修練
翌日、俺は朝というには少し遅い時間に目を覚ました。
寝室を出ると、ラナの姿は既になかった。凱旋祭の準備に奔走しているのだろう。
ラナは公務があると言っていたので、一日中仕事だろう。
できる事なら手伝いたいが、国の運営なんて俺にはさっぱりだ。そして闇を封じられた俺では護衛の意味もない。
だから仕事は特にない。
なので至純殿に向かおうとしたら、外から剣の打ち合う音が聞こえてきた。
窓辺まで近寄ると、今日も今日とてサナが木剣を振るっていた。
相手にしている騎士たちが次々と倒されていく。いくら精鋭である白光騎士と言えど、勇者であるサナの前では見劣りする。
……良い機会か。
昨日は一日中、刀を振るっていたが何も掴むことができなかった。
これまでどれだけ闇に依存していたのかが浮き彫りになった形だ。だから今日は気分転換に対人戦でもしようと俺は部屋を後にした。
「あれレイ? どうしたの?」
第一訓練場に着くと、サナがいち早く俺に気付いた。
「いや、俺も身体を動かそうと思って。……混ざっていいです……いいか?」
側で騎士たちを見守っていたソルド団長に聞く。
いつも通り敬語が出かけたが同じ団長なので使うなとラナに言われているのですぐに訂正した。
そんな俺にソルド団長は苦笑を浮かべると頷いた。
「もちろん構いませんよ。レイ様ならば騎士たちのいい刺激になります」
ソルド団長は初め、俺やカナタを警戒していた。
城ですれ違っても会釈をする程度。これと言った会話は無かった。
しかしラナを救い出した事で、その態度は随分と軟化している。
「ソルド団長。俺と貴方は同じ団長なんだ。敬語はやめてくれ」
ソルド団長は精鋭を束ねる白光騎士団の団長だ。お飾りの団長である俺とは違い、歴とした団長である。
そんなソルド団長に敬語を使われるのは、なんともむず痒い。
しかしソルド団長は肩をすくめて首を振った。
「出来ませんよ。同じ団長といえど、レイ様は我らがいずれお仕えする事になるお方です。なにせラナ様の伴侶となるお方ですから」
「はん――!?」
サナが顔を真っ赤に染めて驚きを露わにする。
そんなサナを俺は無視した。
「でも今は一介の騎士だ」
「え!? 否定しないの!?」
「するわけないだろ……。サナ。少し黙っててくれ」
「あっ……。そっか」
自分がおかしなことを言ったと気付いたサナは口元に手を当てて一歩下がる。
すると俺たちのやりとりにソルド団長が笑みを浮かべた。
「仲がよろしいのですね。……ですがどうかご容赦を」
ソルド団長が胸に手を当てて礼を執る。どうやら譲る気はないらしい。
だから俺も渋々頷いた。
「……わかった。……今は模擬戦か?」
訓練場を見渡すと純白の鎧を纏った騎士たちが一対一で木剣を打ち合わせてた。
いくら第一訓練場が広くても人数が人数だ。まさに乱戦と呼ぶべき様相を呈していた。しかしそんな中でも白光騎士たちはお互いぶつかることもなく、ひたすら相手に対して木剣を振るっている。
さすがの練度と言わざるを得ない。
ソルド団長は頷いた。
「このあとはずっと模擬戦の予定です」
「なら混ざらせてもらう」
俺は壁際に備え付けられている木剣を手に取った。
するとサナが手を挙げる。
「じゃあレイの相手は私がやるよ!」
「サナ様とレイ様の戦いですか…… 。これは見逃せないですね。皆! 一度手を止めよ! お二人の戦いを見学するように」
「「「ハッ!」」」
ソルド団長の号令で騎士たちが一斉に木剣を収め、端に寄った。
「いいのか?」
「ええ。見るだけでも価値のある戦いです」
「そういうことなら……ありがとうソルド団長。サナやろうか」
「うん!」
俺とサナは訓練場の中央まで歩を進める。
そして少し距離を空けてから相対した。
俺は二度三度と木剣を振り身体の具合を確かめる。
……体調は問題なし。でも軽いな。
無論、木剣の重さだ。
新たな愛刀、雪月花と比べるとだいぶ軽い。しかし言っても栓のないことだ。
……まあいいか。
一度大きく息を吐き、木剣を構える。
「サナ。オールで」
「え? ……いいの? 魔術も含まれるよねそれ?」
全て。
それは幼い頃、カナタの家の剣術道場に通っていた時に俺たち三人で決めたルールだ。
普通の剣術のみならず、己が持てる全てを用いて勝利を掴む。
俺とカナタが喧嘩をした時に出来たルールでもある。
しかしサナは困惑顔だ。
俺が闇を使えないのを知っているので、無理はないだろう。
だけど俺はしっかりと頷いた。
「ああ。問題ない」
「では、結界を張りましょう。――頼む!」
俺たちの言葉を理解したソルド団長が自らと数名の騎士たちで結界を張る。
第一訓練場に透明な結界が生み出された。
なかなかの強度だ。よっぽどのことがない限り壊れることはないだろう。
「後悔しても知らないよ?」
サナは甘く見られているとでも思ったのか不満顔だ。
しかしそんなサナに俺は不敵に微笑んだ。
「させてみろよ」
開始の合図はない。
戦いはすでに始まっている。




