指名依頼
「四箇所同時……ですか!?」
あまりの衝撃に言葉を失うミリセント。
その顔色は悪く、まさに顔面蒼白と言った様子だ。氾濫現象という物はレスティナの人々にとってそれほどの災厄だという事だろう。
「それにお二人は熱砂迷宮が異変を起こしていた事はご存知ですか?」
「存じ上げております。たしか熱砂迷宮で異変が起こったと」
流石S級冒険者といった所か。そこらへんの情報収集は欠かしていない。
「俺も知っている。たしか【夜明け蓮華】の連中が対応していた筈だ」
夜明け蓮華。
聞いた事の無いパーティ名だ。しかしA級の異変の対処に当たっていることから鑑みるに【黄昏旅団】や【煌夜】と同じくS級パーティだろう。
「ならば話は早いですね。異変の影響か、S級魔物である砂塵竜と帝砂獣の変異種が出現したと報告を受けています」
「つまり今回の氾濫現象も等級より強い魔物が出るのか」
「その通りです」
ヴィレムが大きくため息を吐きながら、背もたれに身体を預けた。そのまま視線を天井に移す。
「それは厄介なことになっているな。一箇所でも滅多に起きないってのに。……ともあれ、俺たちがこの場に呼ばれたのにも納得がいく。下手な冒険者に依頼しようものなら全滅だ」
ヴィレムはめんどくさそうに頭を掻くとその視線を再びラナへの向ける。その眉根には深い谷が刻まれていた。
「ということはラナ様。今回の指名依頼はいずれかの迷宮に赴き、加勢する事、でしょうか?」
現地で氾濫を抑え込んでいるであろう冒険者に加勢する。普通ならばミリセントの言う通りそうなる所だが今回は訳が違う。
至天が俺を狙っている所為で溢れ出した魔物はここ、王都に侵攻してくる。よって今回は加勢では無く迎撃だ。
この為、ラナはミリセントの言葉に首を振る。
「いいえ。理由は伏せますが、溢れ出した魔物はこの王都に侵攻してきます。ですので依頼は迎撃です。【黄昏旅団】には金剛迷宮方面を、【煌夜】には熱砂迷宮の対処に当たるカノンとウォーデンの援護を依頼できればと」
「……つまり、迷宮都市は放棄する前提と言う事でしょうか?」
「その通りです。魔物の目的が定まっている以上、下手に抑え込むよりは犠牲を減らせます」
「ありがとうございます。でしたら――」
「――待て」
ミリセントの言葉をヴィレムが遮り、待ったを掛ける。
「事態はわかった。だが、理由は伏せると言ったな? しかしこれから俺たちが相手しなきゃならねぇのは氾濫現象だ。文字通り命懸けで戦うことになる。だから秘密主義は勘弁してくれ」
理由も教えろ。
ヴィレムの力強い視線がそう物語っている。
しかしそれも当然だろう。これがA級冒険者ならば話は違ったかもしれないが、相手は紛れもなくS級冒険者だ。
情報の大切さをよく理解している。
「不確定要素があればあるほど危険は増す。俺も単刀直入に言うが、凱旋祭の襲撃絡みだろコレ。となると四箇所同時の氾濫現象も人為的な物ってのは容易に想像がつく。俄には信じがたいがな」
そもそも氾濫現象という物事態が珍しい。
それが四箇所同時だ。たとえ凱旋祭の襲撃が無かったとしても勘付く者は多いだろう。
ヴィレムが鋭い眼光を湛えた目でラナを見る。
「だからこそ俺は問わなきゃいけない。敵はなんだ? そして狙いは?」
ラナが一瞬だけ俺を見た。だから俺は頷く。
ヴィレムは相当頭のキレる人物だ。口にした以上は自己の中で確信に近いものを持っているだろう。ならばこそ余計な誤魔化しは悪手となる。
それに俺たち勇者パーティが襲撃された所を見られていた場合、狙いが勇者でも聖女でも無く俺だという事は一目瞭然だ。
だからここで嘘をつくよりは真実を言って信頼を勝ち取る方が得策だろう。
故に俺は口を開きかけたラナを制して、端的に言う。
「敵は至天教。狙いは俺だ」
「だからあの時……」
ハッとしたように呟いたのはミリセントだった。
「あの時……?」
耳聡く言葉を拾ったヴィレムは聞き返す。そんなミリセントは一度ラナに視線を向けた。
「構いません」
「わかりました。では。……あの爆発が起きた時、暗殺者が五名レイ様を狙いました。勇者様やアイリス様ではなく、レイ様です。あの時は疑問に思いましたが、今の話が真実であるのならば納得できます」
「なるほどな……」
ヴィレムがソファに深く座り直し、目を瞑る。そして僅か数秒の沈黙を経て、再び目を開いた。
「そう言ったのがエミリーなら信じられねぇがミリセント。お前なら信じられる」
あんまりな言い草に内心で苦笑を浮かべる。しかしあの様子を見るに、ヴィレムの言葉は最もだ。
「それにしても至天教か……。あのくそ邪教徒どもは魔物を操る術でも見つけたか?」
「私たちもそう思っています」
ラナは頷く。
あくまで使徒の事は口にしない。レニウスの言葉を信じるのならば使徒が介入してくる事はほぼほぼ無いと見ていいだろう。だから今、この場で言うメリットが存在しない。
「私たちが捕縛した教徒を尋問した所、至天と呼ばれる幹部がいることが判明しました。おそらくは彼らが魔物を操るかと」
「厄介極まりねぇな。という事は魔物だけで無く、その至天とやらが出てくる可能性があるわけか」
ラナが「はい」と頷く。
「至天とやらが何人居るかは?」
「不明です」
「強さは?」
「先ほどカナタが一人倒しています」
「それは参考にならねぇな」
ヴィレムが苦笑を浮かべる。
「だがまあ報酬には期待していいんだよな?」
「それはご安心を。これだけ出しましょう」
ラナが一枚の紙を机に広げて差し出す。
あまり見るのもアレなので俺は目を逸らしたが、一瞬見えた金額は零がとんでもなく多かった。
ヴィレムとミリセントも目を大きく見開いて驚きを露わにしている。
「正気か第一王女サマ? こんな報酬見たこともねぇぞ?」
「もちろんです。四箇所同時の氾濫現象。これだけ出さねば釣り合いが取れないでしょう。それにこれはグランゼル王国存亡の危機です。金を惜しむつもりはありません」
「まあそれもそうか。……ともあれこの依頼【煌夜】は乗らせてもらう。現場にカノン=アストランデとあの炎槍が居るなら戦力も申し分ない」
「ありがとうございます。ミリセントはどうですか?」
「私たちもお受けします。しかし報酬は要りません。私たちは貴族の位を賜っています。ですから国を守るのは当然の事です」
ミリセントはきっぱりと言い放つ。
これだけでどれほど国を想っているのかが伝わってくる。しかしラナは首を縦には振らなかった。
「違いますよミリセント。国を想ってくれる事は王族として素直に嬉しいです。ですがこれはグランゼル王国から【黄昏旅団】への指名依頼です。ミリセントやエミリーが築き上げてきた地位に貴族の位は関係ありません」
大きく目を見開くミリセント。
その言葉はエミリーとミリセントが築き上げてきたこれまでを讃える言葉だ。
ラナに憧れを持つ二人にはかけがえのない言葉。
ミリセントは立ち上がり、胸に手を当てると深々と頭を下げた。
「……ありがとう……ございます」
その声音は震えていた。
「それはこちらの台詞です。ありがとうございますね。ミリセント」
「はいっ!」
顔を上げたミリセントは柔らかな笑顔を浮かべていた。
「じゃあ行こうか。ひとまずバカどもを鎮めないとだけどな」
二人の様子に話は纏まったとヴィレムが立ち上がる。
ここから先はエミリーとケヴィンにも聞かせるべき話だと判断したのだろう。
至極めんどくさそうに部屋を後にした。




