南門の戦い
魔物の軍勢が倒れていく。
断ち斬られた首からは血飛沫が上がり、もはや生きていないことは明白だ。
そんな中、ウォーデンは数多の死体に囲まれながら言葉を失っていた。
「まじ……かよ……」
超規模殲滅魔術、破滅の唄。
勇者パーティの仲間であるウォーデンは、カノンからそれがどのような魔術なのかを聞いていた。しかし、これ程までの惨状を生み出す事など完全に想定外。予想すらしていなかった。
【煌夜】の面々に至っては呆然と立ち尽くしているほど。
だがここはまだ戦場。足を止めている暇など無い。
「グォォォオオオオオオオ!!!」
仲間を殺された怒りか、上空の黒砂塵竜がカノンを見据えて咆哮を上げた。それと共に翼の周囲に五つの魔術式が記述され、大竜巻を作り出す。
無数の砂塵竜と大竜巻を従え、眼下を睥睨する姿はまさに王者。
しかし対するカノンは一顧だにしない。
黒砂塵竜は既に倒した魔物。特に臆する理由などなかった。
カノンが悠然たる所作で右手を天に掲げ、振り下ろす。
「……放て」
頭上で旋回する鴉たちが砂塵竜の群れへと向けて一斉に魔術式を記述した。
――呪属性攻撃魔術:呪影覇槍
魔術式から漆黒の槍が姿を現し、凄まじい速度で射出された。対する黒砂塵竜は本能的行動か、即座に回避行動を取った。
翼を丸め、横回転をしながら大空を舞う。
それは正解だ。
本来ならば壁の役割を果たす大竜巻が呪槍に触れた瞬間霧散した。回避行動をとっていなければ、次ぐ呪槍に身体を貫かれていた事だろう。
正確な判断で黒砂塵竜は呪影覇槍を避け切った。
だがこれで終わりではない。
呪影覇槍が放たれた次の瞬間には、鴉たちが二の矢たる魔術式の記述を終えていた。
「カァァァアアア!!!」
鴉たちはカノンの命令を待つ事なく、呪槍を放つ。銃弾のような速度で襲いくる呪槍に砂塵竜の群れは逃げ惑うことしかできない。
攻撃に転じられるのは変異種である黒砂塵竜だけ。しかしその黒砂塵竜もカノンとは距離が空きすぎている為、攻めあぐねていた。
「グォォォオオオオオオオ!!!」
黒砂塵竜が怒りの咆哮を上げる。
しかし状況は変わらない。呪槍を避け損ねた個体が、その身体を呪いに蝕まれ、地に落ちていく。
その様子を見ながらカノンは小さく呟いた。
「……シル」
隣で座っていたシルが主人の呼び掛けに応え、ゆっくりと身体を起こす。
臨戦体勢へと移行したシルはカノンに顔を向けると、指示を待つ。
「……仕留めて」
「ワォォオオオン!!!」
シルが遠吠えを上げる。すると銀の毛並みが雷を纏っていく。
神々しさすら感じられる姿で、シルは大地を踏み締めた。次の瞬間、ズドンと雷鳴が轟きシルの姿が掻き消える。
一瞬で前線まで駆け抜けたシルは落下してくる砂塵竜の首に食らいついた。
音もなく着地するシル。その口には砂塵竜の首が咥えられていた。
一瞬遅れて首を噛み切られた胴体が血飛沫を上げる。
「……ウォーデン。……わたしが落とすからみんなで仕留めて」
いつも通り、抑揚を感じさせない静かな声。しかしその言葉は戦場の中で凛と響いた。
ウォーデンは力強く頷く。
「任せろ!!!」
ウォーデンの返答にカノンは満足そうに頷いた。
「……ミコラ。……グラン。……回収をお願い」
主人の命令に頭上を旋回する二羽の大鷲が甲高い鳴き声上げ、飛翔を開始する。狙うはシルが仕留めた砂塵竜の死体。
凄まじい速度で地上へと舞い降りたミコラとグランは鋭い嘴で砂塵竜の心臓部を食い破っていく。
やがて取り出されたのは赤黒い心臓。それをミコラがカノンへと届ける。
「……ありがと」
カノンはミコラに礼を言うと、心臓から滴る血で地面に魔術式を記述していく。
カノンの幻鏡眼が異界を視界に収め、世界は繋がりを持った。
魔術式が赤黒い光を発する。
次の瞬間、光の中から現れた一羽の鴉が頭上に舞い上がった。新たに造られた鴉は仲間たちに習い、魔術式を記述。すぐに攻撃へと加わる。
「……ミコラ。……どんどん持ってきて」
グランが新たに倒された砂塵竜の心臓を運んでくる。
入れ替わりにミコラが上空へと舞い上がった。
S級の魔物が山ほどいる現状はカノンにとって戦力増強の機会でしかない。続々と鴉が造りだされ、天へと舞い上がる。
その数が一羽、二羽と増えていくごとに攻撃の苛烈さは増していく。避けるだけだった黒砂塵竜も次第に避けきれなくなってくる。
やがてその身体を呪槍が掠めた。
「……終わり」
カノンが呟いた瞬間、黒砂塵竜の身体が大きく痙攣し蛇行しながら地面に落ちていく。
ただ掠めただけ。しかしそれで十分。
呪影覇槍は傷付けた相手に呪いを掛ける槍だ。
今回カノンが仕込んだ呪いは平衡感覚の消失。人間ならば立っていることすら難しく、空を飛ぶ魔物ならば地に落ちるのは自然の摂理である。
「……シル。……お願い」
「ワオン!!!」
シルが落ちてくる黒砂塵竜の首に向かって牙を突き立てる。ボキッと骨が折れる鈍い音が戦場に響き渡った。
空にひしめいていた砂塵竜の影はもはやいない。その全てが地に落ちている。
あとは地に残ったS級魔物を掃討するだけ。
そう思われた。しかしその時、積み上がった死体の先程の景色が歪んだ。その光景はまるで蜃気楼のよう。
カノンはその光景に心当たりがあった。
……幻砂蜃。
カナタとカノンが熱砂迷宮第二十五階層で遭遇したと思われる魔物だ。その能力は蜃気楼による幻影を作り出す事。
景色が歪みを強め、靄が張れるように元へと戻っていく。するとそこにいたのは先ほどよりも多い数の魔物の軍勢だった。
カノンはそれを認識した瞬間、鴉に命令を下すべく手を振り上げる。
「……滅せ――」
しかしその時、カノンの足元で地面が揺れた。
カノンはすぐに幻境眼で地面を見る。すると巨大な黒い魔力が現れていた。
直後、カノンの周囲から頭を出したのは十体もの黒き蠕虫型の魔物、黒帝砂獣。
それらがカノンに向けて一斉に食らいついた。
「カノンさん!!!」
【煌夜】の何人かが声を上げた。しかしカノンに焦りはない。
「……邪魔」
それだけ呟くと、地面に手を当て魔術式を記述する。
黒帝砂獣の鱗は反魔物質だとカノンはカナタから聞いている。よって、いちいち頭を相手にしていては時間と魔力の無駄だ。
……それにこれは十体じゃない。
カノンの眼は地中にいる本体を捉えていた。
――呪属性攻撃魔術:呪影覇槍
地中に呪槍が生成される。
だがそれは先ほど射出した様な槍ではなく改造が施された槍だった。より長く、より深く。地中の黒帝砂獣、その本体へと届く様な形状に。
そして射出された呪槍は幻境眼に映った黒帝砂獣を寸分違わずに貫いた。
本体が倒されたことにより地上に出てきていた十の頭が痙攣し、崩れ落ちる。
「……次。……滅せよ」
主人の言葉に従い、上空の鴉が魔術式を記述した。
――呪属性固有魔術:破滅の唄・断首ノ章
再び放たれる破滅の唄。
それは先ほどと変わらず、無数の魔物の首を断ち切った。
しかし倒れた魔物は全体の半分ほど。
残る魔物は新たに現れた無数の黒砂塵竜。そして地中にいるであろう黒帝砂獣、どこかに隠れている幻砂蜃。その他、変異種。
戦いはまだ続きそうだと、カノンは気を引き締める。
その時、カノンは王都から爆発的に増大している魔力反応を感知した。すぐに後ろを向くカノン。
その目に映るのは王都を守る壁のみ。しかしカノンの幻境眼には広場を包み込む氷のドームが映っていた。
何かが起きた。
そう察して余りある状況にウォーデンが叫ぶ。
「――カノン! 行け!!!」
この戦いは王都を守る戦いでありながらレイを守る戦いだ。優先順位はレイが一番上。だからカノンは即座にシルを呼ぶ。
「……シル!」
前線にいたシルが虚空に消え、カノンの影から再び現れた。カノンはシルに跨ると後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、命令を下す。
「……行っ――」
――しかし、状況はまだ動く。
「避けろ!!!」
「ニルク!!!」
前線からケヴィンとヴィレムの切羽詰まった声が響いた。
カノンはその声に異常が起きた事を察し、振り向こうとする。しかしその寸前で目の前になにか白いモノが落ちてきた。
カノンはソレを確認すると、王都に向かうのを断念した。
シルから降りて魔術式を記述する。同時に上空の鴉たちにも魔術式を記述するように命じた。
――呪属性召喚魔術:死鎌
虚空から現れるは漆黒の大鎌。そして上空の鴉たちが生成した黒い杭がカノンの周囲に降り注ぐ。
杭の刺さった地面が黒く染まっていき、カノンの肌も浅黒く変色する。
――呪属性固有魔術:呪界
そしてカノンは目の前の現れた白き異形、バケモノに鎌を向けた。
「……どいて」




