中継都市アシスニル
雷鳴を轟かせながらカナタはひたすらに走り続けた。
途中に魔物の出現する森もあったが、カナタは迂回すること無く最短距離を進む。侵攻が迫っている以上、今は一分一秒でも惜しい。
そうしてカナタが中継都市アシスニルに辿り着いたのは、王都を出発してから僅か約一時間後の事だった。
「ここがアシスニルか」
アシスニルはグランゼル王国王都から聖王国に向かう街道の初めにある街だ。
次の街が遠くないことから以前は通過するだけの小さな街だったのだが、水晶迷宮が発見されてから話が変わった。訪れる冒険者が増え、需要が増した結果大きくなったのだ。
カナタは崩れた門に嫌な予感がしながらも、街の中へと足を踏み入れる。そして目に飛び込んできた光景に眉を顰めた。
倒壊した建物、泣き叫ぶ人々の声、飛び交う怒号、そして焦げ臭い匂い。そこには地震によって作り出された惨状が広がっていた。
無事な建物を探す方が難しい。
「……これは……ひどいな」
カナタの口からポツリと言葉が溢れる。まさかここまでひどい状況だとは思っていなかった。
記録で見た日本で過去に起こった大震災でもここまで悲惨な状態では無かったはずだ。
……いや、比べるのは間違いか。
あちらもあちらで何千人もの人々が亡くなっている。
どちらも悲惨な自然現象であったことは間違いない。
……いや違うな。
日本で起きたのは自然現象。まさしく天災だ。
しかしこれは違う。至天が人為的に起こした者だ。許すわけにはいかない。
カナタは拳を握りしめ、止めていた足を進める。
するとそこへ一人の少女が駆け寄って来た。
「お兄さん! お母さんを助けてください!」
少女が大粒の涙を流しながら、カナタの手を引く。カナタが少女の進む先へ目を向けると、そこには倒壊した家があった。
「ッ!!」
それを見た瞬間、カナタは心臓が締め付けられた。
倒壊した家の下敷きになっているのは一人の女性だ。少女の言葉からしてお母さんだろう。
しかし倒れた支柱が腹部に深々と突き刺さっており、地面を赤く染めている。虚な目は既に事切れていることは明白だ。
カナタはゆっくりとしゃがみ込み、少女を抱きしめる。
「ごめん。俺にはお母さんを助ける事は出来ない」
その言葉を聞いた少女は大声を上げて泣いた。少女も既に分かっていたのだろう。ただ現実を直視出来なかっただけだ。
カナタは少女を抱えながら立ち上がる。そして後ろ髪を引かれる思いを断ち切りながら、一際大きな家の瓦礫を目指して進み始めた。
カナタは救助の陣頭指揮を取っていた身なりのいい男性に近付いた。すると周囲にいた騎士たちが剣を抜き放ち、カナタに向ける。
「貴様何者だ!?」
しかしカナタを視界に収めた男性がすぐに待ったを掛ける。
「待て! この方は大丈夫だ! 剣を下ろせ!」
「しかし――!」
「剣を下ろせと言っている!」
尚も言い募る騎士に一喝すると、男性は彼らを押し除けてカナタの前に進み出た。そして膝を突く。
あまりに唐突な行動に騎士たちが驚き、声を上げる。
「なっ!? ニック様!」
「私はニック=バンラス、この地を王家より任されています。……貴方はカナタ様でしょうか?」
「知っているなら話は早いです。けどまずはこの子を」
カナタは抱きかかえていた少女をニックに預けた。その顔を見てニックは目を見開いた。
「ミュアちゃん!?」
「……ニックさん! お母さんが! お母さんが!!!」
どうやら面識があるらしい。ミュアと呼ばれた少女がニックにしがみつく。
「……カナタ様」
ニックがカナタを見た。それにカナタは目を伏せ首を振る。
「……そう……ですか」
ニックは顔を歪めながらもミュアの背を優しくさする。
「辛かったね。でももう大丈夫。あとはおじさんたちに任せて。……ハイゼル!」
「はっ!」
「この子を頼む」
「……はい!」
ニックがミュアを騎士に預ける。するとすぐに去っていった。
「ありがとうございますカナタ様」
「いえ。……俺はラナ……第一王女ラナ様の使者として来ました」
そう言ってカナタはラナから貰った短剣を懐から取り出す。すると騎士たちも慌てて剣を収め、膝を突いた。
「申し訳――」
「――貴方たちは職務を遂行したに過ぎません。立派な働きです」
騎士たちの言葉をカナタは手を挙げて遮った。
「今は緊急事態ですので単刀直入に言います。水晶迷宮が氾濫現象を起こしました。魔物が向かう先は王都です」
「なっ!?」
カナタの言葉にニックの顔色がみるみるうちに悪くなっていく。事の重大さに気付いたようだ。
「ラナ様からはいち早く避難するようにと。あと補償はしっかり行うから安心して欲しいとの言伝を預かっています。なので避難が可能な方はすぐに避難してください」
「それは……ですが……」
ニックが顔を歪め、歯を食いしばる。
その瞳に写るのは崩れ去ったアシスニルだ。今もなお救助を待つ人々がいる。避難をするということは救助を待つ人々を見捨てると言うことに他ならない。
「酷な事を言っているのは分かっています。ですが、ここに留まっていても全滅するだけです。判断は早めにお願いします」
そう言ってカナタは踵を返す。
しかしその方向が王都とは逆方向だとニックは気付いた。
「カナタ様はどこへ?」
「水晶迷宮です。出来るだけ時間は稼ぐつもりですが、どれだけ稼げるかはわかりません。ですので急いでください」
カナタは返事を聞く事なく、雷鳴を轟かせその場を立ち去った。




