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人質

 姿を現したのは三人。

 薄緑色の髪を短く切り揃えた少女と、赤髪を逆立たせたガラの悪そうな青年。

 

 そして二人の間に立ち、静かにこちらを見ているのは長めの赤髪を靡かせた男だ。背が高く、身に付けているロングコートが憎らしい程によく似合っている。

 しかしその切れ長の目と感情を感じさせない表情がどこか不気味だ。

 そう感じるのは瞳のせいだろうか。怜悧な瞳は俺たちを見ているようで何も見ていない。言うならばそう、虚無だ。


 ……そして、こいつが一番ヤバい。


 横に控える二人の比ではない。ただそこにいるだけで重圧を感じる。

 他二人も決して弱い訳ではないだろう。S級冒険者以上の実力は確実にある。しかしこの男と比べるとやはり霞む。闇を使えない俺では逆立ちしても勝つ事はできないだろう。

 

「……氷姫と黒の暴虐で、間違いないな?」


 ロングコートの男がラナに問う。その声は低く、静かに響いた。

 

「貴方は誰ですか?」

「……生憎と名乗る程の名は持ち合わせていない」

「……そうですか。しかし――」


 ラナの纏う雰囲気が変わった。

 凍てつく氷のように、静謐なる戦意を漲らせていく。


「私が氷姫だと分かった上で、正面から来たのですか? だとしたら愚策ですね」

「……まさか。星剣保持者に正面から勝てると思うほど自惚れているつもりはない。だが、今この場に限っては足止めが可能だと判断している」

「足止め……? まさかたったの三人で?」


 ラナは目を細め、三人を観察する。

 いくらロングコートの男が強いとはいえ、ラナを越えるかと言われたら答えは否だ。それは魔力が減っている今も例外ではない。


 ……でもなんだ? この余裕は。


 星剣保持者と相対しているというのに焦りが感じられない。それどころか余裕すらある。

 何も無ければそんな態度は取れない筈だ。

 とても、とても嫌な予感がする。


「……三人?」


 ロングコートの男がラナの言葉を反芻する。そして泰然たる態度で首を振った。


「違うな」


 その瞬間、男から陽炎(かげろう)が立ち昇る。


「――足止めならば、私一人で十分だ」


 直後、陽炎(かげろう)が一際大きく揺らめき、光が爆ぜた。炎が放射状に広がり、壁のように押し寄せてくる。


「レイ!」


 ラナが俺の前に出て、星剣(ラ=グランゼル)を地面に突き立てた。そのまま右手を前に出し、指を鳴らす。行動がトリガーとなり、簡易魔術が発動した。


 ――氷属性防御魔術:氷壁


ブリジリア(氷よ)ツィルストス(包み込め)!」


 俺とラナの前方に氷壁が出現、同時に広場全体を包み込む様にして氷のドームが姿を現した。

 

 炎が氷壁に衝突し、凄まじい熱波が肌を焼く。

 しかし炎が氷壁を溶かす事は出来ず、さほど時間は掛からずに消えていった。ラナもすぐに氷壁を消す。


 ……これは。


 しかし辺りを見回すと、広場の外縁では氷のドームと炎が鬩ぎ合っていた。

 その様はまるでお互いが食い合っているよう。


 ……この男、民を……王都を人質に取りやがった。


 この炎は俺たちを焼くことが目的ではなく、王都を焼くことが目的だ。そうでも無ければ氷壁で防げた炎が、星剣で創り出した氷を溶かせるわけがない。


「真正面から挑む事だけが戦いではない」

「……悔しいがその通りですね。ですが、これしきの事で私の足止めが出来たとでも?」


 ラナは涼しい顔をして、毅然と言い放つ。

 しかしやはりと言うべきか、男に焦りはない。

 

「無論だ。二回の時停めに加え、王都全体に及ぶ大魔術。貴様は万全ではないからな」

「……」


 ラナが目を細め、男を見据える。

 おそらくラナも俺と同じことを思ったのだろう。


 ……時停めを認識している?


 時停めはその性質上、気付くことは難しい。

 時を停めての移動ならば瞬間移動、魔術行使ならば何か他の能力、それこそ異能だとでも考える方が自然だ。

 真っ先に時停めなんて言葉が出てくる事はまずないと考えていい。

 

 使徒から聞いている可能性は大いにあるが、そこはあまり関係ない。問題なのは認識している可能性があるという事実のみ。

 

 認識しているのならば、俺と同じ様にロングコートの男は停止空間で動ける可能性がある。

 もしそうならば、時停めを使用しても魔力を無駄にするだけだ。

 

 この男は言葉一つで時停めを封じて見せた。


 ラナは一度大きく息を吐く。


「……認めましょう。貴方は私が倒すべき敵であるようです」


 地面から星剣を引き抜き、構える。

 対する男も、静かに息を吐くと虚空から炎を纏った剣を召喚した。


 だから俺もラナの隣に並び立つ。


「ラナ。仕方ないよな?」

「うん。……ごめん」


 俺の思惑を理解したラナが申し訳なさそうに俯く。

 しかし空からいきなり本拠地に乗り込んでくるとは予想していなかった。というのも空を飛ぶ魔術は維持が難しく、長距離の飛行は出来ないからだ。

 ラナですら好んで使おうとはしないと言えばどれほど難しいかは理解できる筈だ。

 だからこそ完全に盲点だった。しかし肝心なのはこれからどうするかだ。


「謝る事はないよ。……一緒に切り抜けよう」


 ラナが俺の方を向き、目をパチパチと瞬かせた。するとすぐに微笑みを浮かべる。


「そうだね。うん! ありがとレイ!」


 ラナは再び男に目を向け、戦意を漲らせていく。

 俺も邪魔にならない様にラナから離れる。すると俺の動きに追従する様にして、青年と少女も動いた。


 ……やっぱり二人の狙いは俺か。


 ロングコートの男が「足止め」と口にした以上、他の二人が俺を殺すための要員だと予想したが、当たっていたらしい。


 ……好都合だ。


 闇の使えない俺では、ラナとロングコートの男の戦いには付いていけない。確実に足手纏いとなる。

 ならばラナには男の対処に専念してもらい、俺が青年と少女を殺した方が早い。


 殺気を込めた視線二人に向けると、青年が拳を打ち鳴らした。次の瞬間、爆炎が上がり拳に纏わりつく。


 ……やる気は十分、か。

 

 薄緑髪の少女も青年に追従する様に隣の地面に樹を生やし手を添える。すると樹は瞬く間に姿を変え、槍となった。

 

 炎拳と樹槍と言ったところか。ともあれ樹槍の方は翠の至天と見て間違いなさそうだ。


「聞いていたな? お前らの相手は俺だ」

「ああ! 俺たちの想定通りだ! いつでもいいぜ!」


 炎拳が拳を打ち鳴らし、吠える。

 その様子を樹槍の少女が冷ややかに見つめていた。


「余計な情報を与えるな」

「余計? なにがだ?」

「想定通りは余計。言わなきゃわからない?」


 しかし炎拳は首を傾げている。樹槍は大きくため息を吐いた。


 ……なんかコイツ、そこはかとなくバカっぽいな。


 だから俺は試しに質問してみる事にした。挑発と共に。


「んで? お前らの序列は何位だ? あのルーカスってのが第五位だったから同じぐらいか? それとももっと下か?」


 すると青年が額に青筋を浮かべた。


「あ? んなわけねぇだろ。頂いた因子を制御できない出来損ないと一緒にすんな! 俺たちは第三位だ!!!」


 意気揚々と吠える炎拳。もはや樹槍は頭を抱えている。


 ……想定通りっちゃ想定通りだが、チョロすぎないか?


 俺の方が心配になってくる。

 

 しかし「因子」、そして「出来損ない」という言葉。

 

 ここにいる至天三人が完全に人の姿である以上、ルーカスの姿は至天からしても異常だったのだろう。

 差し詰め、力を制御出来なかった末路と言ったところか。


「……だから余計な情報を与えるなと言っている」

「余計な情報? ……あっ」


 両手で口を塞ぐが遅すぎる。

 流石にまずいと思ったのか炎拳がぎこちない動作で男の方を向く。しかし、男は一瞥すらしなかった。

 そんな些事に(かかずら)っている暇はないと言わんばかりだ。


 炎拳はそれを黙認と解釈したのか、ホッと胸を撫で下ろし、俺を睨みつけてくる。


「騙しやがったなこのクソ野郎! ぜってぇー許さねぇ! フラム!!! さっさとやるぞ!!!」


 気炎万丈。

 しかしそれは威勢だけだ。またも情報を漏らしている。

 

「そうか。そっちの女はフラムというのか」

「ぐっ!」

「……ッ! この! 少し黙っていろサイラム!」


 意趣返しか、あえて炎拳の名前を叫ぶフラム。

 その目は呆れを通り越して可哀想なものを見る目だ。

 

 なんとも気の抜けるやりとりだが、相手は至天。それも序列第三位。決して油断していい敵ではない。十中八九、厳しい戦いになるだろう。

 俺は雪月花を構え、改めて気を引き締めた。


 ……さて、()るか。

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