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水晶迷宮

「第一防壁を放棄しろ! もう一度言う! 第一防壁を放棄だ! 即座に第二防壁まで後退!!! そこで食い止めるぞ!!!」


 怒声を張り上げたのはA級冒険者パーティ【夢見鳥(ゆめみどり)】のリーダー、ジョシュア・アート。

 燻んだ金髪をオールバックにした粗野な偉丈夫だ。歳は三十代後半だがS級間近と言われるほどの実力を持ち、この場に居た誰よりも経験豊富だった為、指揮を任されている。

 

 ジョシュアの言葉と共に激闘を繰り広げていた冒険者たちが一斉に退いていく。しかしそう上手くいくはずもない。


「待っ――助け――!」


 ほんの一瞬、後退の判断が遅れた冒険者が背中から水晶を生やした狼に腹を食い破られた。血が吹き出し、狼が返り血を浴びて赤く染まっていく。


 それを横目に見ながらジョシュアは後退を続ける。もし助けるなんて愚かな真似をしようものなら自分が()()()()事は明白だった。


 ……すまない。


 内心で謝罪しながら身体強化魔術を使い、第一防壁を()じ登る。その途中で防壁に空いた魔術射出用の穴から手を振る影が見えた。


「ジョシュア! こっちに!」


 ジュシュアは壁を見上げる。

 防壁の天辺はまだ遠い。ならば穴から退避した方が早いと判断した。

 

「ああ!」


 ジュシュアは進行方向を変え、穴へと飛び込んだ。その背後を魔物から放たれた水晶弾が掠めていく。


「危ねぇ! 助かったマーカム!」


 そこにいたのは【夢見鳥】でサブリーダーを務めているマーカム・ウェンキンス。燻んだ銀髪の落ち着いた雰囲気を持つ男性で等級はジョシュアと同じA級だ。

 

「退路は確保している! 付いてきてくれ!」


 ジョシュアは頷くと、マーカムの後を追った。そしてすぐに壁に開いた大穴へと辿り着く。

 そこには太いロープが括り付けられており、脱出用の穴だと言う事はすぐに分かった。

 ジョシュアはロープを手に取り、スルスルと降りていく。その後にマーカムが続く。

 二人はものの数秒で地面へと降り立った。


 するとその時、大地を揺るがすほどの轟音が響き渡った。それと共に第一防壁が揺れる。


「マズイな。第一防壁も破られるのは時間の問題だ。今のうちに――」


 ジョシュアの言葉を遮るように再び第一防壁が揺れた。そして瞬く間に(ヒビ)割れが広がっていく。


「チッ! 早過ぎんだろ! マーカム! 急ぐぞ!」


 ジョシュアが舌打ちをしながら後退を始める。するとその時もう一度第一防壁が揺れ大穴が空いた。


「グォォォオオオオオオオ!!!」


 大穴から飛び出し腹の底から響くような咆哮を轟かせたのは、背中から水晶を生やした巨大な亀、水晶亀クリスターナル・ティドルだ。

 その巨体はもちろんのこと、背から生えた水晶を射出してくる厄介な魔物である。


 等級はA級。

 しかし普通の個体は背の水晶が透明なのに対し、目の前に現れたのは真っ赤な水晶を持った個体だった。

 変異種。等級はS級にも迫る。


 それだけに留まらず、小型の魔物が次々と第一防壁に空いた穴から出てきた。


「撤退を最優先にするぞ! ひとまず第二防壁まで駆け抜けろ!」

「応ゥ!」


 ジョシュアとマーカムは身体強化魔術を使用し、第二防壁までの道を駆け出した。


「グゥゥゥゥ!!!」


 水晶亀クリスターナル・ティドルが低く唸る。それと共に背に生えた赤い水晶が隆起していく。


「くるぞ!」


 爆発音を響かせ、水晶亀クリスターナル・ティドルの背に生えた赤い水晶が天高く射出された。

 それが空中に弧を描き、落下してくる。それだけでもちょっとした質量兵器だ。

 しかし変異種である水晶亀クリスターナル・ティドルはそれだけで終わらない。


 落下の衝撃で地面に突き刺さった水晶に(ヒビ)が入る。そしてそこから爆炎が溢れ出した。


「マーカム!」

「任せろ!」


 マーカムが空中に青い魔術式を記述する。


 ――水属性防御魔術:止水防壁


 虚空に大量の水が出現し、ジョシュアとマーカムの周りを囲い込む。

 爆炎と水が衝突し、大量の水蒸気が上がる。


 その間にも二人は足を止めない。チリチリと肌を焼く熱を感じながらも戦場を駆け抜ける。

 そして水の防壁が全て蒸発する時には、第二防壁へと辿り着くことが出来た。


「放棄命令はまだか!? これ以上は保たねぇぞ!」


 ジョシュアの言葉に、第二防壁で指揮を取っていた仲間のアラン・ウィルソンが叫ぶ。


「まだです! 可能な限り時間を稼ぐようにとの命令です!」

「くそが! 何人死んだと思ってやがる!!!」


 戦闘開始から二時間は経過している。

 死者の数は既に五十人以上。初めは二百人近くいた冒険者の四分の一が命を落とした計算になる。

 だがこれからは加速度的にその数は増えるとジョシュアは予想していた。時間経過と共に溢れ出てくる魔物が強くなっているのだ。


 しかしそれも当然。

 今溢れているのはほとんどが上層の魔物だ。あれほどの破壊を撒き散らした水晶亀クリスターナル・ティドルでさえ中層の魔物である。

 もし上層、中層の魔物が全て出てくれば残るのは下層の魔物のみ。もし下層に手に負えない魔物がいたら――。


 ジョシュアは頭を振って思考を掻き消す。そして己を奮い立たせるように大声を張り上げた。

 

「ここを突破されれば終わりだ!」


 水晶迷宮、迷宮都市スイショウには防壁は二つしかない。ジョシュアの背後にある防壁が突破された瞬間、魔物は抑えきれなくなる。

 そうなれば多くの民間人に犠牲者が出てしまう。

 粗野な見た目とは裏腹に、高潔な精神を持つジョシュアにはそれは許せない事だった。

 

 力有る者が力無き者を守る。


 それがジョシュアが理想とする冒険者像。

 ならばと、ジョシュアは手に持つ双剣の一振りを天に掲げた。


「力無き者を死なせるわけには行かない! だから死ぬ気で食い止めるぞお前ら!」

「「「「「応ゥ!!!」」」」」


 多くの冒険者がジョシュアに呼応し、戦意を漲らせた。


 しかし現実とは非情な物だ。

 冒険者たちが固めた覚悟は一瞬でへし折られる事となる。


 遠くで一際大きな爆音が轟いた。

 その場所は今は跡形もなく吹き飛んだ水晶迷宮の冒険者ギルド。つまりは迷宮への入り口だ。

 そこから巨大な影が空中に躍り出た。


 出現した影が沈み始めた太陽を背に、巨大な翼を広げる。巨体を構築する水晶が、陽光を乱反射させ綺羅びやかに輝く。その姿は冒険者たちを絶望の底へと叩き落とした。


「……竜種」


 一人の冒険者が呟き、あまりの絶望に膝を突く。

 その姿はあまりにも無防備。戦場でやって良いことではない。


「バカが! しっかりしろ!」


 ジョシュアが叫ぶ。しかしその言葉が届く前に上空から飛来した水晶が冒険者の頭を吹き飛ばした。

 超遠距離の精密射撃。

 鮮血が吹き出し、冒険者の身体が地面に倒れていく。


「……終わりだ」


 絶望が伝播する。ある者は己の武器を取り落とし、ある者は腰を抜かして地面に膝を突いた。

 

 絶望を齎した竜の名は水晶竜クリスターナル・シストリア。肉体が水晶で構築された、竜種の中でも最高硬度を誇る種だ。


 その姿に己を奮い立たすことが出来たのは本当に一握り。結果として一瞬で戦線は崩壊した。


 急速に数を減らしていく冒険者たち。ジョシュアたち【夢見鳥】はそれでも奮戦していたが、あまりにも分が悪過ぎた。

 押し寄せる魔物の群れ。合間合間に飛来する水晶弾。

 ものの数秒で生きている冒険者は、【夢見鳥】の五人だけとなり、第二防壁まで追い詰められた。


「どうする。ジュシュア」


 片腕を失ったマーカムが脂汗を流しながら問う。しかしジョシュアはこんな窮地だというのに諦めていなかった。

 その瞳には力強い輝きが宿っている。


「分かりきった事、聞いてんじゃねぇよ! オレは力無き者を守る為に最強になるんだ! 竜種如き、倒せないでどうする!!!」


 ジョシュアが己の覚悟を吠える。そんなリーダーに【夢見鳥】の面々も笑みを浮かべた。


「そうだな。諦めて死を受け入れるなんて俺たちには似合わない」

「最後まで付いていきますよジョシュアさん!」

「最後な訳あるか! オレたちの死地はここじゃねぇ!!!」


 ジョシュアの言葉に異論を唱える者は居なかった。

 【夢見鳥】は皆、ジョシュアに尊敬の念を抱いている。この人の下でならどこまでも行ける。そう思わせるカリスマがジョシュアにはあった。


「覚悟は決まったな! 命令はただ一つ! 手当たり次第ぶち殺せ!」

「「「「応ゥ!」」」」

「来いよ! 竜種!!! お前はオレが殺す!」


 双剣を突き付けられた水晶竜クリスターナル・シストリアが僅かに口角を上げた。そしてそんなジョシュアを嘲笑うかのように口腔に炎がチラつく。

 竜之息吹(ドラゴンブレス)

 それは竜種にのみ許された、破壊の力。それが周囲の魔物を呑み込みながらジョシュアたち【夢見鳥】に迫る。


 いくらジョシュアでもこれを防ぐ事は出来ない。

 しかし負けてなるものかと、【夢見鳥】は炎に向かって突き進んだ。


 肌を焼き焦がす炎。しかし決して足を止める事はない。

 

 そして【夢見鳥】が完全に呑み込まれる寸前、遠くで雷鳴が轟いた。

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