模擬戦
「いくよ――!」
サナが縮地を使って迫ってくる。
以前とは比べ物にならない速度。一瞬にして俺の目の前に現れた。
……こりゃ騎士たちには荷が重いな。
この速度について行くのは、精鋭である白光騎士でも厳しいだろう。おそらく、まともにサナの相手をできるのはソルド団長ぐらいだ。
サナもここ数日でかなり成長しているらしい。
……下段からの斬り上げ。それと……魔術か?
目の前に現れたサナは下段に木剣を構えていた。
しかし持ち手が見えない。身体を巧く使い、意図的に隠している。
両手で握っているのか、はたまた左手で魔術でも用意しているのか。
どちらにしろ何かあると思ったほうがいいだろう。
……迎撃は……ないな。
即座にそう判断した。
俺は今、闇を使えない。それでも人間離れした身体能力を持つが、流石に勇者であるサナには劣るだろう。
迎撃したところでジリ貧だ。
……なら。
俺はあえて一歩踏み込んだ。
密着と言っていいほどの距離。ここまでの至近距離になると剣の間合いではない。
俺は木剣を振るうことができなくなった。しかしそれはサナも同じだ。
サナは大きく目を見開きながらも即座に後退、隠していた左手をこちらに向けてくる。
そこには俺の予想通り魔術式が記述されていた。
……良い判断だ。だけど遅い。
俺は木剣を頭上に放りなげ、サナの左腕を絡めとる。そのまま背負い投げの要領で投げ飛ばした。
「うぇ!?!?」
サナが奇怪な声を出しながらも受け身を取る。
そして即座に身体を起こそうとしたが、俺は落ちてきた木剣を掴みサナの首元に突き付けた。
サナは不服そうに頬を膨らませながらも両手を挙げる。
「……降参」
一瞬の決着。
見守っていた騎士たちが呆気に取られ、訓練場は静寂に包まれた。
「お見事でした」
そんな中、いち早く我に返ったソルド団長が拍手をする。
すると騎士たちも現状を理解し、打って変わって大歓声が上がった。
「うおおおお! すげぇ!!! 勇者様に勝っちまったよ!」
「なにしたんだ!? 今の見えたか!?」
「流石は黒の暴虐だ!!!」
……黒の暴虐は勘弁してくれ。
内心でそう思いながらも木剣を脇に抱え、サナに手を差し出す。
「ほら」
「……すごく悔しい」
文句を言いながらもサナは俺の手を取り、起き上がった。そして聞いてくる。
「どこが悪かった?」
「悪くはないぞ?」
俺は即答した。
以前よりも速度は上がっていたし、魔術式を隠していたのも評価できる。
俺が距離を詰めた時も、流れるように次の手を打ってきた。レスティナに来たばかりのサナにはできなかっただろう。
それだけでもサナの成長が窺える。
今の一戦だけで判断するのは早計だと思うが、悪い所はなかったように感じた。
しかしサナは納得していなさそうな顔だ。
「本当に? お世辞なら要らないよ?」
「お世辞でもなんでもなく事実だよ。だけど、強いて言うなら戦闘経験が足りてないって感じかな」
「戦闘経験?」
サナが首を傾げる。だから俺は頷いた。
「ああ。俺が距離を詰めた時、サナは驚いてたよな?」
俺が距離を詰めた時、サナは大きく目を見開いていた。
それは俺の行動が想定外だったことを意味する。
「……うん」
「立て直しは見事だったけど、あれが想定内だったらもっと早く次の手を打てたはずだ」
「確かにそうだね」
「戦闘経験を積んで行けば想定内が増える。実際にサナは今、俺との戦闘でそれを知った。次は対処できるな?」
サナは口元に手を当てると思考を巡らせる。
やがてしっかりと頷いた。
「……できる」
「なら、もう一度やろうか。ソルド団長! いいか?」
「もちろんです。ご存分に」
「助かる」
あまり長居するつもりは無かったが、おそらくサナは近い内に伸び悩む。
それはサナの相手をできる強者が居なくなるからだ。
ならば早くから格上との戦闘経験を積んでおくべきだろう。
「うん。ありがとレイ」
そうして俺とサナは再び向かい合った。
「いつでも良いぞ」
「いくよ!」
それから数時間後、サナは肩で息をしながら地面で大の字になっていた。
対する俺は少し汗をかいた程度だ。
「レイ……! 強すぎ……!」
「柔な鍛え方はしてないんでな」
木剣を担ぎつつニヤリと笑う。するとサナはあからさまに顔を顰めた。しかしすぐに真面目な顔つきになると身体を起こす。
「レイはどうやってそんなに強くなったの?」
「……どうやってか。……色々あったんだよ」
俺は遠い目をして言った。
「それ聞いても良いやつ?」
「別に聞いても面白くねぇぞ? 爺……師匠とひたすら戦ったんだ」
「戦った?」
「戦ったってより……あれは殺し合いか」
過去に思いを馳せる。
壮絶な記憶だ。きっと、ラナを救い出すという大事な目的が無ければ諦めていただろう。
それ程までに爺はスパルタだった。
時に「こうした方がいい」、「そこが悪い」などの指摘は受けた。しかしそんなものは必要最低限。ただひたすらに爺は俺を殺しに来た。
雨の日も雪の日も、雷が降ろうとお構いなし。
爺は全力ではなかったのだろう。しかし本気ではあった。本気で殺し合いに明け暮れた。
「殺し合い……?」
「そう殺し合い。気を抜けば死ぬ。それほどまでに極限の戦いを毎日、朝から晩まで。いやでも戦闘経験を積めるよ」
俺は苦笑しつつ頷く。
しかしサナは笑っていなかった。心底真面目な顔つきで俺を見ている。
そして信じられないことを口にした。
「……レイ。それ、私にもできる?」
「……正気か?」
そうは言ったが、サナの目を見て俺は察していた。
冗談を言う時の目ではない。
しかしてサナは頷く。
「うん」
だから俺はサナの前に座り、視線を合わせる。
「サナ。キミはどうして強さを求める?」




