炎拳と樹槍の至天
赫の至天、序列第三位が一息で距離を詰め、俺の顔面に向かって炎拳を突き出してきた。
俺は胴体を僅かに逸らし、紙一重で避ける。拳に纏った炎が頬を焦がすが、許容範囲だ。
攻撃は見える。そして避けることも出来る。
ならば何も問題はない。
俺はそのまま一歩踏み込み、下段から雪月花を振り上げる。
しかし横合いから俺の首目掛け、樹槍が伸びてきた事により攻撃は中断させられた。
咄嗟に雪月花を引き戻して半歩後退し、樹槍を避ける。その時にはサイラムが再び炎拳を繰り出してきた。
避ける事は簡単だ。しかしそれでは後に続かない。だから俺は雪月花を下から真上へと振るい、目の前にあった樹槍をかち上げる。すると炎拳と樹槍が衝突し、至天の二人はたたらを踏んだ。
俺はそのまま一歩踏み出し、返す刀で雪月花を振るう。
狙うはサイラムの脳天。人外じみた膂力で頭をカチ割りに行く。だが、サイラムは負けじと一歩踏み出し、左拳で雪月花を跳ね上げた。
俺は勢いに逆らわず、バク転して一度距離を取る。
追撃はなかった。
「おいおい聞いてねぇぞ! 弱体化してるんじゃなかったのか!?」
「その……筈だ!」
「じゃあなんでこんなに強いんだ!?」
今の攻防で二人の力量はだいたい分かった。
闇を封じられた現状の俺と比較するとサイラムが少し強いぐらい。そしてフラウの方はほぼ互角だ。
一対一なら何も問題のない力量差。しかしそれが二対一となると話は変わってくる。
……問題は決定打がない事だな。
サイラムが攻撃し、合間合間にフラウが致命傷を狙ってくる。性格は相容れなさそうな二人だが、連携は抜群。
非常にやり難い相手だ。
闇も使えず、縮地も使えず、偽剣も使えない。
あるのはもはや人間とは言い難い己の肉体だけ。しかしそれは至天も同じだろう。
使徒から力を授かっている以上、そこに差はないと見るべきだ。
……さて、どうしようか。
チラッと隣に目を向けると、ラナとロングコートの男が激戦を繰り広げていた。
押しているのは確実にラナだが、ロングコートの男に斬撃が効いていない。斬られた部分が炎と化し、すり抜けている。
その為、ラナは魔術主体で戦っていた。
「よそ見してる余裕があるのかぁ!?」
サイラムが俺の胴体に向かって蹴りを放つ。足が拳と同じ様に燃えていた。
……炎。多分コイツも同じだろうな。
となると同じ使徒の力を授けられていると見て間違いなさそうだ。だがそうならば魔術を使えない俺はサイラムに致命傷を与える事はできない。
この上なく厄介だ。
……なら!
俺は半身になり、サイラムの蹴りを避ける。
そのまま一歩踏み出し雪月花を放つ、と見せかけてサイラムの横をすり抜けた。
「あぁ!? ちょっと待っ――」
目の前には樹槍を構えたフラウ。俺の接近を受けて、表情を険しくしていた。
フラウが樹槍を突き出す。首を狙った容赦のない一撃。それを俺は前に進みながら避ける。
反撃のチャンス。攻撃がくると思ったのかフラウは樹槍を引き戻し、俺の雪月花を受けようと防御の構えを取った。
しかし俺の狙いはそこではない。
俺は衝撃に備えるフラウを素通りし、氷のドームへと突き進む。
「ラナ!」
俺の意図を察したのか、氷のドームの炎が及ばない場所に人一人分の穴が空いた。俺はそこに向かって飛び込む。
「おい! 待てこら!」
「追うよ! サイラム!」
サイラムとフラウがすかさず追ってくる。
要は逃げだ。
勝つ手段が無いのであれば、勝つ手段を持つ仲間と合流すればいい。
向かう先は南門だ。
本当ならば勇者であるサナと聖女であるアイリスの居る北門に行きたい所だが、至天と戦っていると報告を受けている。
もしサイラムとフラウよりも強い至天だった場合、状況を悪化させてしまうかもしれない。
だから魔物しかいないで仲間はいる南門に向かう。
「待てって言ってんだろ!!!」
しかしそう上手く行くはずもない。
縮地を使えない以上、俺よりも追っている二人の方が速い。
「待つわけねぇだろ!」
背後から風切り音が聞こえ、俺は身を反転させた。
拳を突き出すサイラム。そしてドームに開いた穴で樹槍を肩に担ぎ、投擲の構えを取ったフラウが視界に入る。
なんとなく狙いを察した俺はサイラムの炎拳を雪月花で弾き身体を横にズラす。反撃は敢えてしない。
するとフラウの放った樹槍がサイラムの胸を貫通し地面を穿った。
仲間ごと俺を串刺しにするつもりだったらしい。
「がはッ! ……何……しやがる!」
「そのぐらいじゃ死なないでしょう。それにもうバレてる。」
再生能力の事だろう。
俺がよそ見をしてまで得た情報をフラウは看破していた。だからこそ使えない手札を温存しない。
「痛ぇモンは痛ぇんだ……よ!」
サイラムが吠えると全身が燃え上がった。
貫通した樹槍が焼け焦げ、灰となる。同時にフラウの隣に樹が生え、形を変えていく。
俺はそれを最後まで見ずに再び駆け出した。
「逃げんじゃねぇよ!」
「戦略的撤退だよ。バカかお前は?」
「バカじゃねぇ!!!」
挑発を返すと鬼の形相をしたサイラムが俺の隣に現れ、顔目掛けて拳を放ってきた。
怒りのせいで攻撃が単調だ。俺はスライディングをして拳を避ける。
「サイラム! 冷静になれ!」
フラウが嗜めるが、サイラムは聞く耳を持たない。だから俺は挑発を続ける。
「ほら、相方が落ち着けって言ってるぞ?」
「っるせぇ!」
大ぶりになった拳を避け、俺は急制動を掛ける。
まさか止まるとは思っていなかったのか、サイラムが一瞬硬直した。だから俺は雪月花を振るい、首を叩き斬る。
樹槍による一撃。その再生にサイラムは時間を要していた。
だがロングコートの男は再生というよりもそもそも攻撃が素通りしていたように思う。
……まるで炎を斬ったかのような感じだった。
しかしサイラムは違う。こちらは明らかに再生だ。
だけど復帰に時間が掛かるのであれば好都合。
俺は今のうちに距離を稼ぐべく、逃走を開始する。
「くっ! サイラム! 早く再生しろ!」
「わぁってるよ!」
胴と首が分たれているのにも関わらずにサイラムが悪態を吐いた。
直後、風切り音が聞こえ樹槍が飛来する。しかし距離がある以上、避ける事は容易い。
……行けるか?
南門までの距離はあと半分。だけど今は距離を稼ぐチャンス。俺は大地を踏み締め、全速力で駆け出す。
その時、視界の端に何か白い物が横切った。
嫌な予感がして、反射的に雪月花を振るう。すると路地の影から伸びてきた大太刀と衝突した。
「ぐっ!」
しかし無理な体勢で受けた為、体勢が崩される。
そこへ樹槍が飛来。回避行動を取るが、避けきれず肩を貫かれた。
「……」
俺は突き刺さった樹槍を引き抜きながら、大太刀を放った白へと目を向ける。
「……まあ居て当然か」
そこに居たのは白いバケモノ、あの鎧武者だった。




