上空
王都の遥か遠方。その上空に五人の魔術師が立っていた。
一見すると何も無いように見える空。
しかし五人はまるでそこに地面があるかのように佇んでいる。
「あらら。ルーカスやられちったよ」
王都の方角に目を向けていた赤髪をツインテールにした少女が楽しそうに笑った。
同胞が死んだというのに、その声音からは悲壮さが全く窺えない。しかしそれはこの少女に限った話ではなかった。
「まあアレはせっかく頂いた因子を制御できなかった落ちこぼれだったからねぇ。わたしたち翠の至天の中でも恥晒しだよ」
文字通り消し飛んだルーカスに忌々しそうな視線を向けるのは薄緑色の髪を短く切り揃えた少女だ。
「にしし。じゃあ死んでよかったね。まあ? アタシら赫の至天には関係ないけどぉ?」
「だな。あそこまで見た目が変わったやつはここ百年は見てねぇから驚きだったぜ。……だけどやっぱりあのカナタとかいう人間は厄介だな」
赤髪の少女に追従したのはこれまた赤髪短髪の青年。
青年の言葉に赤髪の少女は笑みを消し、真剣な眼差しを遠方にいる黒髪の青年へと向けた。
まるで観察するような視線は先ほどの飄々とした少女とはまるで別人のよう。やがて赤髪の少女は頷いた。
「……だね。悔しいけど多分アタシらじゃ勝てないや」
再び笑顔を浮かべた赤髪の少女はあっさりとその事実を認めた。そして先ほどから口を開いていない人物の方を向く。
「って事で頼める? 白の第二位サン?」
少女が水を向けたのは長い金髪を靡かせ、白い外套を纏った男だ。その顔には不気味な嗤みを浮かべた道化師の仮面を付けている。
見るからに胡散臭い男だが、この場でそれを指摘する者はいない。
仮面の男は赤髪の少女の言葉に頷く。
「ええ。元よりそのつもりでしたからね。時間稼ぎぐらいはしますよ」
「へ〜? アナタでもカナタには勝てないんだ?」
「どうでしょうね」
そう言った男の表情は仮面に隠れて窺い知ることはできない。赤髪の少女もそこまで気にしていないのか、深く追求することはなかった。
「まあいいや。レオ様は予定通りですかぁ〜?」
赤髪の少女はこの場にいる最後の一人、長めの赤髪を持つ長身の男に聞いた。
レオと呼ばれた男は表情を動かす事なく頷く。
「その通りだ。私は予定通り、ラナ=ラ=グランゼルの足止めを行う」
「レオ様なら王女サマ相手にも勝てるんじゃないですか〜?」
レオが赤髪の少女に鋭い眼光を向ける。
その瞳に宿っているのは虚無。少女を見ているようで何も見ていない。
「目的を履き違えるな。私たちの目的は黒の暴虐レイを殺す事だ。氷姫を殺すことでは無い」
しかしそんな眼光に射抜かれても少女は気にしない。
飄々とした態度を崩す事なく話を続ける。
「了解でーす。ならアタシは勇者を貰おうかな? 横にいる聖女ちゃんがすこーし邪魔だけどなんとかなるでしょう! 二人が一緒にいるなら纏めて片付けてあげる!」
少女の言葉に慌てた様に声を上げたのは赤髪の青年だ。
「ちょいちょいミルト! じゃあ誰がレイを殺すんだよ!?」
「ん〜。そっちはサイラムに譲ってあげるよ」
「勘弁してくれよ! 弱体化してるとは言え第三位には荷が重いぜ! それにカノン=アストランデとウォーデン・フィローはどうすんだ!? 三人同時とか勝ち目ねぇぞ!」
「カノン=アストランデとウォーデン・フィローは私に任せて頂いても大丈夫ですよ?」
赤髪の少女ミルト、赤髪の青年サイラムのやり取りに口を挟んだのは仮面の男だった。
男は外套から両腕を前へ出し、手のひらを下へと向ける。
「その為の兵も零落の白様より預かっています」
次の瞬間、仮面の男の両腕に大量の口が出現した。
それを見て、ミルトとサイラムは盛大に顔を顰める。
「うげぇ……」
「……いつ見ても慣れねぇな」
「この腕に文句を言うのなら……わかりますね?」
静かな言葉と共に重厚な殺気が放たれた。
直接向けられたミルトもサイラムは当然として、余波に当てられた薄緑髪の少女も恐怖に喉を鳴らす。
平然としているのはレオだけだ。
「「申し訳ございませんでした」」
二人は即座に頭を下げる。サイラムはおろか、ミルトまでも飄々とした態度を完全に消していた。
白の至天序列第二位。ミルトと同格でありながらも、力量が同じと言うわけでは決して無い。
ミルト自身もその事実はよく分かっていた。
「わかれば良いのです。では……」
殺気を霧散させた仮面の男が一つ頷くと、両腕の口が開いた。すると開いた口から白い肉塊が産み落とされていく。その光景は異様の一言。
産み落とされた肉塊は融合を繰り返し、最終的に二つの肉塊と成った。
そして肉塊は変容する。
「「キヒヒヒヒヒ」」
哄笑が空に響く。
産み落とされたのは二体のバケモノ。
ただ人型に整えられた白い肉塊。当然髪や顔は付いていない。その代わり全身に、仮面の男の腕と同じ様に大量の口が付いていた。
「カノン=アストランデとウォーデン・フィローはこの二体に任せます」
「ありがとうございます。じゃあレイはオレたちで殺すか! 翠の第三位!」
サイラムの言葉に薄緑色の髪をした少女は眉を寄せる。
「私にはフラウって名前があるんですけどぉ?」
しかしサイラムの耳には届いていない。
その視線は既に遠方にいる白髪の青年へと向けられていた。
「決まったな。では始めるとするか」
全てが決まり、レオが仮面の男に向かって鷹揚に頷く。
「はい。……では第一段階を始めましょう!」
仮面の男はそう言うと、魔術式を記述した。
使徒判明、零落の白。




