翠の至天
……序列第五位。
至天が何人居るのかがわからない以上、序列第五位というのが高いのか低いのかは謎だ。
しかしこのルーカスと名乗った男が、そこらの眷属とは異なる存在だと言う事はわかる。
レニウスが言っていた眷属はこいつら至天の事だ。
「……お前は……人間か?」
ルーカスの見た目は樹木人間と呼ぶに相応しい。
だから聞いたのだが、彼は俺たちを嘲る様に鼻で笑った。
「はっ! 見りゃわかんだろ!」
……見てわからないから聞いてるんだよ。
とは思ったものの口には出さないでおく。
俺たちは至天の事をなにも知らない。ならば今必要なのは情報だ。
とにかく会話を引き延ばす。
「じゃあなんでそんな見た目なんだ?」
するとルーカスは喜色満面の笑みを浮かべた。
「そりゃ使徒様から貰った褒美が多かったからだ!!!」
すごいだろとでも言いたげな自信満々の笑み。
イラっとくるが、気分が良くなって口が軽くなるのなら好都合だ。
「……褒美ってのは?」
「なんだぁ? 知らねぇのか? 使徒様の因子だよ!」
因子。
また知らない単語だ。
推測するにこの因子とやらが分け与えられるという力の正体か。
「じゃあお前より上の序列の奴らはみんなそんな見た目なのか?」
序列が何で決まるのか。
もし貰い受けた因子の量で決まるのならば至天は全員異形であってもおかしくない。
だがしかし、質問した瞬間ルーカスが思いっきり舌打ちをして顔を顰めた。
「……ちげぇよ」
この反応はなんだ。
上機嫌が一転して不機嫌になった。
……異形かどうかに因子の量は関係ない? なら完全に人型の至天もいるのか?
これは聞いておいた方がいい情報だ。
「見た目が変わらない至天もいるのか?」
「ちげぇって言ってんだろ!!!」
ルーカスが激昂する。
そして俺たちに樹の両手を向けた。
……情緒不安定かよ!
おそらくまともな状態ではない。
それに思い当たる節もある。
俺が喰らったバケモノが使徒と関係があるのは間違いない。ならばその因子とやらを取り込んでいる眷属は俺と同じ殺戮衝動、もしくはそれに準じた何かに支配されている可能性がある。
もしそうならおよそまともでは居られないはずだ。
「ウルセェ奴は死ね!」
「チッ!」
舌打ちが溢れる。
これ以上情報は引き出せそうにない。
「カナタ! 殺すぞ!」
「ああ! 遅れるなよ?」
カナタが刀を構え、カナタが不敵な笑みを浮かべる。
俺も雪月花を構え、同様の笑みを返した。
「言ってろ!」
次の瞬間、ルーカスの両手から樹の枝が溢れた。
だが枯死の翠や奈落の森で遭遇した枯れ枝と比べると密度が薄い。それに速度や鋭さも違う。
「レイ。俺が道を切り拓く!」
「任せた!」
カナタの刀が紫電を纏う。
「紫電雷覇!!!」
大きく一歩踏み込み、カナタが雷刀を振るう。
その刀身から膨大な紫電が放たれ、襲いくる枝に激突した。
直後、衝撃を撒き散らしながら次々に枝が爆砕していく。
しかし枝は立ち所に再生し、絶え間なく襲ってくる。
「行くぞレイ!」
そこへカナタは突っ込んだ。
「おう!」
俺もすかさず後に続く。
カナタが雷刀を振るうたびに枝が爆砕し、道が出来る。
しかし進む毎にその密度は増していく。
四方八方から襲いくる樹の枝。
だが、俺たちはそれを物ともしない。
正面から襲いくる枝はカナタが雷刀や魔術を駆使して根こそぎ爆砕させる。そして側面からの枝は俺が余さず斬り倒す。
再生しても同じ事だ。再生が追いつかない程の速度で俺たちは進む。
するとすぐにルーカスの元へと辿り着き、視界が開けた。
まさか正面突破をするとは思わなかったのかルーカスが驚愕に目を見開く。
「な、なんだ!? テメェらは!?」
「「死ね」」
俺とカナタは交差する様に一歩踏み込む。
そしてひと足先にカナタが雷刀でルーカスの胴体を薙ぎ払った。
「ぐぁ!!!」
身体が樹木に侵食されながらも痛覚はあるのかルーカスが苦悶の声を漏らした。
上下に泣き別れする胴体。雷刀によって焼き斬られた断面からは血液が出ない。
しかし、おそらくこれでも再生するのだろう。枝が再生したのだから本体であるルーカス自身が再生してもおかしくはない。
ならば狙う箇所は一つだ。
……生身である首!
俺はルーカスの首を刎ねるべく雪月花を振るう。
そして抵抗すら許さずにルーカスの首を切断した。
首が血飛沫を上げながら宙を舞い、飛んでいく。
……なんだ?
違和感。
飛んでいく首を油断なく目で追う。するとルーカスの首が宙を舞いながらも俺たちの方を見た。
その目は、死を目前にした人間の目ではなかった。
「……ッ!?」
嫌な予感がした。
そしてその予感はすぐに的中する。
ルーカスの口が弧を描き嗤った。
「カナタ!!!」
カナタも俺と同じことを感じていたのか行動は早かった。
ズドンと雷鳴を轟かせると、俺を抱えて一瞬でカノンとウォーデンの元まで後退する。
次の瞬間、切断されたルーカスの首元から凄まじい量の枝が飛び出した。そして瞬く間に自身の身体を呑み込み、巨大な樹へと変貌していく。
その姿は枯死の翠を彷彿とさせた。違う点と言えば枯れていない事ぐらいか。
ルーカスだった樹は青々とした葉を付けている。
「「「何しやがるこのクソどもが! 許さねぇ! 絶対許さねぇぞテメェら!!!」」」
樹から何重にも重なった声がした。
言葉を発したのは斬り飛ばした首ではない。
地面に落ちた首は枯れた様に水分が抜け、ミイラみたいになっている。
では何が言葉を発しているのか。
答えは樹に果実の様に実った首だ。
「まじかよ。気持ち悪りぃな」
カナタが樹に実る首を見て眉を顰めた。
その言葉には全面的に同意だ。とにかく絵面が酷い。
巨大な樹に実るは人間の首。それも一つではなく無数にある。
これを気持ち悪いと言わずしてなんと言うだろう。
「至天ってのは全員こんななのか?」
「……大きいトレントみたい」
ウォーデンとカノンも眉を顰めている。
「確かにここまで来るともはや魔物だな。……だけど的は大きくなった」
「……だけどどうやって殺すんだこれ?」
ウォーデンが苦笑しながらも呟く。
確かに枝が再生したのだからこの樹自体に再生能力があると見て間違いないだろう。
加えて本来弱点である首も無数に実っている。
見た目だけならもはやネタだが、実際は厄介だ。
しかしカナタは再び不敵な笑みを浮かべる。
「簡単な事だ。できるなら魔力は温存しておきたかったがこうなったら仕方ないだろ」
カナタが右手を前に出し、その手のひらを上へと向けた。全身から魔力を迸らせながら、上へ上へと魔術式を記述していく。
凄まじい速度で記述されていく魔術式。それはルーカスの樹を追い越して更に成長していく。まるで大樹のような魔術式だ。
「「「なんだそのバカデカい魔術式は!?」」」
ルーカスたちが一斉に喚く。
そしてカナタの記述する魔術式に危機感を抱いたのか、枝や根を一気に殺到させる。
「……させない!」
「させるかよ!」
カノンとウォーデンが同時に魔術式を記述する。
カノンが記述した魔術式から現れたのは二十羽の鴉たち。それらが一斉に魔術式を記述した。
――呪属性攻撃魔術:呪影覇槍
「カァァァ!!!」
鴉たちが鳴き声を上げ、漆黒の呪槍を作り出す。
それと同時にウォーデンの魔術式から炎で出来た槍が十本出現した。
――炎属性攻撃魔術:炎槍乱舞
一斉に射出された呪いと炎の槍が迫り来る枝や根を破壊していく。
「ワォォォオオオン!!!」
加えてカナタの足元に寄り添ったシルが咆哮を轟かせ雷を放出した。雷がルーカスの枝を広範囲にわたって焼いていく。
これで時間稼ぎは十分。
やがてカナタの魔術式が完成した。
「――消し飛べ」
――雷属性固有魔術:雷
次の瞬間、視界が白く染まった。




