと良い。


 (パンドラ)から戻ってくる際に、聞こえた天使因子(レニウス)の言葉。よって俺は疑問の嵐を無理矢理抑え込み、聖剣を握った。


「……ははっ」


 口から渇いた笑いが漏れる。

 勇者、天使、そして悪魔。三つの因子を身に宿した俺は全能感と呼ぶべきものに満たされていた。


「一分? こんなの一瞬だ」


 俺は聖剣(ヴィゾワース)の切先を鎧武者に向ける。

 俺は聖剣というものを勘違いしていた。あくまで魔王に対する特効薬だと。しかしそうではない。ここに来て初めて理解した。

 

 聖剣は邪に連なるモノに対する特効薬。謂わば致命的な武器(リーサルウェポン)だ。魔王のみならず魔物やバケモノに対して抜群に相性がいい。流石は勇者の武器。

 だからこそ一瞬でケリが付く確信があった。

 こんなもの、()()()()を使うまでもない。


「まずはお前からだ」


 俺は一歩踏み出す。

 すると鎧武者が脅威を感じたのか、弾かれたように後退した。

 

 しかし俺は構わず大地を蹴る。

 悪魔因子によって強化された身体は、縮地を使った時よりも更に速いスピードを叩き出した。


 そんな俺に向けて迫る無数の触手。

 だが俺は止まらない。止まる必要が微塵もない。

 俺は伸びてきた触手を細切れに斬り刻みながら突き進む。そして一瞬にして鎧武者の元へと到達した。


 鎧武者が大太刀を振りかぶる。

 しかし遅い。俺は大太刀を振り切られる前に、鎧武者の心臓を聖剣(ヴィゾワース)で貫いた。


「……終わりだ」


 聖剣(ヴィゾワース)を引き抜き、付着した血を振り払う。すると鎧武者の巨体が音を立てて大地に沈んだ。再生の気配は……ない。


「……次だ。出て来いよ」


 俺の言葉に物陰からサイラムが姿を現す。その顔には明らかな恐怖が刻まれていた。


「……お前、なんなんだ? なんなんだよ! ありえないだろ!!!」

「はっ。あり得ないだ? ふざけるなよ」


 俺はドスの効いた声で、サイラムを睨め付ける。

 

 確かに俺は恵まれている。

 ヒトの先祖返りなんて存在は特別なのだろう。

 カナタの言葉から察するに地球の人間でも魔力を持っているのが当たり前だ。

 要はヒトというのは淘汰された種族。俺はたまたまそんな種族の先祖返りだっただけだ。


 だが此処に至るまでが決して楽な道だったわけではない。


 地獄を乗り越えて、死反吐を吐きながら力を手にしてきた。一歩間違えれば死んでいた局面も多い。

 だからこそ一切、妥協したつもりはないと胸を張って言える。

 なのに「あり得ない」なんて一言で済まされるのは心底腹が立つ。


「もういい。お前と交わす言葉はもはやない」


 俺は聖剣を肩に担ぐ。

 同時にサイラムも炎で全身を包み込んだ。服が焼け、皮膚が焼けていくのにも構わず、その火力を上げていく。

 明らかに先程までとは違う。内包する魔力量が段違いだ。

 しかし、そんなサイラムに俺は冷笑を向ける。


「そんな事が出来るなら初めからしておけよ」

「……この姿になったら戻れないんだよ」


 サイラムが吐き捨てる様に呟いた。

 もはや人間だった面影はなく、人の形をした炎となっている。

 

 ――本当にくだらない。

 

「笑わせるなよ。世界を壊すなんて事を(のたま)いながら人間であることに拘るのか。大言壮語も甚だしいな。覚悟を決めるのが遅すぎるんだよ」

「……うるせぇえええ!!!」


 炎となったサイラムが絶叫しながら突進してくる。

 だが(パンドラ)を開けた俺にとって第三位(サイラム)などもはや敵ではない。


「死ね」


 一閃。

 光の斬撃が放たれ、サイラムを両断する。


「クソ……がぁああ!!!」


 炎が膨れあがり、大爆発を引き起こした。俺は天使の大盾を操り、爆風をやり過ごす。

 後にはなにも残っていなかった。


「……最後はお前だ」


 俺は左やや上方に目を向ける。

 壁の先、家屋の二階に潜むフラウの姿が俺にはハッキリと見えていた。因子を扱えるようになったおかげか、探知能力が格段に上がっている。


 幸い、俺とフラウの間に逃げ遅れた人はいない。

 俺は体内から指先に血液を集め、フラウに向けて振るった。血液が刃となりフラウに向けて飛んでいく。

 完全なる不意打ち。壁や家を斬り裂きながら進んだ血刃はフラウを容易く上下に分断した。


 俺の視界には、血を吐いて倒れるフラウが映っている。しかしこれで安心はできない。

 バケモノ、そしてサイラムが再生能力を持っていたのだからフラウも持っていると考えるべきだ。

 故に再生させない為には聖剣でトドメを刺す必要がある。

 

 俺は瞬時にフラウの元へと移動した。

 フラウが気丈に睨み付けてくるが、もはや勝敗は決している。


 俺は粛々と聖剣を振るい、その首を刎ねた。

 

 あまりにもあっけない幕切れだ。


「……時間は……まだあるな」


 制限時間は一分。感覚的に後半分は残っているだろう。

 だからラナの元へと戻る事にした。二人であればロングコートの男を仕留める事が出来るかも知れない。


 そう考え、俺は依然として聳え立つ氷のドームに向かって駆け出した。

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