地震
「……ひゃぁ!」
「カノン!」
バランスを崩しかけたカノンをカナタが慌てて支える。
「大丈夫か?」
コクコクと頷きながらもカノンはしっかりとカナタにしがみつく。純粋な魔術師であるカノンにこの揺れを耐えるのは厳しいだろう。
それ程までに揺れは大きい。
「なに……これ? 地面が……揺れてる?」
「地震だな」
「地震……? 魔術ってこと?」
ラナが不思議そうに首を傾げる。その仕草に俺は違和感を覚えた。まるで地震という現象そのものを知らないかのような反応だ。
しかし直ぐに理解した。
レスティナには海がない。少なくとも、人類の活動範囲には存在しない。どの地図を見てもこの大陸は東西南北を最果てに囲まれている。
もしかしたら最果ての先にあるのかもしれないが、辿り着いた者はいない。
人類が繁栄するには海の存在は非常に重要な要素だと以前どこかで見た事がある。
だからレスティナで人類が繁栄している以上は存在していると思う。しかし思い返してみれば月からレスティナを見た時も海と思われる物は無かった。
故にもしあるとすれば、この大陸の裏側ということになる。
ともあれそんな遠くにあるのならば、レスティナの人々が地震という現象を知らなくても無理はない。
だから日本人であれば予測する事ができる結果をレスティナ人であるラナやカノン、ウォーデンは直ぐに予想できない。
結果の予想よりも、事象そのものへと対応が先に来る。
「ラナ! 建物が倒壊するかも知れない!」
「ッ! ラ=グランゼル!」
流石というべきか、即座に俺の言葉を理解したラナの手に星剣が現れる。そして続け様に言葉を紡いだ。
「――ティリウス=ブリジリア」
世界が色褪せ、時が停まる。
「続けては……すこし厳しいな……」
膝を突き、肩で息をするラナ。
俺はラナに寄り添い、その背を落ち着かせるようにさする。
二回連続での完全なる時停め。
それがどれだけ負荷の掛かるものなのかはラナの額に浮かぶ大粒の汗が示していた。
「大丈夫か?」
「うん。やるしかないから」
ラナが星剣を地に突き立て、支えにして立ち上がる。そして額の汗を拭うと王都の方を見据えた。
「少し待ってて」
そう言い残し、ラナの姿が消える。
と思った時には王都を囲う壁の上に立っていた。
そして王都を覆うほどに巨大な魔術式を記述していく。
ラナの放つ膨大な魔力が細氷の様に宙を舞う。それはとても幻想的な光景だった。
やがて魔術が完成する。
壁の先に見える王城に、びっしりと氷が張り巡らされていく。きっと王都中の建物に同じことをしているのだろう。
王都という大都市全体を覆うほどの魔術行使。それに加えてラナは時停めを使っている。
いかに莫大な魔力を持つラナでも決して無尽蔵という訳ではない。限界は近いだろう。
俺の予想通り数秒後、壁の上でラナが膝を突いた。それと共に世界に色が戻り、時が動き出した。
大地が揺れが再開する。
しかしラナは魔術を止めようとはしなかった。
「カナタ! 俺をあそこまで運べるか!?」
壁の上を指差すと、カナタは全てを察したのか頷く。
「ああ! カノン! 悪いが抱えさせてもらうぞ!」
「……ん! ……気にしないで! ……シル!」
「ワオン!」
シルが呼び掛けに応えてカノンの影へと戻る。
「ウォーデン! 後で合流しよう!」
「オレの事はいい! 早く行け!」
カナタが俺とカノンを肩に抱え、瞬雷を使う。その一瞬後には壁の上にいた。
「ラナ!」
俺はラナに駆け寄り、その身体を支える。
「……レ……イ。……ありがとね」
辛そうな表情でラナが俺を見た。
たったこれだけの事しか出来ない自分がもどかしく、俺は唇を噛む。
闇が使えたら。そう思わずにはいられない。
「ラナ! 俺も手伝うぞ!」
「……わたしも!」
カナタとカノンが王都を覆う巨大な魔術式に手を翳す。
すると魔術式が輝きを強めた。同時にラナの表情が和らいでいく。
「二人とも……ありがと」
そして耐える事約一分。揺れは収まった。
魔術式が消え、ラナが地面に両手を付く。息も絶え絶えに呼吸を繰り返し、落ちた汗が地面を濡らした。
「……なんとか……なったね」
「……ああ。大量に魔力を持ってかれたけどな」
「……ん」
王都を見下ろすとそこには銀世界が広がっていた。
建物中に張り巡らされた氷が、建物を支えている。お陰で倒壊した建物はない。
「それにしても地震か……」
日本での地震は大陸プレートに海洋プレートが沈み込む事によって発生する。よって大陸の中央寄りにあるグランゼル王国では起こるはずも無い。
「カナタ。魔術で地震を起こす事は可能か?」
「理論上は可能だ。だけど範囲がアホほど広くなるから現実的じゃ無い。というより費用対効果が釣り合ってない」
「じゃあこれが魔術って可能性は低いか」
「それか何らかの副次効果で地震が起きたかだな」
「副次的効果……」
考えられるとすれば地下。迷宮ぐらいしか思いつかない。
「レイ……。まずいかもしれない」
「まずい?」
「たぶんどこかの迷宮で氾濫現象が起きた」
「……前に聞いた事がある。……氾濫現象が起きると大地が揺れるって」
ラナの言葉にカノンも頷く。
「……氾濫現象。魔物が迷宮から溢れるやつか」
「もしかして熱砂迷宮か?」
カナタが俺の思考を遮る様に言った。
「そういえば異変が起きていたって言ってたな。それ絡みか?」
「可能性はある。というよりも高いだろうな」
「……ん。……わたしもそう思う」
「じゃあひとまずは冒険者ギルドに行こう。フェルナンドに何か情報が入っているかも知れないから」
「フェルナンドさんか。確かにそうだな」
冒険者ギルドは綿密に繋がっている。
非常に高価な通信の魔導具で連絡を取り合っているのだ。
だから迷宮都市で起きた問題も即座に共有される。
「ならレイ。先行っててくれるか? 俺はウォーデンと合流してから行くよ」
「わかった。頼む」
カナタは雷鳴を轟かせてその場から姿を消した。
「じゃあ行こうか。レイ。この高さ降りられる?」
「問題ない。けどもう体調は大丈夫なのか?」
「魔力はかなり減ったけどだいぶ落ち着いてきた。だから大丈夫」
見たところ顔色も悪くない。無理をしているわけではなさそうだ。
俺は頷く。
「わかった。でも無理はしないようにな?」
「もちろん。ありがとね。……それでカノンは?」
「……魔術を使えば大丈夫」
「んー。今は節約しといたほうがいいしカノンは私が抱えるね」
「……わかった。……よろしく」
宣言通り、ラナがカノンをお姫様抱っこする。
「……お姫様にお姫様抱っこされてるな」
場を和ませるべく笑いながらそんなことを言ったら二人に呆れた様な視線を向けられた。
「……レイ? くだらないこと言ってないで行くよ?」
「……ハイ」
どうやら失敗だったらしい。
そうして俺たちは壁から飛び降りた。
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