水晶竜
カナタは第二防壁の上に着地すると、そのまま瞬雷を使って空中に躍り出た。
そして目に飛び込んできた光景に舌打ちを溢す。
破壊の爪痕が凄まじい。
戦場の至る所に水晶が突き刺さっており、血の匂いが充満していた。
加えて第一防壁は破壊され、魔物が雪崩のように溢れ出している。見渡す限りの魔物、魔物、魔物。
その全ての身体に透き通った水晶が生えているので水晶迷宮から溢れ出したことは間違いない。
……間に合っては……いないようだな。
視界に映るのは魔物だらけ。
戦場を見渡しても生きている者はたったの五人しか見つけることができなかった。
その五人ですらも身体が水晶で構成された竜の竜之息吹に呑み込まれようとしている。
もはや一刻の猶予もない。
……まずは助けないとだな。
カナタは空中で雷鳴を轟かせる。
そして今まさに水晶竜が放った竜之息吹に呑み込まれそうになっている五人の前へ割り込んだ。
凄まじい熱量がカナタの肌を焼いていく。
「なっ!?」
突如として現れたカナタに困惑の声を上げる冒険者たち。
しかしカナタはそれに応える事なく迫り来る竜之息吹に手のひらを向けた。
そして魔術式を記述する。
――風属性攻撃魔術:暴渦旋風
選んだ魔術は単純。暴風の渦を作り出す魔術だ。
雷属性魔術を扱えるカナタは、その基礎属性である風属性魔術も十全に扱える。
「ぶっ飛べ!」
日本に十人しかいない特級魔術師が放つ暴風。
たとえ相手が竜種の竜之息吹であろうと関係ない。暴風が炎を巻き込みながら渦と化す。
そして出来上がった炎の竜巻が、主である水晶竜に牙を剥いた。
「グォォォオオオオオオオ!!!」
咆哮を轟かせながら水晶竜が身体を捻る。だがそれだけで避けられるはずもなく、炎の竜巻は竜の半身を呑み込んだ。
水晶竜が地面へ向けて落ちていく。
「お前は……」
「遅れて悪かった。あとは任せてくれ」
カナタは冒険者たちも見もせずに言った。
そんなカナタに冒険者たちは己の役目は終わったと悟り、目を伏せた。
「……頼む」
カナタは頷くと雷刀を構え、瞬雷を使う。幾重にも重なった雷鳴が戦場に轟いた。
光の軌跡が縦横無尽に駆け巡る。
そしてカナタが再び冒険者たちの前に姿を現した時には、周囲にいた魔物は例外なく動きを止めていた。
一瞬後、ほとんど同時に魔物たちの首が落ちる。
それは巨体を持つ水晶亀でさえも例外ではなかった。
一方的な虐殺。
水晶迷宮から溢れ出た魔物はこの瞬間、狩る側から狩られる側となった。
しかしそんな事を竜種たる水晶竜は許さない。
「ガァァァアアアアアア!!!」
再生を終えた竜が怒りの咆哮を上げ、再び天へと舞い上がった。
怒りに燃えた視線をカナタに向け、両肩から生えた水晶を隆起させる。
その水晶内部に輝くのは魔術式の灯り。一瞬にして水晶が変形し、鋭い槍へと姿を変える。
「いいぜ。受けて立ってやるよ」
カナタは雷刀を構えると、刀身に雷を纏わせていく。
そして水晶の槍が放たれた。
槍は一瞬にして音速に到達。尚も加速し、超音速に至る。槍が空気摩擦によって赤熱し、赤く染まっていく。
到底人間には反応できない速度。しかし特級魔術師は普通の人間ではない。
カナタの瞳は迫り来る槍をしっかりと捉えていた。
タイミングを合わせて、雷刀を二度振るう。たったそれだけで超音速に至った槍をいとも簡単に斬り捨てた。
「次は俺の番だ」
カナタはボソリと呟くと、雷刀の切先を水晶竜へと向ける。
そして雷鳴が重なり響く。
次の瞬間にはカナタは竜の背に立っていた。
水晶竜は反応することすら出来ていない。
「……死ね」
そして雷刀が首へ向けて振り下ろされる。
水晶竜は有象無象の魔物と同じ結末を辿った。
水晶竜を殺したカナタは落下しながらも迷宮の入り口へと目を向ける。
するとそこからは今もなお夥しい数の魔物が溢れ出してきていた。
竜種を倒したからといって、氾濫が収まるわけではない。きっとこの先、S級の魔物が次々溢れ出してくる事だろう。
……長丁場になりそうだな。
カナタはこの場で魔物を倒し切ることは不可能だと判断した。いくら膨大な魔力を持つカナタでも決して無尽蔵という訳ではない。
これからやるのは殲滅ではなく、時間稼ぎだとカナタは肝に銘じる。
……じゃなきゃ魔力がいくらあっても足りねぇからな。
よってギリギリまで戦うのも得策ではない。
至天が控えている以上、魔力はできるだけ温存しておくべきだ。
……だけどまずは……雑魚を一掃するか。
魔物が散っていると万が一取り逃がしてしまう可能性もある。
カナタは落下しながら手のひらに立体魔術式を記述した。
――雷属性魔術攻撃魔術:天雷誅
出現したのは直径五メートル程の巨大な雷球だ。
作り出された雷球は移動を開始し、直ぐに迷宮の入り口上空に陣取った。
そして一際大きく輝くと、断続的に雷を落とし始める。
これはカナタが指定した対象へ自動的に攻撃する魔術だ。
当然注ぎ込んだ魔力が尽きれば消失する。だけど時間稼ぎにはもってこいの魔術だ。
カナタは瞬く間に数を減らしていく魔物たちを横目に、冒険者たちの元へと戻るべく瞬雷を使った。
「おま……貴方は?」
呆気に取られていた冒険者のリーダーは言葉を正してカナタに声を掛けた。
「俺はカナタ。勇者パーティの一員だ」
「勇者パーティ……。どおりで。オレはA級冒険者パーティ【夢見鳥】のジョシュア・アートだ」
「A級……?」
カナタはジョシュアたちが実際に戦っている所を見ていない。しかしあの絶望的な状態の中で生存し、竜種に立ち向かった冒険者だ。
てっきりS級だとカナタは思っていた。
……それにクライストンよりも強い。
カナタが知っている唯一のA級冒険者パーティ【遥かな空】。そのリーダーであるクライストン・ミュラーもジョシュアと同じA級冒険者だが、一目見てジョシュアの方が強いと判断できた。
「勇者パーティの一員にそう言われるのは気恥ずかしいな。ともあれおま……貴方のおかげで助かった。感謝する」
「言葉は気にしなくていい。俺のことはカナタと呼んでくれ」
「……どうにも慣れなくてな。助かる。オレの事もジョシュアでいい」
「じゃあジョシュア。早速だがいくつか聞かせてくれ。迷宮都市に居た民間人はどうなった?」
「全員無事だとは言えない。死者も出ている。だけど冒険者たちが協力してくれたおかげで大方避難できたはずだ。ギルドの言いつけ通り王都方面以外に避難させたぞ」
ジョシュアの「これでいいんだよな」という視線にカナタは頷く。
これでスイショウの民間人は避難済み。王都方面以外に。というカナタの知りたかった二つの回答が得られた。
「助かる。ジョシュアたち冒険者のお陰で民間人が避難する時間を稼げた。心から敬意と感謝を」
カナタは胸に手を当て、頭を下げる。グランゼル王国での貴族の所作だ。
「そう言ってもらえると命を落とした奴らも報われるな」
ジョシュアは一度目を伏せた後、無理矢理作ったような笑みを浮かべた。
死者が何人出たのか。正確な数字はわからない。だがこの惨状を見れば少なくない数だろう事は容易に想像が付く。
確実に知り合いは居たはずだ。もしかしたら仲間を亡くしている可能性もある。だけどジョシュアは気丈に笑って見せた。
……強い男だな。
カナタは素直に感心した。
「……後は任せてくれ。ジョシュアたちは避難を頼む」
「そうさせてもらう」
ジョシュアはそう言って頷く。
カナタの戦闘を見て、自分たちは足手纏いだと言うことをよく理解していた。
「だけどカナタ。今度改めて礼をさせてくれ」
「礼なんて要らない……って言っても聞き入れてくれなさそうだな」
カナタは苦笑を浮かべる。
ジョシュアが真剣な顔つきでカナタを見ていたからだ。
「よくわかってるじゃねぇか。こっちは命を救われたんだからな。それぐらいはさせてくれ」
「ならその時はよろしく頼む。王城で名前を言ってくれれば俺まで話がくるようにしておく」
「わかった。ならあとは任せるぜ。武運を祈る」
「ああ。任せてくれ」
ジョシュアたち【夢見鳥】が避難していくのを横目に、カナタは迷宮の入り口へと向き直る。
するとその時、丁度上空にあった天雷誅が消えた。
「タイミングはバッチリだな。さて……やるか!」
再度溢れ始めた魔物の大群に向かって、カナタは瞬雷を使った。




