道化面
「……はぁっ! はぁっ! いくらなんでも多すぎんだろ!」
カナタは頭上から飛来した巨大な水晶を躱し、瞬雷を使う。目的地は一番近くにいる水晶竜の背だ。
一瞬で背後に回ると、雷刀を振るい首を叩き切った。
ここ数時間何度も繰り返してきた工程だ。
だが一向に魔物の数は減らない。
空には水晶竜を初め、その変異種や鳥の魔物等が羽ばたき、地には亜竜種に分類される水晶地竜やその他多種多様な魔物が蔓延っている。
もはやA級の魔物はごく僅か。そのほとんどがS級だ。
首を落とされた水晶竜の身体から力が抜け、地面に落ちていく。
その時カナタは視界の端に光る物を捉え、首を逸らした。眼前を銃弾サイズの水晶弾が通過していく。
この数時間で魔物も学んだのか、水晶弾の大きさがバラバラになってきた。大きな物ならば問題無いが、厄介なのが小さな物だ。
闇夜の中では非常に見えづらい。僅かな月明かりのお陰でなんとか避けられている状態だった。
……やっぱ魔力無しはキツイな。
カナタは今、己に制約を課している。
出来るだけ魔力は使わずに、瞬雷のみで倒す。それでも魔力は減るが、必要経費だと割り切った。お陰で魔力切れを起こす事なくぶっ通しで戦い続けられている。
……だけどそろそろ頃合いだな。
先程まではカナタの殲滅速度と魔物の湧き出る速度は拮抗していた。だけど今は違う。僅かだが、魔物の湧き出る速度が増している。
それに魔力残量もあと半分を切っていた。至天と戦う上で、これ以上消費すると危険だ。
魔物はまだまだ残っているが、総合してここらが潮時だとカナタは判断した。
……避難、完了してるといいけど。
時刻は既に夜。日が沈み、月が昇ってからかなりの時が経過している。宣言通り時間は稼いだが、避難が完了しているかどうかは未知数。こうなると祈るしか無い。
カナタは撤退を決め、落下している水晶竜を足蹴にして瞬雷を使った。
そして第二防壁に着地し、もう一度瞬雷を――。
……ん? なんだ?
その時、カナタは違和感を覚えた。
僅かに空気の流れが変わったかのような小さな違和感。だけどカナタの直感はけたたましい程に警鐘を鳴らしていた。
……マズイな。
原因はわからない。だけどカナタは己の直感に従い、魔術式を記述する。重視するのは威力ではなく速度。とにかく最短で違和感の正体を破壊する。
――雷属性攻撃魔術:天全雷網
カナタが腕を突き上げると、そこから雷が網のように広がっていく。
一応はこの魔術は攻撃魔術に分類されるが、威力はそこまで高くない。非魔術師がその身に受ければ気絶する事間違いなしだが、魔術師相手なら少し痺れる程度だ。
しかし今この瞬間はそれで十分。
雷網が凄まじい速度で広がっていく。
だが、ある地点を境に広がり止まった。
雷網が違和感の輪郭を浮き彫りにする。
「……結界か」
カナタの周りを巨大な結界が囲っていた。
無色透明な結界。加えてカナタが気づけないほど隠匿された魔力反応。よってどのような効果が付与されているのか想像が付かない。
だからカナタは魔術式を追記した。
――雷属性攻撃魔術:変生・天滅雷網
張り巡らされた雷網が輝き、爆ぜる。その瞬間、ガラスが割れる様な音が鳴り響いた。
砕けた結界の欠片が月明かりを反射して綺羅と輝き、消えていく。その光景はとても幻想的な物だが、鑑賞している暇はない。
「ようやくお出ましか?」
カナタが虚空へ向けて言葉を投げる。
すると空間が歪み、空中に道化師の仮面を付けた男が姿を現した。風で長い金髪と白い外套が揺れている。
「これで終われば話は早かったんですがねぇ」
男がため息を吐き、肩を落とす。落胆している様子だがどこかわざとらしさがあり、とてもそんな風には見えない。
「終わるなんて露ほども思ってなかっただろ?」
「ええもちろん。勇者パーティの方をあれぐらいでやれるとは思っていません」
道化面の男はあっさりと肯定する。
「……だろうな。んで、お前は誰だ?」
「誰……ですか。難しい質問ですね」
惚けたように首を巡らせる道化面。完全なる隙だが、カナタはまだ手を出さない。情報は極めて重要だ。できる限る引き出したかった。
しかし道化面もカナタが手を出さない事をわかっていたからこそ、あえて隙を見せたのだ。
釣れないならば良し、もし釣れればその程度だという事。
「難しいもクソもあるか。名を名乗れ」
「おや、人に名前を尋ねる時は自分からと両親に習いませんでしたか?」
「お前らは俺たちの事を知っているだろうが」
「関係ありませんよ。それが礼儀です」
礼儀の部分を強調する道化面。正論を言っているだけに腹立たしい物がある。
しかしここで挑発に乗るのは得策ではない事は明白だ。
……それにコイツは【奇術師】と同じタイプだ。
特級魔術師、序列第六位【奇術師】山田太郎。
自他共に認める特級魔術師随一の変人。掴みどころが無く、常に飄々とした態度を崩さない人物だ。
彼は言葉巧みに人を操り、自分の思うがままに行動させる。操られている人物は操られている事を自覚していないのだからタチが悪い。
カナタも特級魔術師になりたての頃はよく嵌められたものだ。
しかし結果としてカナタは学んだ。こういう手合いとの会話は不要。言葉を交わせば交わすだけドツボに嵌ると。
ちなみに山田太郎というのは偽名である。
……よって、問答は不要。
カナタは話を終わらせることにした。
「まあいい。聞いた俺がバカだった。お前が誰でも関係ない」
「その通りです。私が誰であれ、貴方と私は敵同士。それで十分でしょう」
「違いねぇな。それには同意する」
カナタが雷刀を構え、道化面に向ける。
「ですが、お近付きの印にこれだけはお教えしましょう。………………私は白の至天序列第二位です」
十分に溜めを作って言った道化面。だが当然カナタはそれを信じない。聞いていないものとして処理する。
今ここに至天との戦いの火蓋が落とされた。




