憤怒
雷をまともに喰らった道化面が黒焦げになりながら地面に落ちていく。
カナタはそれを見ながら第二防壁上に着地、雷刀を消した。
……これで終わりか?
視線の先では、道化面が地面に墜落しドサリと嫌な音を立てた。首があらぬ方向を向いており、生きているとは到底思えない有様だ。
……随分呆気ないな。序列第二位ってのもやっぱり嘘だったか?
釈然としない物を感じながらも、カナタは第二防壁から飛び降りる。ひとまず時間稼ぎは終了。あとは王都で仲間たちの援護だ。
そう考えて、カナタは瞬雷を使った。
黒焦げになった道化面を超えてその先、王都へ向けて駆け出す。
しかし道化面の脇を通り過ぎる時、カナタは違和感を覚えた。
……いや待て。なんで雷の直撃を受けて原型を留めている?
零距離から放った雷、それに熱砂迷宮で使った時よりも威力は上がっている。
たとえ巨体を持つ竜種であろうと今ならば消し飛ばせる自信がカナタにはあった。現に異形と化した翠の至天ルーカスを消し飛ばしている。
序列第二位というのが本当ならばそういう事もあるかもしれない。しかし念には念を入れてカナタは急制動を掛けた。
……杞憂であればそれでいい!
雷刀を顕現させ、首を断つべく振るう。
明らかに死体だからといって手加減はしない。辺り一体を吹き飛ばすつもりで雷刀に魔力を込める。
「紫電雷覇ァアアア!!!」
紫電が疾り、刃が焦げた首に吸い込まれていく。しかし、その寸前で阻まれた。
――透明な結界に。
「チッ!!!」
カナタは第二防壁とは逆方向に距離を取り、もう一度魔術式を記述する。速度重視、さりとて火力は捨てない。カナタが選んだのは立体魔術式だ。
だが、魔術式が完成する前に微かな風切り音が耳に届いた。その一瞬後、第二防壁に巨大な亀裂が走る。
「なにっ!?」
第二防壁が音を立てて崩れていく。
粉塵が舞う中、姿を現したのは魔物の軍勢だった。
地には水晶亀や水晶狼。そして空には翼を広げた水晶竜。
それらが道化面を守る様にして一斉に水晶弾を放つ。
「くそっ!!!」
決して警戒を怠っていたわけではない。
すぐ近くで氾濫現象が起きているのだ。周囲の魔力や気配は常に把握している。
なのにも関わらずいきなり魔物が現れた。
そこから導き出される答えは。
……隠蔽系の結界か!?
しかし気付いたからと言って、もはやどうしようもない。
カナタは魔術式の記述を即座に中断、雷刀を振るって水晶弾を捌いていく。
しかし数が途轍もなく多く、全てを捌き切った時には黒焦げの道化面が立ち上がっていた。
「いやはや。流石の私も死ぬかと思いましたよ」
パキパキと音を立てて、道化面の身体の表面が罅割れていく。
物の数秒で脱皮をする様に姿を現したのは無傷の道化面だった。どういう原理か仮面までもが再生している。
「……気持ち悪りぃな。再生まですんのかよ」
「ええ。再生は零落の白様の専売特許ですからね」
「……零落の白?」
「おっと……これは失言でした」
道化面が仮面に手を当てて言葉をこぼす。
……表情が見えないから分かりづらいな。果たして本当に失言なのか?
カナタには敢えて情報を与えた様にも感じた。つくづくやり難い相手だと再認識する。
「聞かれた以上は生かしておく訳には行きませんねぇ?」
「よく言うぜ。初めから殺す気だろうが」
「その通りです。よく分かりましたね?」
「……」
相手にするだけ無駄だとカナタは無言で雷刀を構える。
そして瞬雷を使う寸前、道化面が動いた。両手を大きく広げる。
「面白くありませんねぇ。まあそれはいいでしょう。しかし温存していては勝てる物も勝てません。ですので全力で行かせていただきます!」
「……全力? さっきまでのは全力ではなかったと?」
道化面はさらりと答える。
「ええ。そうですとも! 正確には全戦力と言った方が正しいですが……ね。……では!」
道化面が叫びを上げる。すると全身に口が現れた。
素肌のみならず服の上や仮面の上まで。身体の隅々に口が出現した。
あまりの醜悪さ、あまりの悍ましさにカナタが顔を顰める。
しかしこれはまだ序の口。本当に醜悪なのはそこからだった。
全身に出現した口から、白い肉塊が吐き出されていく。
ボトリ、ボトリと生々しい音を響かせながら地面を肉塊が埋め尽くす。
そんな異様な光景を見ながら、カナタは自身の身体が熱くなるのを感じていた。握った拳に血が滲み、地面を赤く濡らす。
地面に落ちた肉塊が蠢き、人の形を成していく。
やがて現れたのは五体の異形。その姿はブラスティア伯爵邸で遭遇したバケモノとよく似ていた。
「これぞ零落の白様より賜っ――」
「――お前か?」
道化面の言葉を遮り、カナタが抑揚の無い声で静かに問う。
あの時、レイが言った言葉がカナタの脳裏に再生された。
――アイツは……俺を殺し続けたバケモノだ。
「お前がレイを殺したのか?」
全身の血が沸騰したかの様に湧き立つ。
病室で虚な目をしたレイ。
カナタやサナが声を掛けても何ひとつ反応を示さない姿はカナタの目に焼き付いていた。
レイをあそこまで追い詰めたバケモノ。
そのバケモノを生み出してみせた道化面。カナタの中で今、点と点が繋がった。
「殺した? なにを言って……」
しかしカナタは首を振る。
道化面が何を言おうがどうでもいい。もはや事実がどうであるかなど関係ない。
たとえこの推測が合っていようが間違っていようが、やる事は既に決まっていた。
親友を傷付けた存在の滅殺。
唯、其れのみ。
カナタの中でスイッチが切り替わった。
全身から可視化できるほどに濃密な魔力が溢れ出し、帯電し、火花を散らす。
そこに仲間たちが居たならば豹変したカナタを別人と見間違えた事だろう。それほどの変貌。
あまりの殺気に恐れを知らない魔物たちですら身体を震わせる。
「もう温存なんてモノは考えねぇ。……肉片一つ残ると思うなよ? ……お前はここで確実に殺す」
カナタが殺意を宿した瞳で道化面を射抜く。
そして言葉を紡いだ。
「――雷鳴鬼」




