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雷鳴鬼

 ――雷属性固有魔術:雷鳴鬼(らいめいき)


 日本魔術界の名門一之瀬家に代々伝わる、短期決戦用の固有魔術。特級魔術師一之瀬カナタの持つ二つ名の所以であり、身体強化の極致とでも言うべき魔術だ。

 

 カナタの額に赤雷を纏った二本角が顕現した。そして髪の毛先が血の様に赤く染まっていく。


 一本目の角が身体を強化し、二本目の角が脳を強化する。それ故に負担も多く、カナタでさえ五分維持させるのがやっと。故に短期決戦用魔術。

 

 使ったのならば必ず殺す。殺せないのならば使わない。

 雷鳴鬼はそんな決意の元に使用する魔術である。

 

 カナタは今ここに切り札を切った。


「その姿は……あの時の……」


 道化面が緊張感を帯びた声で呟く。

 

「あの時? ああそうか。……熱砂迷宮に居たのはお前か」


 思わぬ所で熱砂迷宮で感じた視線の正体が判明したが、カナタにとってそんな事はもはやどうでもよかった。

 今は一分、一秒でも無駄にしていい時間はない。タイムリミットは刻一刻と迫っている。


「……行くぞ」

 

 カナタが腰を落とした。次の瞬間、その姿が掻き消え赤雷が疾る。


「くっ!」


 反射的に道化面が己の前面に結界を展開した。

 しかしそれは粉々に砕け、道化面が吹き飛ぶ。地面をバウンドしながら転がり、第二防壁の瓦礫に勢いよく突っ込んだ。


 バケモノは動かない。否、動けない。

 生み出されたばかりの身体が細切れになり、肉塊へと戻る。カナタはたったの一瞬で五体ものバケモノを撃破した。


 カナタはつまらなさそうな視線を肉塊に向けると、地面に雷刀を突き刺す。地面を赤雷が伝い、バケモノであった肉塊に魔術式が記述された。

 

 轟音響かせ雷が落ちる。すると五体のバケモノが炎上し、やがて灰燼と化した。無論、再生はしない。


 と、そこへ迫る無数の水晶弾。


「……鬱陶しいな」


 カナタが大きなため息を吐く。そして死を告げる雷鳴が轟いた。赤雷が縦横無尽に戦場を駆け巡る。

 僅か数秒。それだけで魔物全てが灰となる。


 あまりに圧倒的。あまりに一方的。

 それはもはや戦闘と呼べるモノではなく、ただの虐殺だった。


「……さて残りはお前だけだ」


 瓦礫の中から無傷の道化面がゆっくりと姿を表す。

 

「……いやはや。流石としか言いようがありませんね」

「……死ね」


 問答無用。

 道化面の言葉には答えず、カナタは瞬雷を使う。

 通常時とは比べ物にならない速度。道化面は目で追う事すら出来ない。


 刹那の時間でカナタは道化面に肉薄し、赤雷を纏わせた雷刀を振るう。

 しかし流石は至天の序列第二位を自称する道化面。目で追う事こそ出来ないものの自身を包み込むようにして結界を重ねて展開する。


 防御力に全振りした鉄壁の防御。

 しかし雷鳴鬼と成ったカナタには通じない。ガラスが砕ける様な音が響き、次々と結界が破砕していく。

 赤雷を纏った雷刀を止める事はおろか、勢いを衰えされる事すら出来ない。


 雷刀が道化面の身体を薙ぐ。胴体を分断され、吹き飛んでいく道化面。

 普通の人間ならば即死であろう傷。だがカナタは即座に追撃を仕掛けた。

 (イカズチ)(ゼロ)距離で受けて生きている人間だ。これしきの事で死ぬとは思えない。


「くっ!」


 道化面が焦った様に声を漏らす。

 ただ斬っただけならばすぐに再生した事だろう。それをカナタはレイとバケモノの戦闘を見て分かっている。

 しかしカナタの雷刀はただ斬るのではなく焼き斬る。故に再生が遅れる。

 この高速戦闘の中ではその遅れは致命的だ。


「再生して見せろよ」


 カナタは挑発する様な笑みを浮かべる。

 そして地面をバウンドしながら吹き飛んでいく道化面に追いつき、雷刀の一撃を叩き込んだ。

 

 赤雷が弾け、大地のみならず大気までをも震わせた。もうもうと土煙が舞い上がる。


「……ん?」


 しかし手応えがなかった。

 結界を砕いた感触はあったが、肉を斬った感触はない。

 カナタはその場で無造作に腕を払い、舞い上がった土煙を吹き飛ばす。


 そこへ狙ったかの様に飛来する銃弾サイズの水晶弾。


 カナタは一瞥するだけでそれを無視した。

 もはやそんな物は脅威ではない。カナタが纏う赤雷に触れた瞬間、水晶弾は弾けて砕けた。


 カナタは地面に目を向ける。

 するとそこには道化面の下半身が落ちていた。


 ……上はどこ行った?


 念の為、下半身に赤雷を落とし焼却しながら足で地面を打ち鳴らす。赤雷が地面を伝い、一帯に広がっていく。

 結界があれば赤雷が阻害されるはずだが、特に変わったところはない。


 ……なら空中か。


 消去法でそう考えカナタは手を前に出す。そしてパチンと指を鳴らした。

 指先から赤雷が弾け、空中に広がっていく。すると、カナタの背後で隠れていた結界が浮き彫りになった。


 ……そこか。


 カナタは振り返りながら赤雷を纏わせた拳を放つ。

 直後、ガラスの砕ける様な音と共に()()()()の胸を貫いた。


「キヒッ!!!」


 バケモノが卑しい()みを浮かべる。

 そしてバケモノの全身に付いていた口が一斉に開く。しかし、その口から言葉が紡がれる事はなかった。


「……邪魔だ」


 カナタが呟くと、赤雷が弾ける。それだけでバケモノは灰燼と化す。


「時間稼ぎは無駄だぞ。早く出てこい」


 だが何秒待っても返事はない。カナタはため息を吐き、空へ向けて手のひらを広げる。

 そこへ魔術式を記述した。


 ――雷属性攻撃魔術:(つづり)天壊(てんかい)


 簡単な事だ。

 出てこないのならば周囲を根こそぎ吹き飛ばせばいい。

 

 カナタの手から放たれた五つの雷が上空を駆け巡り、巨大な魔術式を記述していく。

 ヒュドラ戦で使用した時は迷宮内だった為、そこまで大きな物ではなかった。しかし今はその制限がない。

 空の全てがキャンバスだ。

 

 雷が天蓋を覆う程に巨大な魔術式を描いていく。


 するとその時、カナタの背後で唐突に気配が現れた。


「……驚いた。索敵も無効にする結界か?」


 道化面はカナタの言葉に答えない。答えるほどの余裕がない。

 

 道化面が辺り一面に消滅結界をばら撒く。隠している余裕はないのか、無数の立方体が姿を現した。

 しかしそれらはカナタの身体に触れた瞬間、赤雷によって砕かれる。


「くっ!」


 仮面のせいで道化面の表情を見る事は叶わない。しかし、顔を顰めているのは容易に想像できた。

 

「大方、魔術式が完成する前に俺を殺そうとしたんだろうが、残念なお知らせだ。アレは既に俺の手から離れている。俺を殺したところでどうにもならない」

「ならば相打ちと行きましょう」


 道化面が全身の口から肉塊を射出する。それは空中で集まり、三体のバケモノとなった。

 

「ハッ! 死ぬのはお前だけだ!」


 カナタは道化面を鼻で笑い、その姿を消した。

 次の瞬間には道化面の仮面を鷲掴み、そのまま地面に叩きつける。それと同時に三体のバケモノは全て灰となって消えた。

 

 道化面の後頭部が割れ、潰れたトマトの様に内容物が弾けて地面に赤い花を咲かせる。


「……そう言えばそのふざけた仮面の下、見てなかったな?」


 カナタは一度道化面の顔から手を離し、仮面に手を掛けた。そして力任せに剥ぎ取る。

 しかしそこから現れたモノに眉根を寄せる。


「……あ?」


 そこには何も無かった。

 目も鼻も口も何もかもが。まるで妖怪野箆坊(のっぺらぼう)の様だ。


 ……いや、そんなはずはねぇ。


 もし本当に顔がないのならば、簡易魔術の使用方法に説明がつかない。おそらくは再生能力を応用して顔を潰しているのだとカナタは予想した。


「そんなに顔を見られるのがマズいのか? 表の顔はどっかのお偉いさんだったりしてなぁ? だけどそれももう意味のない事だ。お前はここで死ぬ」


 ちょうどその時、上空で魔術式が完成した。カナタはそれを確認すると道化面の身体を投げ捨てる。

 既に立ち上がる力も残っていないのか、動く気配はない。

 だからカナタは嘲笑を浮かべる。


「ほら、逃げてみろよ。今なら生き残れるかもしれないぞ?」

「……認めましょう。()()()私の負けです」


 道化面の言葉にカナタは眉を顰めた。

 

「……引っかかる言い方をしやがるな。お前に次なんてねぇよ」

「はてさて。それはどうでしょう?」


 道化面の口に当たる部分が裂け、卑しい笑みを浮かべる。

 

 カナタは念のため、周囲一体の魔力を探るが水晶迷宮から溢れ出てきた魔物の物しかなかった。

 それも既に弾切れなのか、新たに湧いてくる様子はない。


 よってカナタは目の前にいる道化面が本体だと断定。言葉も虚勢だと判断した。


「もういい。……死ね」


 ――雷属性攻撃魔術:天壊


 次の瞬間、上空の魔術式が輝き、光が落ちた。


 道化面の身体が光に呑まれ消えていく。辺りにいた魔物や、迷宮都市も例外ではない。

 それどころか天壊の範囲にあった物、その全てが消失した。


 光が消えた後、そこに立っていたのはカナタ一人。


「……ふぅ」


 カナタは身体に溜まった熱を吐き出すように息を吐き、周囲の魔力反応や気配を探る。


「……何も、ないな」


 それを確認し、カナタは雷鳴鬼を解いた。身体から力が抜け、仰向けに倒れる。

 経過時間は三分弱。しかしそれでも動けなくなるには十分な時間だった。


「あとは……任せたぞ」


 確かな達成感を胸に抱いたカナタの視界には、その心中を示すような満天の星空が広がっていた。

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