焔凰
轟音が響き、バケモノは一瞬にして紅蓮の業火に呑み込まれた。
「どうだ?」
たとえ竜種であろうと一撃で消し飛ばせる程の超火力。
しかしそんな魔術を受けてもバケモノは平然としていた。爆炎の中から巨大な影がのそりと姿を現す。
「キヒヒヒヒ」
バケモノは身体の半身が吹き飛び、身体の表面は焼け爛れていた。普通の魔物であれば確実に致命傷。即死していてもおかしくないほどの傷だ。
だけどバケモノは普通の魔物とは程遠い。少しでも身体、もとい肉が残っているのなら再生する。
「クソッ!」
しくじったことを認識したウォーデンはすかさず駆け出た。
「キッヒッヒ」
ウォーデンの焦りを感じ取ったのかバケモノは耳障りな声で嘲嗤う。
そして自身の焼け爛れた皮膚を巨腕で掴み、引き千切った。すると傷口がボコボコと盛り上がり、瞬く間に再生していく。
……間に……合えっ!
地面に突き刺さった無槍を念じる事で手元に戻し、魔術式を記述。再び白炎を纏わせる。
ウォーデンは一瞬でバケモノに肉薄すると、今度こそ身体を焼き尽くすべく胸の中心目掛けて無槍を突き出した。
「キヒヒ」
しかし、無槍が胸を貫く寸前、バケモノの身体中に付いている口が開く。
「「「ニヒト」」」
「「「エルグース」」」
ウォーデンは失念していた。
仲間たちから聞いていた詠唱による魔術モドキを。
……しまっ!
ウォーデンは咄嗟に急制動を掛け、横に飛ぶ。
しかし突如として突風が巻き起こり、ウォーデンの身体をバケモノの方へと押し込んだ。
そこへ地面から岩で出来た棘が無数に飛び出す。
……くっ!
ウォーデンは咄嗟に魔術式を記述する。
速度重視で爆発を引き起こすだけの単純な魔術を、自爆覚悟で選択した。だがそれでも尚、間に合わない。
ウォーデンはせめて致命傷を避けるべく、身を捻る。その時、岩棘とウォーデンの間に銀の影が割り込んだ。
直後、衝撃。
「ぐぁ!」
ウォーデンの身体が吹っ飛ばされる。
その勢いは凄まじく、地面に叩きつけられて尚、止まらない。回る視界で懸命に受け身を取りながら数回バウンドし、ようやく止まった。
「ぐぁ……」
身体中に走る激痛を堪えながら、ウォーデンは顔を上げる。するとそこには身体中を貫かれ、今まさに消えていくシルがいた。
「……シ……ル!」
カノンの使い魔が死ぬことはない。魔力に戻るだけだ。
カノンが再び呼べばすぐにでも復活する。
しかし頭でそれをわかっていても感情は別だ。
命を救ってくれた仲間が消えていく様は心にくるものがあった。
ウォーデンがカノンのいる方向に視線を向ける。するとそこには細長いバケモノに肩を貫かれるカノンの姿があった。
「……カノン!」
ウォーデンはすぐに身体を起こそうとする。しかし激痛がして上手くいかなかった。見れば、足が曲がってはいけない方向に曲がっている。
そんなウォーデンを回復させるべく頭上でグランが甲高い声で鳴いた。直後、身体を包み込むような温かい光が降り注ぐ。
しかしその光はすぐに止んでしまった。ウォーデンが頭上を見ると、石の棘に貫かれているグラン。
グランもシルと同じようにして消えていく。
回復役が居るのなら、先に潰す。対魔術師戦においての大原則だ。
巨腕のバケモノが空へと向けていた腕を下げ、鈍重な動きでウォーデンの元へと歩き出す。
「くそ……が!」
再びカノンの方へと目を向けると、傷を負いながらも戦い続けるカノンの姿があった。
しかし余裕があるはずもなく手一杯と言った様子。シルやグランを呼んでいる隙はない。
ウォーデンは無槍を支えにしてなんとか立ち上がる。
足に激痛が走るが、勤めて意識の外へと追いやった。
……人の心配をしてる場合じゃねぇ……。
シルもやられた。
グランもやられた。
カノンもバケモノの相手で手一杯。
残っているのはウォーデン一人。
一人で目の前の脅威を打倒しなければならない。
……ったく。無茶言いやがる。
シルと一緒でも倒せなかったバケモノだ。それに加えて片足が動かない状況。どう考えても絶体絶命。
……だけど……死ねねぇんだよ。
ウォーデンの脳裏にある少女の笑顔が浮かぶ。
その笑顔が死ねない理由であり、ウォーデンが生きる意味。
……あの笑顔を取り戻すまでは何があってもくたばる訳にはいかねぇ!!!
ウォーデンは己を叱咤し、ゆっくりと迫ってくる巨大な影へその手を向ける。
記述するのは先程と同様の立体魔術式。しかしその規模は全く同じなんかではなかった。
紅蓮烈槍の魔術式を超えて尚も大きく複雑に、成長していく。
「くっ!」
破綻しそうになる魔術式をウォーデンは無理矢理押さえ込む。その反動で目や鼻、口から血が溢れ出した。
だがそれも無視する。余計な事に気を遣っている暇はない。
今はただひたすらに魔術を成立させる事だけを考える。
……オレはラナやカノンみたいな天才じゃねぇ。
ウォーデンは自分の事を天才だなんて思った事は一度もない。自分が強い事は正確に理解していたが、上には上がいることもまた、解っていた。
実際に仲間たちならばこれぐらいの魔術、呼吸をするように成立させてみせる。
……だけど同じ人間、同じ魔術だ。レイみたいに訳のわからねぇ力じゃねぇ。
だからこそ出来ない道理は無いとウォーデンは歯を食いしばった。
やがて出来上がったのはツギハギだらけの立体魔術式。しかしそれは不恰好ながらも正しく機能した。
――炎属性固有魔術:焔凰
ウォーデンの頭上に一本の槍が出現した。
そこまでは先ほどの紅蓮烈槍と同じだ。しかしすぐに変化が訪れる。
槍から真紅の翼が生え、その姿を変えていく。
やがて姿を現したのは真紅に燃え盛る鳥だった。
「……焼き尽くせ」
ウォーデンが静かに命を告げる。
すると真紅の鳥は甲高い鳴き声を発しながら、バケモノへと突っ込んだ。
バケモノが迎撃しようとその剛腕を放つ。
しかし真紅の鳥は巨大な身体を持つバケモノよりも尚、巨大。嘴を大きく広げ、腕ごとバケモノを容易く呑み込んだ。
直後、轟音。
バケモノに着弾した真紅の鳥は焔の塊となり、天を衝かんばかりの巨大な火柱を上げる。
やがて炎が収まった時、大地は融解し赤熱していた。
その中心にあるのは黒焦げになった拳大の球体。それを見た瞬間、ウォーデンの額から冷たい汗が伝った。
「うそ……だろ? 勘弁してくれ……」
ウォーデンはすかさず魔術式を記述する。しかし――。
「ガハッ!」
大量に吐血した。
夥しい量の鮮血が血溜まりを作っていく。
焔凰を使う為に、それこそ全身全霊を掛けた。もはや余力はない。
球体の表面がひび割れ、ボコボコと隆起していく。そしてまず初めに口が再生した。
「キヒヒ」
バケモノは何も出来ないウォーデンを嗤う為だけに口を最優先で再生させた。
「クソが!」
しかしウォーデンは決して諦めない。
気丈に無槍を構える。
「いいぜ! 来いよ!!! ぶっ殺してやる!!!」
「キヒヒ」
ウォーデンが吼える。対するバケモノは嗤う。
しかし次の瞬間、予想もしていなかったことが起きた。
――ザンッ。
唐突に、何の前触れもなく、バケモノが消失した。周囲の地面ごと、まるで何かに抉り取られたかのように。
直後、甲高い鳥の鳴き声が戦場に木霊した。




