煌夜
――ブチッ。
そう音が聞こえてきそうな形相で青筋を浮かべるケヴィケヴィと呼ばれた青年。
灰髪黒目で眼鏡を掛けおり、目付きが非常に悪い。常に眉間に皺が寄っているもその印象を加速させている要因だろう。
纏う外套は黒一色。腰に差した二本の短剣から暗殺者といった言葉が浮かぶ。
「こ……の……!!!」
青年は腰の短剣に手を伸ばしたが、すんでのところで踏み止まった。その手がプルプルと震えている事から内心の葛藤が垣間見える。
「……久しいな。エミリー=ストリープ」
一度大きく息を吐き、青年は姿勢を正す。しかしその声音には明らかな苛立ちがあった。
「うん! 久しぶりケヴィケヴィ!」
しかしそんな事をエミリーは気にしない。無邪気な笑顔を浮かべながら青年に声をかける。
エミリーとは正反対に、灰髪の青年は盛大に顔を顰めた。彼は頭に上った熱を冷ますようかのように大きく息を吐く。
そんな青年を見てエミリーが首を傾げた。
「あれ? やらないの? いつもは来るのに」
その声音からは悪意も何も感じられない。純粋に疑問に思ったから聞いた。そんな様子だ。
「……んぅ?」
反応しない青年にエミリーは頭にハテナを浮かべて首を傾げる。
しかし何を思ったのか、大きく頷くと青年に向き直った。そしてニヤリとわざとらしくも不敵な笑みを浮かべる。
何をするつもりなのか。
そう疑問に思ったが、その表情から嫌な予感がするのは気のせいではないだろう。
やがてエミリーは青年に指を向け、クイっと挑発するように折り曲げた。
「――掛かってこい」
堪忍袋の緒が切れる音が、聞こえた気がした。
「エミリー=ストリープ!!!」
再び青筋を浮かべた青年が一瞬で腰の短剣を抜き放ち、エミリーに襲いかかった。
俺は咄嗟に雪月花を抜きかけたが、ラナはもといミリセントも動いていない。それどころかミリセントは額に手を当ててやれやれと首を振っていた。
「わきゃ〜〜〜〜〜」
そんな楽しそうな悲鳴を上げて逃げ惑うエミリー。その顔には満面の笑みが浮かんでおり、とても楽しそうだ。
どうやら俺の加勢は必要ないらしい。
しかし二人のやっている事は高次元の攻防。さすがはS級冒険者同士と言うべきか、冒険者ギルド内を縦横無尽に駆け回っている。
「貴様!!! 今日と言う今日は許さんぞ!!!」
楽しそうなのはエミリーだけ。追いかける青年は鬼の形相だ。
「止めなくていいのか?」
俺はラナとミリセントに聞いた。すると二人は顔を見合わせた後、大きな溜息をついた。
「……いつもの事ですので放っておいても大丈夫です」
「うん。私もそう思う。話はミリセントが聞いてくれますか?」
「はい。それが私の役目ですので」
……なるほど。
どうやら交渉の類は副団長であるミリセントの役目らしい。納得と言えば納得だ。
出会ってからわずか数分だが、とてもじゃないがエミリーに交渉事は務まらないと理解した。
「でもじゃあ【煌夜】はどうするんだ?」
俺はギルド内を駆け回る青年に目を向ける。
彼は十中八九、【煌夜】の関係者だ。【黄昏旅団】の団長であるエミリーと面識があることからおそらくリーダーだろう。
しかし姿を現したのは彼一人。
もう一人入り口に気配があるが、入ってこない所を見るに【煌夜】の関係者ではないのだろう。
となると交渉役が不在になる。
だがミリセントに困った様子はない。
「大丈夫です。……ヴィレム! 早く入ってきたらどうです?」
ミリセントが扉に向かって呼びかける。するとめんどくさそうに頭を掻きながら一人の青年が姿を現した。
切れ長の黒眼と長めの薄紫髪をセンターパートにした青年だ。
どうやら俺の予想は外れたらしい。
「巻き込まれるのは面倒なんだが?」
「知っています。だけどどうせ今回も貴方が決定権を持っているのでしょう」
「その通りだ。短気のバカに大事な判断は任せられねぇからな」
「誰が短気だ。このクソ野郎!!!」
灰髪の青年から罵声が飛んだが、ヴィレムと呼ばれた男は肩を竦めるのみ。
まるで「ほらな」と言っているかの様だ。
「ともあれ初めましてだな。黒の暴虐レイ。それと第一王女サマ。俺はヴィレム・テイタム。【煌夜】で副リーダーを努めている。そんであっちのバカがケヴィン・レヴァンだ」
「誰がバカだ! すかしやがってこのクソハゲが!!!」
口が途轍もなく悪い。
しかしこの二人の関係性も見えてきた。アクセルとブレーキ。エミリーのミリセントと似た様な物だ。
そんな罵声をヴィレムは無視する。
するとそれが気に障ったのかケヴィケヴィ改め、ケヴィンがヴィレムに向かって短剣を投擲した。
曲がりなりにもS級冒険者が投擲した短剣。その速度は凄まじく、一瞬にしてヴィレムに肉薄する。
しかしヴィレムは見もせずに人差し指と中指で挟み取った。そして手首のスナップだけで投げ返す。
「どわっ!?」
ケヴィンの頬を掠めながら壁に突き刺さる短剣。
その無駄のない動作に俺は感嘆の声を漏らす。見た限りおそらくだがケヴィンよりもヴィレムの方が強い。
「その実力でリーダーじゃないのか」
「めんどくさいのは嫌いなんだ。それにエミリーが関わらなければケヴィンの方が適任ってのもある」
「なるほどな」
リーダーの素養というのは実力だけではないと言うことだろう。ならば異論はない。
「知っての通り、俺はレイだ。できれば黒の暴虐って呼ぶのは勘弁して欲しい」
「わかった。よろしく頼むレイ」
俺が握手を求めると、ヴィレムは快く応じてくれた。
「私はグランゼル王国第一王女、ラナ=ラ=グランゼルです。この度は招集に応じてくださり、ありがとうごさいます」
「構わない。それと貴族のアレコレは俺にはよくわからない。だから大目に見て欲しい」
なにをとは聞くまでもない。
それが言葉遣いの事を指しているのは言われなくてもわかる。おそらくラナも公式な場でないのなら気にしないだろう。
そして公式の場となればリーダーであるケヴィンが出てくる。だからやはり問題にはならない。
「私が召集した身ですので気にしないでください。フェルナンド! 部屋をお借りしますね!」
「ご自由にお使い下さい!」
ラナと俺はミリセントとヴィレムを連れ立って、以前デートした時に使用した部屋に入った。
誰も何も突っ込まないが、エミリーとケヴィンは放置だ。そして何事もないかのように着席したラナが口を開く。
「では早速始めましょうか。単刀直入に言います。熱砂迷宮、水晶迷宮、妖花迷宮、金剛迷宮の四箇所が氾濫現象を起こしました」




