やらかし
休みなので更新!
視界が戻ったそこには何もなかった。
ルーカスだった樹も、襲撃者等も、誰一人残らず。破壊の爪痕だけが刻まれていた。
地面は抉れ、あまりの熱量に所々ガラス化現象が起きている。
「……凄まじいな」
「……ホントにな」
俺がポツリと呟くと、ウォーデンが苦笑を浮かべた。
以前見た時よりも破壊力が上がっているような気がするのは気のせいだろうか。
だけどそれはひとまず置いておこう。
「おいカナタ。……これはヤバいんじゃないか?」
「ん? 何がだ?」
カナタが振り返り、怪訝な視線を向けてくる。
だから俺は地面を指差した。
「だってここ……道だろ?」
ここは門のすぐ外。
当然、俺たちが今いる場所はきちんと整備された道だ。正確には道だっただが。
ともあれカナタはそんな場所を文字通り消し飛ばした。先程まであった整備された道はもはや影も形もない。
「ラナ、怒るだろうなぁ」
俺が呟くとカナタはようやく事態を理解したのか顔を青ざめさせていく。
「誰か地属性魔術が得意な人……」
カノンも首をふるふると振る。ウォーデンもまた然り。
「いるわけないんだよなぁ」
俺は論外だ。そもそも魔術を扱う為の魔力がない。
カナタは基本属性の風と上位属性の雷。カノンは特異属性である呪属性。そしてウォーデンは火と炎だ。
この場に地属性を扱う魔術師はいない。
魔術師というものは自分の属性以外の魔術を滅多に使わない。
それは使用する魔力が多くなる上に威力も減衰するのが理由だ。加えてそんな弱くなる魔術の魔術式を記憶するくらいならば、自分の属性の魔術式をより多く記憶した方がいいという考えもある。
よってこの場に地属性魔術が使えて、尚且つ道を修復できる人材なんている訳がない。
「……レイ。どうするべきだと思う?」
「大人しく怒られろ」
俺は無慈悲にそう告げた。残念ながら俺にはどうすることも出来ない。
そんな時、唐突に世界が色褪せた。俺以外の全員が動きを止める。
……これは。
この場で唯一動ける俺は門の方を向く。
ラナが時停めを使う事態。それはかなりマズい状況だと言える。
……何が起きている? とにかく動ける俺が――。
「――レイ!」
王都に向かおうとした時、唐突にラナが目の前に現れた。
「え?」
驚きも束の間、ラナが胸に飛び込んでくる。
「無事!? どこか怪我してない?」
俺はラナをしっかりと抱き留めた。
するとラナが俺の身体をぺたぺたと触ってくる。
「大きい音が聞こえたから何かあったんじゃないかって心配で……」
俺に怪我がない事を確かめたラナがホッと安堵の息を吐く。どうやら危機的な状況と言うわけではなく、俺が心配で駆けつけてくれたらしい。
「ありがとなラナ。俺は大丈夫だ」
俺はラナの頭を安心させる様に撫でる。するとくすぐったそうに目を細めた。
「でもこれ、かなりの魔力を使うだろ? とりあえず解除しようか?」
「あっ……そうだね」
ラナが頷くと世界に色が戻っていく。
それと同時に時が動き出す。いち早くラナの存在に気付いたのはカナタだ。
一瞬だけ驚きを見せた後、事態を理解したのかバツの悪そうな表情を浮かべた。
「……レイ。説明は?」
「いや、まだだ。それ以前に気付いてない」
ラナは俺よりも身長が低い。加えて体格差もあるため、背後に広がる大惨事は俺の身体に隠れている。
故に、気付いていない。
だけど俺が口にした言葉に不思議そうに首を傾げた。
「ん? 気付いてない?」
ラナが俺とカナタを交互に見た。
「あーっと。ラナ。悪い」
カナタは申し訳なさそうに俺の背後を指差す。同時に俺も身体を横にズラした。
目の前に広がる大惨事にラナが唖然としている。
「……なに……これ?」
「……その……眷属と戦ってて全部吹っ飛ばしました。ごめん」
カナタは一切言い訳する事なく白状し、頭を下げた。
「あぁ……。大きな音の正体はこれか……」
ラナは納得するように頷く。
「それで、眷属は倒したの?」
「ご覧の通り、跡形もなく」
「そうだよね。これで倒せてなかったら驚きだよ。……確認だけど巻き込まれた人はいないよね?」
「それは居ない。ちゃんと索敵をした上で撃ってる。消し飛んだのは眷属だけだ」
カナタは言い切った。
俺も人の気配は感じなかったので、巻き込んだ心配はないだろう。
するとラナは怒る事なく頷いた。
「うん! なら不問! 道に配慮して万が一があったらいけないからね。これからも民を巻き込まないのであれば同じ事をして大丈夫!」
ラナの言葉にカナタはホッと安堵の息を吐く。
「それはよかった」
「あっ。でも修理は手伝ってもらうから覚悟しておいてね?」
「……ハイ」
上げて落とすとはこの事か。
……いや、別に上げてはいないか。
ともあれ俺に責任が全くないかと言われるとそうではない。だから修理は俺も手伝おう。
「それでラナ。王都内は大丈夫なのか?」
「爆発を引き起こした犯人は騎士団が全員確保したよ。だけど……」
「まだ潜んでいる可能性がある……か」
俺は先回りして答える。
ルーカスのような異形ではなければ見た目はごく普通の人間だ。潜伏されたら全てを探し出すことは至難の業だろう。
「うん。レイの言う通り」
「ラナ。一つ聞きたいんだが、犯人はネックレスをしていたか? 逆十字架に逆翼のヤツなんだが」
「それってこれのこと?」
ラナが懐からネックレスを取り出した。
それは俺が尋問した眷属が身に付けていた物と全く同じ物だ。
「それだな。全く同じだ」
「じゃあしてた。捕縛した人は全員ね。だからそのネックレスを頼りに捜索してる。レイはこれがなんだかわかるの?」
「ウォーデンが言うに至天教って宗教らしい。知ってるか?」
「……至天教」
ラナは険しい顔で呟く。
「もちろん知ってる。創世教が正式に邪教認定してるからね。……だけどこんなに信者が居たとは思わなかった」
「多分、信者のほとんどが眷属だ」
ラナが驚きに目を見開く。
だがしかし直ぐに眉を寄せた。
「でも……そんなに強くなかったよ? 眷属って強いんじゃないの?」
「ほとんどが弱い。だけど至天と呼ばれてるヤツらは別だ。おそらくレニウスが言っていた眷属ってのは至天の事だと思う」
「至天?」
「使徒から直接因子を与えられたヤツを指す言葉らしい。多分王都に現れたのは至天じゃない眷属だ」
「至天じゃない眷属。つまり眷属が眷属を作ることもできる?」
理解が早くて助かる。
「その通りだ。俺が尋問したヤツはそう言った」
「だからそんなに強くなかったのね。でもそれならネックレスをつけた信者を全員捕えれば解決かな?」
「……それなんだがラナ。これで終わりだと思うか?」
至天の目的は俺を殺す事だ。
なのにも関わらず、敵が弱い。至天は少し厄介だったが、所詮はその程度だ。
たしかに他の眷属とは別格の強さだったが、おそらく今の俺でもギリギリ倒せる。
それを考えると本当に殺す気だったのか疑わしい。
「レイはまだ何かあると思ってるんだね?」
「この襲撃自体が様子見の可能性もあるからなんとも言えないけどな」
「でも私たちが守っているレイに対して、至天? が一人……一人だったんだよね?」
「ああ。翠の序列第五位ってヤツが一人だった」
「第五位……。でも一人だったのなら確かに甘いと言わざるを得ないよね。ひとまず凱旋祭中は警備をより厳重に――」
するとその時ラナが弾かれた様に顔を上げ、遠方を見た。
「……ラナ?」
「どうやらレイの予想通りだったみたい」
そして次の瞬間、大地が轟音を立てながら大きく揺れ出した。




