根源
まず初めに狙うは翠の至天序列第三位フラウ。
理由は単純明快、この中で一番弱いから。ひとまず数を減らす事が先決だ。
俺はフラウとの距離を一気に詰め、雪月花で突きを放つ。
第四偽剣、神穿煌とは比べるべくもない突き。しかし人外の膂力で放たれる突きはそれだけで脅威となり得る。
フラウは自分が狙われた事実に顔を顰めながらも迎撃体制を取った。サイラムも同時に動き出し、俺へと炎拳を振りかぶる。
しかしそこで鎧武者が予想外の動きをした。
サイラムとフラウが居るのにも関わらず、大太刀を横凪に振るったのだ。
「――は?」
目の前でサイラムが呆けた声を漏らしながら両断され、彼方へと吹っ飛んでいく。フラウも回避行動を取ったが避けきれずに左腕を切断された。
「ッ!」
俺も咄嗟に雪月花で防御体勢を取る。
しかし反応が遅れた為、踏ん張りが効かずに吹き飛ばされた。地面を転がりながらもなんとか立て直し、雪月花を構える。
その時には既に鎧武者の巨体が目の前にあった。
……くそっ! 仲間がいてもお構いなしかよ!
だが俺は直ぐにその認識を改める。
そもそも仲間という考え方自体がおかしい。相手は鎧武者だ。人間ではない。だから常識も通じないし、話も通じない。
俺は雪月花を頭上に掲げ、上段から振り下ろされる大太刀を真正面から受け止める。
直後、驚異的な圧力が腕に掛かった。
「くっ!」
穴の空いた左肩から血が吹き出す。
万全の状態ならいざ知らず、今は受けきれない。そう判断した俺は刃を逸らし、なんとか大太刀を逸らした。
大太刀が地面を抉り、土煙を上げる。
そんな中、俺は鎧武者の懐に入ると雪月花で刺突を放つ。狙うは心臓、前に確かめた鎧武者唯一の弱点だ。
雪月花が鎧武者の胸へと吸い込まれていく。
しかし、貫く寸前で鎧武者が僅かに身をズラした。
胸の中心に深々と突き刺さる雪月花。鎧武者は動じずに空いた左腕で掴みかかってくる。
捕らわれたら最後、逃げ出せなくなると判断。俺は深追いせずに雪月花を引き抜き、一度後退した。
鎧武者の胸に空いた穴が隆起し、傷が塞がっていく。
……当然再生はするよな。
それはいい。予想通りだ。
だが鎧武者は心臓を庇った。
それは以前と変わらずに心臓が弱点である事を示している。問題は闇の使えない状態でどう穿つかだ。
「痛ってぇ!!!」
直後、大声と共に背後から火柱が上がった。
鎧武者の大太刀を避けながら一瞬だけ視線を向ける。すると全身に炎を纏ったサイラムが再生を終え、こちらへと向かってきていた。
……待て、フラウはどこ行った!?
鎧武者に気を取られ、完全に見失った。
気配探るが、近くにはいない。しかし逃げたと判断することもできない。
どこかに潜み、虎視眈々と俺を狙っているだろう。
サイラムが炎拳を放つ。
……この位置取りは、マズイ。
完全に挟まれている。
だから俺はサイラムの拳を避けながら、背後へと回り込む。これで俺の前にサイラム、鎧武者という順で並んだ。
鎧武者が大太刀を振るう。サイラムは背後からの攻撃に気付いていないのか、そもそも避けるつもりがないのか、そのまま俺へと蹴撃を放った。
……狙うとするならここだな。
直後、微かな風切り音。
予想通りだ。俺ならこの瞬間を逃さない。
俺は身を低くしながら左から迫る大太刀を回避、雪月花でサイラムの足を刎ね、そのまま鎧武者の背後へと回り込む。
飛来した矢がサイラムの額を貫き、次に大太刀が再び身体を分断した。
俺は矢が飛来した方へと視線を向ける。
屋根の上にフラウがいた。失った左腕が奇妙な形の樹になっていた。歪な形をしているが、あれは弓だ。
そして今まさに二の矢を番ている。
しかし俺の前には壁のように聳え立つ鎧武者。いくら再生するからといって自分よりも上の存在に矢は射てないらしい。
フラウは苦々しい表情をしながらも屋根から飛び降り、姿を消した。
……予定変更だな。
見た所、フラウの再生能力はそこまで高くない。だから鎧武者の攻撃に巻き込まれないように支援に徹するつもりだろう。
そうなると易々接近できるとは思えない。
だからまずは鎧武者を殺す。
強さはサイラムよりも遥かに上だが、既に殺し方はわかっている。どうすれば殺せるかわからないサイラムを狙うよりは堅実だ。
俺は背後から鎧武者の心臓目掛けて雪月花を振るう。
しかしその瞬間、背から生えた触手が一斉にこちらを向いた。
俺は即座に攻撃を中断、バックステップで後退。追うようにして触手が襲いかかってくる。
「ッ!」
身を捻り、迫り来る触手を避けながら一本一本逃さずに切断していく。すると再生を終えたサイラムが現れ、再び殴りかかってきた。
もはや鎧武者の攻撃を避ける事は諦めたようで、触手に喰われながらも連撃を仕掛けてくる。
まさに捨て身。苦痛に顔を歪めながら襲い来るサイラムには鬼気迫る物があった。
だからふと、余計な事を聞いてしまった。
「……お前。何のためにそんな奴らの味方をするんだ?」
「何のためにだぁ!? ――ハッ! 才能のあるテメェにはわからねぇだろうなァ!!! いいぜ教えてやるよ! このクソみたいな世界を壊すためだよ! お前に分かるか!? 大切な者を失う苦しみが!!!」
俺はその言葉を一蹴する事が出来なかった。
……ああ。なるほど。
人には人の人生がある。
サイラムの心の内には、世界を壊すと願う程の憎悪があるのだろう。それがどれほどの物なのかは俺には皆目見当が付かないし、知る由もない。
……コイツは……救えなかった者の末路か。
一歩間違えれば、あるいは何か少しでも歯車が噛み合っていなかったら、俺がこうなっていたとしてもおかしくはない。
だけど、だけど、だ。
「――知るかよ」
俺は敢えてサイラムの言葉を斬り捨てる。
そもそも俺は何のために力を得たのか。
――救う為だ。
――こうならない為だ。
だからこそ失った者の気持ちを真に理解する事はできないし、今後理解するつもりもない。
それが誓いだ。
「……聞いた俺が間違っていた。理由なんてどうでもいい」
敵として俺の前に立ち塞がるのなら斬る。それだけだ。
「――ふぅー」
大きく息を吐き出し、雪月花を握る手に力を込める。
コイツが失った者の末路だというのなら、俺はそれを否定しなければならない。
――カチリと。
自分の中で何かが切り替わったのを感じた。
俺はただひたすらに、目の前の敵を斬る。それだけの為に雪月花を上段に構えた。
――そして。
次の瞬間には振り下ろしていた。
「――な……にっ!?」
サイラムが目を見開き、驚愕の声を漏らす。きっと俺も同じような表情をしている事だろう。
なにせ自分でも何が起きたのかわからなかった。
剣速が速いとかそんな次元の話ではない。
構えた時には既に振り終えていた。
サイラムの右腕が宙を舞う。
赤い血飛沫が噴出し、地面を汚していく。
「ぐぁぁぁあああ!!! なんでだ? なんで再生しないっ!?」
サイラムが絶叫し、地面をのたうち回る。だが俺はそれどころではなかった。
……今の感覚だ。
今放った斬撃は魔王の首を斬った時の感覚に似ていた。
……もう一度!
俺は手から感覚が消えない内に追撃を仕掛けるべく雪月花を構える。しかしその時、急激に脱力感が襲ってきた。
踏み出した足から力が抜け、地面に膝をつく。
……マズイ!
完全なる隙。これをフラウが逃すわけがない。
直後、風切り音が聞こえた。
俺は混乱する思考を即座に捩じ伏せる。そして気合いで足に力を込めて身を投げ出すようにして地面を転がった。しかし完全に避ける事は出来ず、矢が脇腹を貫く。
……追撃は……ない。
おそらく路地に入った為、射線が切れたのだろう。
だが鎧武者がこのまま何もしないわけがない。
と思った時には目の前の建物が倒壊し、鎧武者が姿を現した。
そのまま鎧武者が大太刀を振るう。
俺は咄嗟に雪月花を構えたが、力の抜けた身体では踏ん張りが効かずに吹き飛ばされた。
手元でなにかが砕けるような感覚。直後、背後の壁をぶち破り、俺は地面に転がった。
「がはっ!」
身体が悲鳴を上げ、口から大量の鮮血が溢れ出す。
元から痛覚が鈍くなっている為、痛みはあまりない。だが急激に血を失ったせいで眩暈がした。
霞む視界の中、鎧武者が悠然と歩いてくる。
……まだだ! まだ生きている! さっさと体勢を立て直せ!
自らを鼓舞するが、身体が言うことを聞かない。
その時、ガサっとすぐ隣から物音がした。目だけを動かして音の方を確認する。どうやら此処はどこかの家の中らしい。
すると部屋の角に小さな子供が身体を振るわせながら蹲っているのが見えた。
「だ……れ?」
……まさか……逃げ遅れたのか!?
子供は唐突に現れた俺やバケモノを見て怯えていた。
しかし此処に居たら確実に巻き込まれる。だから俺は精一杯叫んだ。
「逃げ……ろ!」
しかし俺の声は届かない。
恐怖で足が竦んでいるのか、震えたまま動けないでいる。
鎧武者が俺の前に立つ。
そして背から生えた触手が子供の方へと向いた。
「ッ!」
気付けば身体が動いていた。
残った力の全てを使い、触手と子供の間に割り込む。
「ぐぁ!」
身体中に激痛が走る。だがそんなことを気にしている暇はない。
「はや……く! にげ…………ろ!!!」
「ひっ!」
怒鳴るように言うと、子供は転がるようにして逃げていく。
……それで……いい。あとは……。
身体を見下ろすと触手が何本も突き刺さっていた。感触からして貫通しているだろう。
大量の血が溢れ、地面に染みを作っていく。
身体から命が零れ落ちる。
何度も経験したあの感覚だ。寒気と共に瞼が重くなっていく。
だけどこんな所で死ぬ訳にはいかない。ラナが、仲間たちが待っているのだ。
しかし現実は非情なモノだ。朦朧とする意識の中で目の前に映ったのは大太刀を振りかぶる鎧武者。
必死に解決策を探すが、今にも沈みそうな意識では思考が纏まらない。
頭上に迫る大太刀がスローに見える。
残された命は僅か数秒。だけど俺は敢えて目を閉じた。
そうするべきだと何故か理解していた。
自分の内に意識を向け、五感を閉じる。
必要な物は外にはない。元より内にある。
俺を俺たらしめる根源。
俺が生まれた時から持っている力。
すると暗闇の中に一条の闇が灯った。
それは深淵に蠢く闇。
表裏一体、正しく|混沌。
俺はその闇へと手を伸ばした――。




