眷属
門を出ると、すぐさまフードを被った人間が襲いかかってきた。
先ほどと同じく、毒を塗った短剣を片手に襲ってくる者や、斧を持った者などその得物は多種多様。遠方には魔術師も待機している。
だが俺たちはそれらを軽くいなす。
近接戦を仕掛けてくる者は俺とカナタが、遠方から魔術を放ってくる者はカノンとウォーデンがそれぞれ対応した。
「……弱いな。眷属ってこんなもんなのか? 使徒の力を与えられた魔術師なんじゃなかったのか?」
俺たちは実際に枯死の翠という使徒を目の当たりにしている。だからこいつらが使徒から力を分け与えられた眷属だと言われると拍子抜けだ。
いくらなんでも弱すぎる。
闇の使えない俺でも簡単に対処できているのが不思議なぐらいだ。
「……もしくは眷属じゃないのかもな」
カナタが槍を片手に襲ってきた男を斬り捨てながら呟く。
「その心は?」
「力を分け与えられたという割に特殊な力を使ってこない。たとえば枯死の翠の眷属ならあの枝を操ったり、レニウス様の魔法を崩させた力を使えてもおかしくない」
たしかにその通りだ。
レニウスは俺に向かって「元の力が使えるキミなら大丈夫だと思うけど」と言った。
それは逆説的に闇の使えない俺では厳しいという事だ。
ならばカナタの言う通り、こいつらが眷属ではない可能性は十分にあり得る。
「……ならこいつらはなんなんだ?」
「さあな。だけどこんなにうじゃうじゃ居るんだ。聞くのが早いだろ?」
「……その通りだな。少し任せた」
俺は呟くと早速行動に移す。
剣で斬り掛かって来た男の腕を雪月花で切断する。そして肩に雪月花を突き刺し地面へと縫い付けた。
「さて――」
「シ、シテンに栄光あれぇぇぇえええ!!!」
尋問を始めようとした所で男が大きく口を開ける。
そして聞き覚えのある言葉を口にした。
……またか。
ブラスディア伯爵邸で遭遇した暗殺者と同じ言葉。シテン。
見れば、奥歯に魔術式が記述されていた。
自害用の魔術。これも同じ手口だ。
闇が使えれば前と同じく短刀を作り出すのだが、生憎今は使えない。
だから俺は顔を顰めながらも口に突っ込んだ。
そして魔術式の記述されている奥歯を引き抜く。
「ギィヤアアアアア!!!」
絶叫が周囲に木霊する。
「汚ねぇな。勘弁してくれよ」
引き抜いた手には血やら涎やらがべっとりと付いていた。俺はポケットに入っているハンカチを取り出し、それを拭く。
……せっかくラナから貰ったのに汚れた。
そう思うとイライラする。
だけどお陰で自害は防いだ。
ハンカチを仕舞い、気を取り直し俺は尋問を開始する。
「楽に死にたいなら早く答えろ。見ての通り代わりは山ほどいるんでな」
前歯が折れ、血だらけの顔を恐怖に歪ませている男。
俺はそんな男の目を覗き込みながら言った。
「まずは……そうだな。お前たちが口にするシテンってのはなんだ?」
おそらくは重要な意味を持つ言葉だ。
「くっ! 言うと……思っているのか!」
しかし男は答えない。
だけどそれはわかっていた事だ。そんな簡単に言う訳がない。
俺はこれ見よがしに溜め息を吐き、雪月花を引き抜く。そして逆の肩に突き刺した。
「ぐぅあああああ!!!」
「身体に穴が増える前に答える事だな」
「くぅ……! 誰が……言う……か!」
男は気丈に振る舞う。
しかしそれが虚勢である事はガクガクと震えている男の身体が示している。
俺はもう一度大きく溜め息を吐いた。見せつける様にゆっくりと。
「まだ言うつもりはないか?」
男が必死に俺を睨みつける。
「殺すなら殺せ! 俺は何があっても言わないぞ!」
「……後悔しても知らねぇぞ? ……カノン。アレ、頼めるか?」
「……ん。……気乗りはしないけど仕方ない」
「悪いな」
「……シル。……少しだけお願い」
カノンの呼び掛けに応え、影から銀狼シルが飛び出した。そしてすぐさま魔術を使い、敵が放つ魔術を打ち砕く。
そんな中、カノンは男に近付くとその胸に手を触れ、魔術式を記述する。
――呪属性攻撃魔術:罪禍ノ荊
カノンの手から影の荊が現れ、男の肌を這っていく。
以前の暗殺者ですら数分も持たなかった呪いだ。おそらくこの男はすぐに根を上げるだろう。
「ギィヤアアアアア!!!」
男が聞くに耐えない絶叫を上げる。
「その呪いは痛みを与えるだけで死ぬ事はない。だから言いたくなったら教えてくれ」
「わ……わかった! 言う! だから止めてくれぇぇぇええええ!」
男は間髪入れずに叫んだ。
カノンが冷めた視線を男に向ける。俺も同じ気持ちだ。
「……いや。いくらなんでも早すぎないか? もう少しがんばれよ」
とは言いながらも痛めつけるのは趣味じゃない。
「カノン」
「……ん」
カノンは小さく頷くと呪いを解いた。
男の肌を這っていた影の棘が消える。
するとその時、襲いかかってくる者たちの動きが変わった。
俺を殺そうとしていた動きが、男を最優先で殺そうとする動きへ。しかし、それぐらいではカナタを突破することはできない。
「どうやら嫌われたようだな? ……さてじゃあもう一度聞く。シテンとはなんだ?」
「け、眷属の中でも使徒様にちょ、直接力を分け与えて頂いた魔術師です!」
「なるほど。ならお前は眷属か?」
「は、はい。ですが、け、眷属に力を分け与えられたのでシテンではありません」
「……眷属が眷属を作ることも可能なのか。まるで吸血鬼だな」
カナタが短剣で襲ってきた男を斬り捨てながら呟いた。
「確かにな。カナタは聞きたいことあるか?」
「ああ。この場にシテンとやらは来ているのか?」
「い、いえ。まだ来ていません」
「まだ……ねぇ。ならお前らの目的と計画を言え」
「目的はお前、黒の暴虐を殺すこと……です。計画はこの場で黒の暴虐が来るのを待ち、来たのなら殺す事です」
「……それだけか?」
「は、はい」
俺が来るのを待ち、来たら殺す。
そんな事はこの現状を見ればわかる。俺が聞きたいのはこれからの計画だ。
……下っ端だから情報を与えられていないのか?
「カノン」
「……ん」
カノンが俺の意図を汲み、男の胸に手を当てる。
「ヒィ! 本当です! 信じてください!」
……この慌て様。嘘はついてなさそうだな。
どうやら俺の予想は正しかったらしい。
おそらくは他の奴らに聞いても同じことを言うだろう。
「ありがとうカノン」
「……ん」
カノンが男から手を離す。すると男はあからさまにホッと息を吐いた。
……ん?
その拍子に男の首元にキラリと光る物が見えた。
俺はソレを手に取る。
……ネックレス?
黒の逆十字に漆黒の逆翼。
見るからに良くない物だ。
……たしかブラスディア伯爵邸に侵入したやつもネックレスを着けていたな。
あの時は暗殺者に殺されたせいで見れなかったが、同じ物だったのかもしれない。
「それは!?」
ウォーデンが俺の手にしたネックレスを見て、声を上げた。
目は大きく見開かれ、驚いているのがわかる。
「まさか……シテンってのはそういう意味だったのか」
「ウォーデン? なにか分かるのか?」
「……コイツらが言うシテンってのはおそらくは至天教だ。創世教からは正式に邪教認定されている宗教だ」
「違う! 至天教は邪教なんかではない! 我らが目指すのは真の救済だ!」
喚き散らす男をウォーデンは冷めた目で見る。
「……その救済方法が問題なんだろうが。たしか肉体から魂を解放し、天に至るだったか?」
「天に至る。なるほど。それで至天か。……しっかし、そりゃ問題だな」
つまり、こいつらの言う救済は死だ。邪教認定を受けるのも頷ける。そんな宗教は邪悪以外の何物でもない。
しかしならばこそ一つだけ気になる事がある。
「なぁ。そんな教義があるのになんでお前は肉体に留まっているんだ? 早く解放されるべきじゃないのか?」
「我らには他を救済する義務がある! だからこの窮屈な肉体に留まり、救済を行っているのだ!」
「そう言う思想か。……クズだな。お前の思想を他人に押し付けるなよ」
殺人の正当化。
きっとコイツらはそれが悪い事だとは微塵も思っていない。寧ろ良い事だと思っているのだろう。だから無辜の民を平気で傷付ける。
腹立たしい事この上ない。
……だけど、これは厄介だな。
よりにもよって宗教を隠れ蓑にしているとは。
信者は世界中にいるだろう。全員が全員、眷属だとは思いたくないものだ。
「くぁっ!」
するとその時、男の様子が急変した。
「ぐぁぁぁあああ!!! な……ぜ! な……ぜですか!?」
突然、気が狂った様に身体中を掻き毟り始めた。
そして身体が、みるみるうちに樹へと変わっていく。
「レイ!」
「ああ!」
俺は雪月花を引き抜き、その場から離れる。
するとものの数秒で男は物言わぬ樹木へと変わった。
「なぜだぁ? 喋り過ぎだ! このクソが!」
口汚い言葉が響く。
そしてコツコツと足音を鳴らしながら一人の異形が現れた。
その瞬間に襲撃が止む。
……なんだ……こいつは。
俺の知るバケモノとは違う。
だがしかしコイツを一言で表すのならば樹木のバケモノだ。
生身とわかるのは首や顔の周辺のみ。その他の身体は全て樹木に置き換わっている。
こんな身体で一体どうやって生命活動を維持しているのか。理解の範疇を超えている。
「しっかしオレと同じ翠の眷属で助かったぜ。お陰で遠隔からでも殺せた」
俺はバケモノの一挙手一投足を観察する。
……明らかに今までの眷属とは違うな。
見た目は言わずもがな、その力もだ。
動きに一切の無駄がなく、隙もない。加えて膨大な魔力をその身に宿している。
「……お前が至天か?」
「ああそうだ。翠の至天、序列第五位ルーカス・ミストレス。それがオレの名だ」




