表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/239

氾濫現象

「ご報告ありがとうございました! 熱砂迷宮の異常は無事収まったという事でギルドマスターにも報告しておきます! この度はご協力ありがとうございました!」


 迷宮都市ネッサの冒険者ギルド迷宮管理局に勤めている薄緑髪の受付嬢メリッサ・ガーモナは深く頭を下げた。

 異変が起きてから早一ヶ月。ようやく異常の調査が終了したのだ。


「いえ、これも仕事ですので」


 柔らかな笑みを浮かべ謙遜をしたのはS級パーティ【夜明け蓮華】のリーダー、エリオット・フィオール。笑顔が似合う好青年だ。

 長身の上、肩口まで伸ばしたブロンドの髪を後ろで束ねた上品な姿から貴公子なんて呼ばれ方をしている。

 

「それでもです! 【夜明け蓮華】の皆さんは今後どうなさるんですか?」

「しばらくは休暇ですね。今回はイレギュラーだったおかげで報酬も美味しかったですし。王都で凱旋祭もやっているらしいので行こうかなと」


 異変の起きた迷宮は言わずもがな非常に危険だ。

 故に、報酬は高額。その上、今回の場合は調査に使う物資を冒険者ギルドからの支援で賄うことができた。

 よってエリオットたち【夜明け蓮華】の資金はほとんど減っていない。その為、懐は温かく数ヶ月は遊んで暮らせる。


「凱旋祭ですか!」


 エリオットの言葉にメリッサが瞳を輝かせた。しかし直ぐに羨ましげな視線を向ける。

 

「私もカナタ様とカノン様の勇姿を見たかったです……」


 そんなメリッサにエリオットは苦笑を浮かべた。

 

「勇姿と言えば、お二人が救出に携わったんですよね。たしかたったの半日で二十六階層まで行ったんでしたっけ?」

「正確には半日で救出して帰ってきました。 信じられませんよねぇ〜」


 エリオットが目を見開き驚愕を露わにする。

 それだけカナタとカノンが行った事は異常だった。S級冒険者と言えどそんな事ができる者はいない。

 少なくともエリオットが知る人間にそんな芸当が出来る人物はいなかった。


「少数精鋭故の速度。それに加えて圧倒的な強さですか……。一体どれだけの実力があればそんな事が可能なのか。私には想像も付きません」

「本当ですよね……。あっそうだ。もしなにかあれば【遥かな空】の方々に聞いてみるといいですよ。滞在してる場所は同じですよね?」


 エリオットが「ええ」と頷く。

 

「カナタ様とカノン様が戦っている所を実際に見ているので参考になると思います!」

「それは興味深いですね。次に会ったら……と言うよりも会いに行って色々と聞いてみます」


 どんな魔術を使ったのか。どんな技を使ったのか。

 各階層の攻略方法から魔物の対処方法。

 それらを聞く事ができれば、自らの糧になる。エリオットはそう確信していた。

 

「ぜひぜひ!」

「ありがとうございます。では私はこれで……」


 エリオットが踵を返す。その背中にメリッサは再び頭を下げた。

 その時だった、大地が大きく揺れたのは。


「きゃあ!」


 下から突き上げる様な縦揺れにメリッサが悲鳴を上げて尻餅をつく。

 熟練の冒険者であるエリオットも立っていられずに、たまらず地面に膝を付いた。

 そして耐えること約一分。ようやく揺れが収まった。


「メリッサさん! 大丈夫ですか?」


 エリオットがカウンターを飛び越え、メリッサを支える。

 普段ならば冒険者が許可なくカウンター内に入るのは許されていない。だがエリオットは無視する事ができなかった。


「すみません。ありがとうございます」

「いえ……それにしてもなんですか今のは」

「わかりません。私もこんなことは初めてです」


 大地が揺れるという初めての経験にエリオットは困惑した。しかし何か異常事態が起きているのは明白だ。

 エリオットは直ぐに意識を切り替える。


 ……突き上げるような揺れ。という事は下。迷宮ですか……。


 調査の結果、熱砂迷宮に異常は見当たらなかった。

 環境が変化していることも無ければ、S級の魔物が出ることもない。経験上、何の変哲もないA級迷宮。

 しかしこんな事態になってまで異常が起きていないなどとは口が裂けても言えなかった。

 

 エリオットはメリッサを椅子に座らせると、再びカウンターを飛び越える。

 

「……嫌な予感がします。ひとまずメンバーに招集を掛けます。準備が出来次第、迷宮に――」


 するとその時、冒険者ギルド内にけたたましい警報が鳴り響いた。


「ッ!? これは!」


 メリッサの行動は早かった。

 弾かれたように椅子から立ち上がり、カウンターに設置されている魔導具の封印を解く。

 現れたのは魔術式がびっしりと記述された手のひら台のプレートだ。

 メリッサはそこに手を当て、魔導具を起動した。


「緊急事態発生!!! 緊急事態発生!!!」


 迷宮都市ネッサ中にメリッサの声が響き渡る。

 これは拡声魔術を応用した魔導具だ。異常事態が起こった時にのみ、使用許可が出され都市中に声を届ける事ができる。


「氾濫現象の発生を確認しました! 繰り返します! 氾濫現象の発生を確認しました!」


 氾濫現象。

 それは迷宮内の魔物が突如として氾濫……溢れ出す現象を指す。

 普段魔物が迷宮の外に出ることは滅多にないが、氾濫現象が起きた時は違う。上層、下層関係なく、ほぼ全ての魔物が迷宮から溢れ出す。

 この現象は数十年から数百年に一度起こるものとされており原因は未だ究明されていない。


 ……まさか私が生きている間に起きるとは!


 記録上、前回氾濫現象が起きたのは約五十年前。

 その時は溢れ出す魔物を抑えきれずに迷宮都市や周囲の街が滅亡した。

 犠牲者、行方不明者は数知れず、大災害として歴史に刻まれている。


 ……繰り返すわけにはいかない!


 メリッサはそんな想いから声を張り上げた。


「冒険者の方々は直ちに冒険者ギルドにお集まりください! 繰り返します! 緊急事態発生――」


 S級冒険者のエリオットも直ぐに動いた。


「メリッサさん! 私は先に行きます! 【夜明け蓮華】のメンバーには先に行ったとお伝えください!」


 メリッサは魔導具に声を張り上げながらもしっかりと頷く。

 それを確認し、エリオットは迷宮の入り口へと走った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=755745495&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ