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凱旋祭

「じゃあまたね。レイ。気を付けてね」

「ああ。すぐに帰ってくるさ。だから待っていてくれ」


 手を振るラナの頬に俺は手を添えておでこを突き合わせる。すると仲間の女性陣や城に勤めるメイドから黄色い歓声が上がった。


「もうレイ。みんな見てるよ?」

「俺は気にしない。ラナは嫌だったが?」

「その聞き方はズルイよ。……イヤな訳ないじゃん。でも今はここまで。()()は帰ってきてからね」


 耳元でそう呟いてから離れるラナ。

 彼女は顔を真っ赤にして唇に人差し指を当てていた。

 そんな事をされると否応なしに()()が脳裏を過ぎり、顔が熱くなる。


「ふふ。意趣返しは成功みたいだね」


 可憐に微笑むラナ。どうやら一杯食わされたらしい。


「イチャイチャしてねぇで早く行くぞ。そろそろ時間だ」


 カナタが踵を返して馬車に向かう。

 

「イチャイチャは……」


 してないとは口が裂けても言えなかった。


「……じゃあラナ。行ってくるよ。また後で」

「うん。また」


 手を振るラナに見送られ、俺は予定通り二台目の馬車に乗り込んだ。

 

 馬車はこの凱旋祭のパレード用に特注したものらしく、それぞれが俺たちのモチーフを意匠にしていた。

 

 一台目は勇者(サナ)の持つ聖刀と聖女(アイリス)を示すグランゼル王家の紋章。

 二台目はウォーデンを示す炎槍と俺を示す黒い刀。

 三台目はカナタを示す雷とカノンを示す漆黒の大鎌だ。

 遠目から見ても誰が乗っているのかを分かりやすくする為らしい。


「これは中もすごいな」

「ホントだな。さすが王族が特注しただけはある」


 中に入ると、外と比べても遜色のない程に豪奢な装飾が施されていた。

 王族でも乗るのだろうかと思わずにはいられない。


 ……まあアイリスがいるからあながち間違いでもないか。それにしてもこのソファも凄いな。


 馬車に備え付けられたソファを軽く撫でると肌触りが途轍もなかった。サラサラでフカフカだ。

 試しにソファに腰掛けると、身体が沈み込んだ。ずっと乗っていても疲れることはないだろうと思わせるほどの座り心地だ。


「なんだこれ。めっちゃ沈む。ウォーデンも座ってみろよ」

「ん? ああ。じゃあ失礼してっと……なんだこれ。めっちゃいいな」

「だろ?」

「こりゃずっと座ってたら寝そうだな」

「「は〜〜〜〜」」


 二人で気の抜けた声を漏らしながらソファに沈み込む。

 しかしずっとこうしているわけにもいかない。

 

「これ天井開けるんだっけか?」

「門を出たらって話だったな」


 天井を見回すと魔術式が刻まれていた。

 おそらくここに魔力を流し込むことで天井が開くのだろう。


「魔力は頼む。俺は魔力が無いからな」

「ああ。もちろんだ」

 

 ウォーデンとそんな会話をしていると、御者台に誰かが座った気配がした。

 ラナによると白光騎士団の騎士が御者を担当するらしい。なんでも身元がはっきりしていて、一番信用できるからだとか。


「レイ様。ウォーデン様。出発致します」

「ああ。頼む」


 返答すると馬車が動き出した。




「勇者さまぁぁぁあああ!!!」

「聖女さま!!!」


 城門から外に出ると割れんばかりの声援が聞こえてきた。


「ウォーデン。頼む」

「ああ」


 ウォーデンが頷くと、魔術式に魔力を流し込んでいく。

 するとガコンと天井が開き、床が上昇した。ソファに名残惜しい物を感じながらも俺とウォーデンは立ち上がる。

 そして二人して目の前の光景に絶句した。


「すごいなこれは……」

「……オレもこんなのは初めてだ」


 見渡す限りの人、人、人。

 デートで来た時はあんなに広かった大通りが今や人で埋め尽くされている。

 

「黒の暴虐だ!!!」

「炎槍もいるぞ!」


 俺は引き攣った顔で手を振る。

 この呼び方はどうにかならないものか。本当に勘弁して欲しい。


「これはオレも少し……いやかなり気恥ずかしいな」

「そうだな」

 

 S級冒険者とは言え、これだけの人混みには慣れていないのかウォーデンも苦笑していた。


「カナタ様だ!!!」

「カナタさまぁぁぁ!!!」


 そんな時、カナタに向かって黄色い声援が飛んだ。

 どうやらカナタは女性人気が高いらしい。隣でカノンがむっとしているのが面白かった。


「カノンちゃーん!!!」


 そういうカノンはカナタとは対照的に男性人気が高い。

 野太い声援が数多く聞こえる。これではまるでアイドルだ。いつもの無表情が心なしか引き攣っている様に見える。


 ちなみにサナは勇者なだけあって老若男女全てに人気がある。そしてそれは聖女であるアイリスも同様だ。

 

 しかし民衆が二人に向ける感情は毛色がかなり異なる。サナに向ける感情は魔王を倒した勇者に対する尊敬の意味合いが強いが、アイリスに対しては深い親愛を感じる。

 これはきっと民から慕われるグランゼル王家の人間だからだろう。


 俺はどちらかと言うと若い男、それも冒険者が多い様に思える。一般人とは違い、防具を身に着けて武器を持っているからよく分かる。これは試験で圧倒的な実力を見せたから、憧れているのだろう。


 ウォーデンも俺と似た様な物だ。

 S級冒険者な事も相まって、その声援は殆ど冒険者が上げている。

 勇者パーティに入り、魔王を倒したS級冒険者。

 冒険者にとっては強い憧れの対象なのだろう。


 そんなこんなで俺たちは大通りを進む。

 これから観光名所に立ち寄る予定なのだとか。

 予定を見させてもらったが、ラナとデートで立ち寄った勇者王ラースウェルの像がある広場にも行くらしい。


 とはいえ、俺たち馬車の上から民衆に向かって手を振っていればいい。

 これは凱旋なのだから。堂々としていよう。


「恥ずかしいけど、こういうのも悪くないな」

「そうだな。最高の報酬かもな」

「あまり有名になるつもりはなかったんだけどなぁ」


 しみじみ呟くと、ウォーデンが呆れた様な視線を向けてきた。

 

「……本気で言ってるのか? それなら試験で目立ち過ぎだろ」

「違いない」


 これにはぐうの音もでなかった。




 そして観光名所を巡り、王都の入り口に来た。

 ここから再び大通りを通り、王城に向かう。それで凱旋は終了だ。

 

「……何も起きなかったな」


 民衆に手を振りつつも警戒は続けていた。

 しかし、拍子抜けするほど何も起きなかった。


「油断は禁物だ。こういう気が緩んだ時が一番危ない」

「だな」


 俺は周囲に視線を走らせる。

 随分時間は経っているが今だに民衆の人波が途切れることはない。

 そこで俺はふと引っかかる物を覚えた。


 ……なんだ?


 喉に小骨が刺さった様な小さな違和感。それがなんなのかが分からずに気持ち悪い。


「どうした?」


 ウォーデンが訝しげな視線を向けてくる。


「いや、なにかが引っかかる」

「なにか? オレは特に何も感じないけどな」


 ウォーデンも俺と同じく周囲を見渡すが、特に何かを感じた様子はない。


 ……勘違いか?


 そう思った時、視線を感じた。

 その視線を辿ると、カナタが俺を見ていた。そしてゆっくりと視線を民衆の方へと向ける。


 ……なんだ?


 釣られてカナタの視線を追うと、暗い路地にフードを目深に被った男がいた。その姿はブラスディア伯爵邸で襲ってきた暗殺者を彷彿とさせる。


 フードのせいで目は見えないが、チラリと口元が見えた。

 その男は笑っていなかった。


 真顔だ。

 

 皆が笑顔を浮かべ、俺たち勇者パーティに手を振っている中では凄まじい違和感がする。


「……ウォーデン。どうやら平穏には終わってくれないらしい」


 額に冷や汗が伝う。

 

「ん? どういう――」


 ウォーデンも俺の視線に気付き、その男へと視線を向ける。


 ……どうする? 殺すか?


 俺は腰に差している雪月花に手を掛ける。

 十中八九、ヤツは敵だ。

 だけどもし違ったらと考えると動けない。


 ヤツが無実だったのならば、俺は民を殺す事になる。

 ラナとの未来がある以上、そんなことはできない。

 

 するとその時、フードの男が天高く腕を掲げた。


 ……クソ!

 

 そして――。


 ――パチン。


 と指を鳴らした。

 声援の中では直ぐに掻き消える程に小さな音。


 しかしそれを合図として、王都に爆音が鳴り響いた。

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