巨腕のバケモノ
ズドンと轟音を轟かせながらバケモノによる巨腕の一撃が大地を抉る。まるで爆発が起こったかのように飛来する無数の岩石。
それらをウォーデンは無槍に爆炎を纏わせ、捌く。
しかし捌き切ったのも束の間、次の瞬間には再度バケモノの剛腕が大地を穿った。そして当然のように無数の岩石が飛来する。
……くそが!
ウォーデンが内心で吐き捨てた。先程からこれの繰り返しだ。
バケモノの動きは鈍重そのもの。
しかし近付けない。
バケモノは再生するから問題ないとばかりに、自分の身体が傷付くことも厭わず岩石を撒き散らしている。
それはバケモノの身体を突き抜けるほどの威力で、背後に回ったところで岩石が飛んでくることに変わりはない。
「ワオン!!!」
雷鳴が轟き、銀の軌跡がバケモノに向かって突き進む。
飛来する岩石が途切れた僅かな間隙を突き、一瞬でバケモノとの距離を詰めたのはカノンの使い魔、銀狼シル。
シルは雷を纏わせたその顎でバケモノの首筋を食いちぎった。
深々と抉った傷口から夥しい量の血が噴き出る。
しかしバケモノは止まらない。
「キヒヒ」
バケモノが嗤う。その声は巨体に似合わず甲高い。とても耳障りな音だ。
そんな嗤い声を響かせながらバケモノは剛腕を振るう。その時には既に再生を終えていた。
シルが危機を察知し、ウォーデンとは反対方向に回避する。そこへ轟音を轟かせながら再び岩石が飛来した。
しかし距離さえあれば岩石がシルに当たる事はない。危なげなく回避を終え、シルはバケモノを睨みつける。
シルの攻撃は決め手に欠け、ウォーデンに至っては近付けすらしていない。
「キヒヒ」
バケモノが再び哄笑を響かせる。
……時間がねぇってのに。
ウォーデンは歯噛みした。
王都で何かが起きてから既に数分が経過している。
たったの数分。されど数分。
ラナが強いのはわかっているが、絶対はない。弱体化しているレイにとって、その数分は大きい。
だからこそ致命的な事態になっていてもおかしくないとウォーデンは考えていた。
…………レイを失う訳にはいかねぇってのに!
仲間だから。
それは当然の言葉。まだ知り合って数ヶ月の仲だが、死線を共に戦い抜いた絆は特別な物だ。
しかしウォーデンにとってはそれだけではない。彼には彼の目的がある。
だからこそレイに危機が迫っているのならば、仲間の誰かが駆けつけなければならないとウォーデンは考えていた。
……早くコイツを殺さなくちゃならねぇ。約束もしたしな。
ウォーデンはチラっと前線に視線を向ける。
そこにはカノンの鴉と共に魔物の群れを殲滅している【煌夜】がいた。
あれだけの大見得を切って殺せませんでしたでは【炎槍】の名が廃る。
「――ふぅ」
ウォーデンは大きく息を吐き出し、方針を変えた。
「シル! 防御は任せていいか!?」
「ワオン!」
シルが吠え、一瞬でウォーデンの元へと戻る。
ほぼ同時にバケモノの剛腕が大地を穿った。またも飛び散る岩石。
それを尻目にウォーデンは投擲の構えを取った。
……近付けねぇんならやり方を変えるまでだ。
無槍に魔術式が記述される。
――炎属性攻撃魔術:釈天却
轟々と燃え盛る赤が静かに白へと変色していく。その圧倒的な熱量は大気を歪ませ、陽炎を作りだした。
しかしそれでもなお火力不足だとウォーデンは判断。加えて空中にも魔術式を記述する。
それもただの魔術式ではない。立体魔術式だ。
――炎属性攻撃魔術:紅蓮烈槍
頭上に姿を現したのは燃え盛る紅蓮の槍。
「――喰らえ」
ウォーデンが一歩、大地を踏み締め無槍を放つ。
S級冒険者による全力の投げ槍。それは音を切り裂きながら凄まじい速度で突き進む。
「キッヒヒ」
そこへ迫る無数の岩石。
しかし無槍は全てを貫く。それがたとえ飛来する岩石だろう関係はない。
無槍の刃先に触れた瞬間、岩石が真っ二つになる。貫いている以上、その勢いが衰えることもない。
「ワォォォオオオン!!!」
シルが魔術式を記述し、放射状に雷を放つ。それで散弾のように迫っていた岩石は粉々に砕けて消える。
――後は!
ウォーデンが右手を掲げ、間髪入れずに振り下ろす。
続けて放たれるのはウォーデンの頭上に浮かぶ紅蓮の槍。無槍が切り拓いた道を大気を焼きながら突き進む。
その姿は夜空に煌めく流星の如し。
対するバケモノは無槍に向かって剛腕を繰り出した。
凄まじい速度で突き進む無槍を正確無比なタイミングで捉えるバケモノの腕。
これがただの槍、もとい強力な魔槍だったとしても、成す術なく弾かれていた事だろう。
しかし無槍は普通の魔槍とは一味違う。
無槍はなんの抵抗を許さずバケモノの拳内部に侵入した。
体内を纏った白い炎で焼きながら貫通し、突き抜ける。
そこへ、紅蓮の槍が飛来。無槍が開けた穴に突き刺さると、内部で大爆発を引き起こした。




