死合い
俺はサナの元へと一気に駆け抜けた。
しかし闇が使えない以上、縮地も使えない。その速度は勇者であるサナにとっては特段速くも無いだろう。
想定通り、サナの目は俺を捉えていた。
だけどそれだけだ。
いつもなら聖刀を振るっている所だが、今はそれがない。
だから俺は勢いそのままに雪月花を振るった。
首に向けて放った斬撃。それは正真正銘、命を刈り取る為の刃だ。
いつものサナならば余裕を持って対処できる速度ではある。だが殺す気で放ったその一撃は僅かにサナを萎縮させた。そのせいで少しだけ迎撃が遅れる。
「くぅ……!」
雪月花を聖刀で受けたサナの口から苦悶の声が漏れた。
俺の肉体は鎧武者の肉片を取り込んだ事により、人間という枠を逸脱している。
受けるだけでも凄まじい衝撃がサナの腕に掛かっているはずだ。
そのまま雪月花を振り抜き、サナを吹っ飛ばすこともできる。
だけど俺は敢えて雪月花を引いた。
「ぇ……?」
急に刀を引いたサナが小さく疑問の声を漏らした。
俺はそれを無視して身体を反転。鳩尾に向けて回し蹴りを放つ。
サナは対処できずに、まともに受けた。
「かはっ!」
人の身を逸脱した肉体で放つ蹴撃。それは岩すらも砕く威力を持つ。
サナは身体をくの字に折り曲げ、吹き飛んだ。
そして数回地面を跳ね、第一訓練場を支えている柱に激突する。
しかし流石は勇者と言うべきか。すぐに起きあがろうとしている。
だけど衝撃が凄まじかったのか、身体がフラつき上手くいっていない。
俺はその隙にサナの元へと走り、その心臓目掛けて雪月花を突き出した。
サナの表情に焦り、そして恐怖が宿る。
このまま行けば俺の雪月花はサナの心臓を穿つ。
しかし止めるつもりはない。これは殺し合いだ。
サナもそれがわかっているのか、打開策を探しているのが手に取るようにわかった。
そしてサナは起き上がるのを中断し、左手に魔術式を記述した。
それは小さな魔術式。
おそらくは目眩し程度の魔術だ。
無視しても大した問題にはならない。
……だけど、これが殺し合いなら俺はこうする。
そこに活路があるのならば敵である俺はその手を潰す。
俺は突きを中断。刃を右に倒し、振り抜いた。
「くぅあああああ!!!」
サナの腕が宙を舞い、鮮血が吹き出す。
結果として魔術式は維持されずに霧散した。
そして再び雪月花を振るう。狙うは首だ。
サナは魔術式を記述できないでいる。
慣れない激痛で思考がままならないのだろう。
だからこの斬撃は防げない。
すると一瞬にしてラナが目の前に現れ、俺の雪月花を受け止めた。
「レイ! 終わり!」
「――ああ」
俺は大きく息を吐き、頷いた。
「悪い。治療を頼む」
「くぅぅぅ……」
サナは歯を食いしばり、目に大粒の涙を溜めながら腕を押さえて蹲った。
その手が真っ赤な血で染まっていく。
自分がやったこととは言え、心臓が締め付けられる。
「サナ! もう少し我慢して!」
「ぅ……う……ん」
息も絶え絶えに頷くサナ。
ラナは急いでサナの腕を拾い、切断面をくっつけ、魔術式を記述した。
しかしその表情は優れない。
「アイリスを呼んだ方がいいかも。私だと後遺症が残るかもしれない」
いくらラナでも回復魔術の腕はアイリスに劣る。
そして腕の切断を完治させるのはラナでも難しい。
「わかった。なら呼んでく――」
「あれ? お姉ちゃん?」
呼んでくる、と言おうとしたところで後ろからアイリスの声がした。振り向くと、ソルド団長の横にアイリスが立っている。
急いできたのか二人して肩で息をしていた。
「アイリス。いいところに来た。悪いけどサナを治してくれ」
「え? わ、わかりました」
俺の言葉に首を傾げたアイリスだが、蹲っているサナに気付き、すぐに駆け寄った。
そしてサナが押さえている腕を見ると眉を顰める。
「腕……? これは……」
「俺が斬った。ラナが回復魔術を使ったけど……」
「斬った……?」
アイリスが訝しげに目を細める。しかしすぐに首を振った。
「……後で事情を聞きますからね? まずは回復させます」
どうやらソルド団長からは深く聞いていないらしい。
アイリスがサナの腕全体を覆うほどの魔術式を記述した。魔術式が光を放ち、サナの腕の周りを漂う。
そして光は切断された箇所に集まると、腕の中に入り込んだ。
「これでよし。サナ。どうですか? 痛みはありますか?」
サナが腕や手を動かして感触を確認する。
「大丈夫みたい。ありがとうアイリス」
どうやら何も問題ないみたいだ。
表情を見る感じ、痛みも無さそうで流石聖女としか言いようがない。
「いえいえ。それでレイさん」
アイリスが訝しげな視線を向けてきた。
何も聞いてないのであれば、その視線も仕方ない。
「何があったんですか?」
「ああ。ちゃんと説明するよ」
俺はアイリスにもラナにした説明を行った。
するとアイリスは複雑そうな表情を浮かべた。納得は出来ないが、必要なことだとは理解している。そんな表情だ。
「わかりました。お二人がやると決めたのなら、私からは何も言いません。……ですが、これから同じ事をする時は必ず私とお姉ちゃんがいる時にしてください」
「でも二人とも忙しいだろ?」
二人は凱旋祭の準備や王族の公務で忙しい。
今だって邪魔している状況だ。なのに毎回呼ぶのは申し訳なさすぎる。
そう思ったのだが、ラナはこれ見よがしにため息を吐いた。
「忙しいけど万が一があったら怪我じゃ済まないからね。レイを止められるのは私かカナタぐらいしか居ないし。それにアイリスの代わりになる人間はいないから」
「お姉ちゃんの言う通りです。……だから約束してください」
そう言われたら頷くしかない。
サナが強さを求める以上、これは必要なことだ。二人に甘えるしかないだろう。
「そう言う事ならわかった。約束するよ。ラナとアイリス。二人が揃ってない時はやらない。サナもそれでいいな?」
「うん。私は付き合わせちゃう側だから。二人ともありがとね」
「大丈夫だよ。必要なことだって事はわかってるから。それで……今日はまだやる?」
ラナが聞いてきたが俺は首を振った。
「いや今日はもうやらない。精神的にキツいはずだから」
痛みは消えているとはいえ、摩耗した精神はそう簡単に治らない。無理をすれば事故が起きてしまう可能性も上がる。
「わかった。なら私は戻るね」
「ああ。ありがとなラナ。アイリスも」
「はい。では私もこれで」
去っていく二人を見送り、俺はサナに視線を向けた。
「大丈夫か?」
「うん。でもキツいね」
サナはくっついたばかりの腕を見ながら呟く。
「あんなに身体が動かないなんて思わなかったよ。魔物なら大丈夫だったんだけどなぁ」
「まあこればっかりは慣れるしかないな。でも続ければ変わるぞ」
「そりゃそうだろうね」
サナは苦笑を浮かべる。
「でもレイがなんで強いのかわかったよ。こんなのをずっとやってたんだね」
「一日中な。……あの時は爺の事、いつかぶっ殺してやるって思ってたよ」
「レイが師匠って呼ばない理由はそれか」
「それだ。感謝はしてるけどな」
感情的な問題だ。
爺には感謝しているが、やり方が酷過ぎた。
今だに思い出すと腹が立ってくる。
そんなことを話しているとソルド団長が近付いてきた。
「占領しちゃって申し訳ない。ソルド団長」
白光騎士団は俺とサナが第一訓練場を占領していたせいで今日は一日中見学だった。
迷惑な事この上ない。
しかしソルド団長は首を振る。
「いえいえ。とても有意義なものが見れました」
「そう言っていただけるとありがたい。でもサナ。明日からやる時は至純殿に来てくれ」
流石に連日占領するわけにはいかない。
白光騎士団はグランゼル王国の精鋭だ。そんな彼らの邪魔をするのは国益を損ねる行為になってしまう。
「……至純殿?」
「王族専用の訓練場だ。場所はラナから聞いてくれ」
「わかった」
「じゃあ俺もこれで」
「うん。ありがとねレイ。そして明日からもよろしく」
「ああ。よろしく」
俺は頷き、第一訓練場を後にした。




