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対策

 冒険者ギルドに入ると蜂の巣をつついたように騒がしかった。と言っても冒険者の姿は無くギルド職員が、だが。

 しかしラナが姿を現すと一転してシンと静まり返る。


「手は止めなくて構いません! フェルナンドは居ますか!?」


 ラナが大声を張り上げる。すると直ぐにカウンター裏から右目に片眼鏡(モノクル)を掛けた初老の男性が現れた。

 ギルドマスターであるフェルナンドさんだ。


「こちらに」

「単刀直入に聞きます。氾濫現象ですか?」

「はい。A級の熱砂迷宮とB級の妖花迷宮二箇所同時です」

「二箇所も……」


 どうやら異変とやらが起きていたのは熱砂迷宮だけでは無かったらしい。もはや偶然で片付ける訳にはいかないだろう。やはり人為的な物を感じる。

 

「マスター!」


 するとその時、金髪の受付嬢メアさんがフェルナンドさんを呼んだ。


「新たに二箇所! A級の水晶迷宮、B級の金剛迷宮が氾濫現象を起こしました!」


 その報告にフェルナンドは眉を顰めるとラナに頭を下げた。

 

「……訂正します。これで四箇所です」

「……封じ込められそうですか?」


 ラナの言葉にフェルナンドは渋い顔をした。その表情から難しいという事は一目瞭然だ。


「四箇所同時となると救援が間に合いません。厳しいかと」

「そうですか……。どう動く予定ですか?」

「……周辺の街に避難勧告を。迷宮都市の冒険者には避難完了まで何とか耐えてもらいます」


 眉間に皺を寄せながら言うフェルナンド。

 

 絶えず溢れてくる魔物を抑える。それがどれだけ厳しい事かはわかっているはずだ。必ず犠牲者が出る。

 しかしそうしなければ多くの人が命を落とす。

 これは被害を減らすための判断だ。


「マスター! 熱砂迷宮、妖花迷宮共に封じ込めに失敗したと報告がありました! よって両迷宮共に冒険者ギルドを放棄! 第一防壁で食い止めを行うそうです!」

「なっ!? いくらなんでも早すぎる! メア! 何が起きているのですか!?」

「氾濫した魔物が普段より強力らしいです。変異種が多数目撃されています」

「……やっぱり熱砂迷宮の異変と関係ありそうだな」


 その時、入り口から現れたのはカナタとウォーデンだ。


「しっかしこのタイミングか。偶然だと思うか? レイ」


 眷属による襲撃の混乱はまだ収まっていない。

 そんな最中、迷宮が氾濫現象を起こす。それも四箇所同時だ。やはり偶然な訳がない。

 

「いや思わない。狙いは俺だろうな。……フェルナンドさん。氾濫した魔物がどこへ向かっているかわかりますか?」

「メア!!!」

「はい!」


 俺の言葉を聞いていたメアさんが直ぐに各迷宮へと通信を送る。すると直ぐに返事が返ってきた。


「水晶迷宮と金剛迷宮はまだ不明ですが、熱砂迷宮は北へ、妖花迷宮は西へ向かっているそうです」

「妖花迷宮の場所は王都の東でしたよね?」

「その通りです」


 フェルナンドさんが頷く。

 やはりというべきか魔物が向かっている先はここ、王都の方角だ。

 そして水晶迷宮は王都から北に位置し、金剛迷宮は西に位置している。丁度、四つの迷宮で王都を取り囲む形になる。

 おそらくこの二つから溢れた魔物も王都を目指して侵攻してくるだろう。


「ラナ! 四つの迷宮と王都の間に街や村はあるか?」


 あるのならば魔物の侵攻に巻き込まれる。いち早く避難が必要だろう。

 

「……ある。でも直線上にあるのは水晶迷宮方向の一つだけ」

「ならそれは俺が行こう。俺の速度なら直ぐに着く。地図を貰えますか?」


 俺の意図を察して、カナタがフェルナンドさんに言った。

 フェルナンドさんは一度ラナへと視線を向ける。ラナはそれに頷いた。

 

「はい! 直ちに!」


 フェルナンドさんがカウンター内へと消える。

 日本とは違い、レスティナで地図は非常に重要な情報だ。他国に渡れば悪用される恐れもある。

 だからいくらギルドマスターと言えど気軽には渡すことができない。

 しかし王女であるラナが許可を出せば話は別だ。


「カナタ。これを持って行って」


 ラナはカナタに氷の装飾を施され、グランゼル王国の紋章が入った短剣を手渡す。


「これは?」

「それを持つ者は第一王女としての私の使者になる。街の長に見せれば話がスムーズに進むから」

「助かる。方針はどうする?」


 即ち、迎撃か避難か。


「避難を最優先でお願い」

「ラナ。避難できない状態もあるかもしれない」


 俺はそう忠告しておく。

 王都はラナによって地震の被害を免れたが、他の街は違う。建物の倒壊に巻き込まれて身動きできない人々が多くいる可能性も高い。


「そっか……。そうだよね」


 ラナは口元に手を当てて思考に耽る。しかしそこでカナタが口を挟んだ。


「避難できない状態なら、俺も水晶迷宮に向かう。できるだけ粘るつもりだが止められる補償はない」

「なら騎士団を……いや、ダメだ。街までは半日かかる。とてもじゃないけど救助している時間はない」


 この状況で全員を救うことは出来ない。

 もし避難ができない状態ならば街の人々にはキツイ選択を強いる事になるだろう。


「……ラナ」


 俺はラナの手を握る。するとラナはギュッと握り返して来た。

 

「うん。大丈夫。優先順位は弁えてるから。……カナタ。私が出せる指示は避難を最優先にって事だけ。ちゃんと補償はするからって伝えて」


 ラナの表情は険しかった。

 出来ることならば全員を救いたい。しかしその願いは到底叶わない。ラナにとっても苦渋の選択だろう。

 内心で渦巻く葛藤は察して余りある。

 

「……わかった」

「――お持ちしました!」


 フェルナンドさんが戻ってきてカナタへ地図を手渡す。


「カナタ様。よろしくお願いします」

「はい。任せてください。……じゃあ行ってくる」

「頼むな。カナタ」

「おう。任せろ」


 カナタは駆け足で冒険者ギルドを後にした。姿が見えなくなると直ぐに雷鳴が断続して遠ざかっていく。


「水晶迷宮はカナタに任せよう」

「……うん。フェルナンド! 水晶迷宮以外の迷宮都市は直ぐに放棄して! 犠牲が増える前に王都方面以外に逃げる様に! 魔物は王都で迎え撃つ!」

「かしこまりました。メア! 聞いていましたね!?」


 フェルナンドさんが恭しく一礼し、メアに叫ぶ。

 

「はい! 直ぐにお伝えします!」

「さて、東西南北から魔物が押し寄せてくる。だから戦力を四つに分けなきゃいけない。フェルナンド。王都にS級冒険者は何人いますか?」

「凱旋祭のお陰で他国から二パーティが入国しています。【黄昏旅団(たそがれりょだん)】の七人と【煌夜(こうや)】の二人です」

「その二パーティを直ぐに呼べますか? 王家からの指名依頼を出します」


 指名依頼。

 それは冒険者ギルドを通して、パーティを指名する事の出来る制度だ。自分でパーティを選べる分、失敗のリスクは減る。

 しかし指名依頼はなにも強制というわけでは無い。受けるも断るも指名されたパーティの自由だ。

 報酬が跳ね上がるが反面、危険な依頼も多い。

 これを美味しい依頼と捉えるか、危険な依頼と捉えるかはパーティ次第だ。

 

「直ちに手配します」


 フェルナンドさんがお辞儀をしてカウンター内に戻る。それを見ながらウォーデンが呟いた。

 

「【黄昏旅団】がいるのはラッキーだな」

「【黄昏旅団】?」

「ああ。S級迷宮を踏破する目的で結成された大規模パーティだ。総勢約五十人。七人のS級を幹部として、A級以上しか入ることを許されないパーティだ」

「リーダーの性格に少し難があるけどね」


 ラナも知っているのか苦笑を浮かべた。


「そう言えばラナとアイリスのファンで有名だったな」

「……ファン?」

「……まあ会えばわかると思うぞ」


 厄介なファンと言ったところだろうか。警戒しておく事にしよう。

 

「ともあれ【黄昏旅団】が居るなら変異種が居てもB級迷宮の氾濫現象なら抑えられる。だから西、金剛迷宮方面を任せよう」


 どれだけの魔物が侵攻してくるかはわからない。

 だが、ラナの言う通りS級パーティであればB級迷宮の氾濫ぐらいなら余裕を持って抑えられるだろう。

 俺としても特に異論はない。

 

「後は、東南北か。ラナは全体の指揮だよな?」

「うん。指揮をとりつつ、崩れそうな所を援護する形かな」

「残りの戦力は俺、カノン、ウォーデン、サナ、アイリス、【煌夜】か」

「あとは騎士団だね。白光騎士団と白光魔術師団に妖花迷宮の氾濫を任せる形がいいかな」


 こちらもラナが言うのならば異論はない。

 自国の戦力の事は王族であるラナが一番詳しいだろう。

 

「わかった。じゃああとは熱砂迷宮か」

「……熱砂迷宮はわたしが行く。……変異種でもあの程度なら問題ない。……もし至天が出てきてもあの樹ぐらいなら余裕を持って倒せる」

「ならオレもカノンと一緒に行こう」

「わかった。なら南はカノンとウォーデン。お願い。【煌夜】も依頼を受けてもらえるなら南に配置するね」

「……ん」

「おう」

「じゃあ俺とサナとアイリスで北で迎撃か」


 カナタは時間稼ぎに徹するだろう。

 だからどちらにしろ王都で迎え撃つ役は必要だ。

 と思ったのだが、ラナとカノン、ウォーデンが目を細めて俺を見た。何言ってんだコイツとでも言いたそうだ。


 そして俺の予想は的中した。

 ラナが誰にも聞かれない様に声量を落として言う。

 

「……何言ってるのレイ? レイは私と一緒に予備戦力として待機だよ。狙われてるって自覚ある?」

「だけど俺一人でもさっきの至天ぐらいならなんとかなるぞ?」

「さっきのって第五位なんでしょ? これだけの事をしでかした以上、敵はここでレイを殺すつもりだよ。それより上も当然来てると考えるべきだと思う」

「でもそれなら俺を餌にしたほうがいいんじゃないか?」


 いずれかに俺が向かい、至天を誘き出す。そこを俺やラナで叩く。


「それも一案ではあるけどね。でもレイに辿り着く戦力を可能な限り減らしたい」

「オレもそれには同感だな。レイ。使徒とやらの最終目的はわからねぇがあれ程の存在だ。きっと一国なんて小さな目的じゃねぇだろう。この世界を滅ぼすのが目的だと言われても驚かねぇ。そんな存在がお前を殺すためにここまでの事をしてるんだ。おそらくお前は奴らにとって致命的なナニカなんだろうよ。だから言ってしまえば、お前はこの世界にとっても大事な存在だ。そんな存在を万が一にでも殺させるわけにはいかねぇ。だから力を取り戻すまでは大人しくしててくれ」


 ウォーデンがラナと同じ様に声量を落として口早に捲し立てた。確かに言っている事には納得できる。

 ならば従った方がいいだろう。

 

「そう……だな。わかった。今回はみんなに任せる」

「そうしてくれ」


 ウォーデンが満足気に頷いた。


「姫様! 【黄昏旅団】と【煌夜】に連絡が取れました。直ぐに向かうそうです」

「ありがとうございます。フェルナンド」


 二つのS級パーティが冒険者ギルドに姿を現したのはそれから約十分後の事だった。

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