会敵
伝令の騎士が息を切らせながら走ってきた。
騎士は椅子に座っているラナの前で一度胸に手を当ててから口を開く。
「南門方面、魔物との交戦を開始しました!」
「魔術師は居ましたか?」
魔術師。言わずもがな、至天の事だ。
しかしその存在を知る者は僅か。その為、ラナは「魔物を操る魔術師が居る」という情報を騎士たちに通達していた。
伝令の騎士は首を振る。
「いえ、魔物だけです!」
伝令の言葉にラナは訝しげに眉根を寄せる。しかしすぐに表情を取り繕うと、伝令に言葉を掛けた。
「ご報告ありがとうございます。下がってください」
「はっ!」
騎士が胸に手を当てて足早に去っていく。
それを見送り、辺りに誰もいないことを確認してから俺は呟く。
「至天は北門、サナとアイリスの所だけか……」
東門、南門、北門は既に報告を受けている。結果、魔術師が現れたのは北門だけだった。
それもカナタが足止めしているせいか、単騎での襲撃だ。
ラナは俺の言葉に頷いた。
「うん。レイはどう思う?」
「今は戦力を見極めている状況で至天は後で投入するつもりかな? 北門はカナタが足止めしてるから至天が仕方なく出てきた……?」
そうは言ったが、自信はない。
俺ならここで戦力を温存する策は取らない。こちらは分断されているのだ。勇者パーティの居ない東門、西門のどちらかに全ての戦力を投入して攻め落とす。
「でもその顔はないと思ってるって感じ?」
「うん。俺が敵ならこんな事はしない。なら他になにか策があると考えるべきだな」
「そうだね。……カナタのところに行ってる可能性はないかな?」
「ヤツらの狙いは俺だ。可能性は低いと思う」
四箇所同時の氾濫現象。
これだけのことをしでかしておいて、俺以外を狙うのは考えづらい。
「……でも、カナタの足止めに行ってる可能性はあるか」
カナタは氾濫現象の足止めを行っているが、役目を果たせば戻ってくる。その足止めをする為に至天が投入されていてもおかしくはない。
敵がどこまでこちらの戦力を把握しているかは不明だが、流石にカナタの強さはバレていると見て間違いないだろう。
なにせルーカスを消し飛ばしている。
あの光景を見られていた可能性は考慮しておくべきだ。
……それを考えると熱砂迷宮でカナタが感じた視線ってのも戦力把握絡みかもな。
「確かに。カナタが王都に居るのと居ないのとじゃ戦力が全然ちがうもんね」
「ああ。アイツは強いからな」
「……なんか得意げだね?」
「まあ……な」
気恥ずかしくて曖昧に頷くと、ラナが手を握ってきた。視線を向けると、どことなく不機嫌そうだ。
「……ラナ?」
「なんか……ちょっとだけ妬けちゃうかも」
「妬ける? カナタは男だぞ?」
「も〜。そういうことじゃないよ。なんて言うか信頼関係? って言うのかな。羨ましいなって」
「ああ、なるほど」
ラナの言わんとしている事はわかった。だから俺はラナの手を握り返す。
「でも好きなのはラナだけだし、恋人もラナだけだよ」
「うっ。まったく……臆面もなく言うんだから。不意打ちは今でも慣れないな〜」
「慣れてもらっちゃ困るよ。ラナが照れてるのは可愛いからな」
「もう!」
肩をペシンと叩かれた。
でもそんなやりとりすら愛おしく、笑みを浮かべるとラナも頬を朱に染めながら微笑んでくれた。
「……っと。話が逸れちゃったな。まあ、なんだ。敵は何か手を残してる筈だ。だからどうなってもいい様に警戒だけはしておこう」
「うん。そうだね」
それからしばらく。四方から絶えず戦闘音が聞こえてくる時間が続いた。
爆発音やら、魔物の雄叫びやら。激しい戦闘が繰り広げられている事は想像に難くない。
思わず雪月花に触れた手に力が籠る。
……やっぱり落ち着かないな。
今までは仲間たちと共に戦ってきた。だから待つだけと言うのはやっぱり慣れない。
そんなことを思っていると表情に出ていたのか、ラナがジト目を向けてきた。
「……ダメだよ?」
「大丈夫。ちゃんとわかってるから。今回は仲間を信じて待つ。それが俺の仕事だろ?」
「うん」
そんな風にヤキモキしていると突如、ラナが弾かれた様に背後、北へと目を向けた。俺も同じ様にして北を見る。
ここからでは城があってよく見えないが、ラナの反応からして何かが起こっているのだろう。
「なに……あれ? ……カナタ?」
「ラナ? カナタがどうかしたのか?」
「うん。レイ。手を」
「ああ」
俺は言われるがままにラナの手を取った。そして地面に魔術式が記述される。
地面から出現したのは巨大な氷の柱だった。それが俺とラナを地面から押し上げていく。
そうして見えてきたのは北の空を覆うほど巨大な魔術式だった。しかもまだ終わっていない。赤雷が今もなお上空に魔術式を描き続けている。
「……赤雷。雷鳴鬼を使ってるな。それにあれだけの魔術式が必要な状況。居るな」
言わずもがな至天だ。
それにカナタがあれほどの大魔術を必要としている。その事実から鑑みるにルーカスの様な実力ではないだろう。
きっと、より上位の至天だ。
「……大丈夫なんだよね?」
繋いだ手にラナが力を込めた。
心中に渦巻く不安がありありと伝わってくる。だから俺はその手を強く握り返した。
「大丈夫だ。なんて言ったってあそこに居るのは俺の親友だ。アイツが負ける姿なんて俺には想像できない」
「そう……だね」
ラナは不安に瞳を揺らしながらもしっかりと頷いた。
「――それよりも……」
「うん。わかってる」
ラナは頷くと、氷の柱を解除した。
そして落下していく中で、己が星剣の名前を告げる。
「……ラ=グランゼル」
呼び掛けに応じ月明かりを反射して輝く薄青色の水晶剣、星剣が姿を現した。
俺も雪月花を抜き放ち、地面に着地する。
臨戦体制で降りてきた俺たちに騎士たちがギョッと目を向いた。
それに構わず俺とラナは南の空へと目を向ける。
「総員退避してください!!! 広場から今すぐ出るように!!!」
有無を言わせぬ一声。騎士たちは即座に従った。各々が急いで広場から去っていく。
「レイは私の後ろに」
「ああ。任せた」
俺は頷くと一歩下がる。
視線の先では、凄まじい速度で近づいてくる気配が三つ。そしてそれらは一直線に広場へと向かい、隕石のように炎を纏いながら墜ちてきた。
轟音が地面を揺らし土煙が現れる。
「まさか空から来るとは思わなかったよ」
そこから、三つの人影が姿を現した。




