破滅の唄
南門に襲いくるは熱砂迷宮から溢れ出した魔物の軍勢。
漆黒の外殻に赤黒い線が入った禍々しく巨大な蠍、地獄蠍を筆頭に、風を纏う大鷲、砂大鷲。
血の涙を流しながら荒れ狂う大蜥蜴、血涙蜥蜴。
鋭く立派な二角を向けて突進する四足獣、二角砂獣。
三つの首を持つ毒蛇、三首毒蛇。
と、数もさる事ながらその種類も多い。
そして極め付けは軍勢の背後上空で大きな翼を羽ばたかせる竜種、砂塵竜。
それも単体では無い。無数の影が上空で羽ばたいている。
A級冒険者でも恐れ慄く軍勢に【炎槍】のウォーデンは単騎で突っ込んだ。
愛槍である無槍に炎を纏わせ、目前に迫る地獄蠍の脳天目掛けて突きを放つ。
「はっ!!!」
近接殺しと呼ばれる程に硬い外殻を持つ地獄蠍。
しかしウォーデンの無槍に貫けぬ物はない。たったの一撃で外殻を穿ち、内部で爆炎を上げる。
身体を内側から焼かれた地獄蠍は一度の攻撃もする事なく生き絶えた。
「ブゥオオオオオ!!!」
無槍を引き抜き、地面に着地したウォーデンに二角砂獣が迫る。
その角は槍のように鋭く、鎧でさえも容易く貫く。
ウォーデンでさえ喰らえば怪我では済まないだろう。しかしそれも当たればの話だ。
ウォーデンは向かってくる二角砂獣に投擲の構えを取る。
瞬間、無槍の纏う炎がその勢いを増した。そしてウォーデンは大地を踏み締め、投擲を放つ。
「貫け! 無槍!!!」
一瞬にして二角砂獣に到達した無槍はその身体を跡形もなく爆散させた。
しかしそれで終わらない。勢いを衰えさせずに尚も突き進む無槍。
二角砂獣の背後で列を成していた魔物の軍勢を焼き尽くした。
「戻れ」
無槍は魔槍だ。
能力は絶対貫通。そして帰還能力。故にウォーデンの呼び掛けに応じて、その手に現れる。
無槍の投擲によって切り拓かれた道。その先には何体ものS級魔物、砂塵竜が羽ばたいていた。
その中でも一際大きく黒い砂塵竜とウォーデンの視線が交差する。変異種、黒砂塵竜だ。
「……【炎槍】ってあんなに強かったか?」
ウォーデンに遅れる事、数秒。戦場に辿り着いたS級冒険者パーティ【煌夜】、そのリーダーであるケヴィン・レヴァンが呟いた。
その言葉に隣で長剣を構えた副リーダー、ヴィレム・テイタムが首を振る。
「……いや、ここまでじゃなかったはずだ。ったく。この短期間でどれほどの修羅場を潜ればああなる?」
ヴィレムの額に冷や汗が伝う。
ケヴィンとヴィレム、そしてウォーデンは同じS級冒険者だ。顔を合わせた事は一度や二度ではない。
無論、戦場を共にした事もある。
そんな二人が同じ感想を抱くほどに、ただのS級冒険者だった頃のウォーデンと勇者パーティの一員になったウォーデンでは実力が隔絶していた。
しかしケヴィンもS級冒険者としてのプライドがある。
このまま負けては居られないと、二本の短剣を構えた。
「俺たちも負けてられないな。そうだろ?」
ケヴィンが自身の仲間たちに、不敵な笑みを向ける。
彼らも冒険者の頂天に君臨するS級冒険者パーティだ。間違いなく強者である。
より高みを見れば、その高みへと追いつこうとするのは自然の摂理。【煌夜】のメンバーも触発されたように不敵な笑みを浮かべる。
「【炎槍】! 雑魚は俺たちに任せろ! お前の邪魔はさせねぇ!」
ウォーデンが振り返り、ケヴィンを見る。
「ああ! 頼んだぜ!」
そしてウォーデンは己が切り拓いた道を突き進む。
……おかしい。
ウォーデンと【煌夜】の戦いを後ろから見守っていたカノンは内心で呟いた。
……どこかに魔物を統率している人がいると思ったのに姿が見えない。
カノンの目の前には夥しい数の魔物がいる。
その全てを王都に差し向けるなんて芸当、通常ならば不可能だ。
加えて、魔物たちは明らかに連携している。
攻撃の間隙を突いたり、囮を使ったりと普通の魔物にはあり得ない動きだ。
だからカノンは統率者である魔術師がいると考えていた。
しかし、いない。
幻鏡眼による副次的な効果、魔力視。名前の通り魔力を視覚的に見ることが出来る能力だ。
これには特徴があり、人間と魔物を色で見分けることが出来る。
人間はその人の魔力属性。火属性なら赤、水属性なら青といったように分かれている。
しかし魔物は一律で黒だ。人間も闇属性を扱うのは黒だが、魔物のソレは尚深く、暗い色をしている。
そんな魔力視を持ってしても、魔物の軍勢の中に青い魔力は見えない。
……なら統率している魔物がいる? もしくはこの場にいない?
どちらもあり得ない話ではない。
統率者を倒せば連携を崩せると思ったカノンだが、そう簡単にはいかなそうだと諦めた。
「……まあいいか」
カノンは一人呟く。
統率者が見つからないのであれば、一掃すればいい。
カノンが手を前に出し、鴉たちに命令を告げる。
「……破滅の唄・斬首」
「カァァァアアア!!!」
主の命令に二十羽にも上る鴉たちが一斉に甲高い鳴き声を上げた。それと共に記述されていく毒々しい色をした魔術式。
――呪属性固有魔術:破滅の唄・断首ノ章
カノンが新たに生み出した固有魔術がその牙を剥く。
「――――――!!!」
人間には聞こえない音が魔術式から放たれる。
戦場一帯を満たす唄、それを聴いた魔物の首に一筋の線が走った。
それは首断ちの呪い。
通常ならば大掛かりな儀式を行い、掛ける呪いだ。
しかしカノンは儀式の代わりに唄、もとい音を用いて魔術に落とし込むことに成功した。
それも、何時間も掛けて断たれる首を一瞬で落とすような改造を施して。代償に一定以上の魔力を持つ個体には効かないが、A級の魔物ぐらいならばなんの問題もない。
唄を聴いた者、全ての首を断つ超規模殲滅術式。
それが破滅の唄・断首ノ章である。
例外は一つ。カノンによってマーキングされている者だけ。無論、戦闘開始前に【煌夜】の五人とウォーデンはマーキング済みだ。
呪いに掛けられた魔物たちの首が落ち、色とりどりの血飛沫を上げる。
カノンはたった一つの魔術で魔物の軍勢、その約八割を絶命させた。
「うそ……だろ?」
引き攣った顔で言葉を漏らすS級冒険者たち。数多の修羅場を潜ってきた彼らもこれにはドン引きである。




