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至純殿

「おかえりレイ。遅かったね」

「おかえりなさい。レイさん」


 部屋に戻るとラナが執務机に向かっていた。その隣にはアイリスが立っている。そして二人の目の前には書類の束が山を作っていた。

 

「ただいま。アイリスも一緒なのか」

「はい。 新年祭と凱旋祭の件でやることが山積みなので……」


 アイリスが疲れたように苦笑を浮かべた。

 

「ご苦労様。俺に何か手伝えることがあったら言ってくれ」

「ありがとうございます。力仕事が必要になったらいっぱい頼らせていただきますね」

「その時はカナタとサナも巻き込んで手伝うよ」

「それは心強いです」

「ありがとねレイ。……でも、こうも忙しいと帰ってきたって感じがするなぁ」


 ラナは書類にサインをしながらも、しみじみと呟いた。


「前から忙しかったのか?」

「お姉ちゃんはお父様の仕事の手伝いもしていましたので」

「第一王女だからね。色々教わりながらやってたんだ」

「王族の仕事か。一般市民の俺には想像もつかないな」

「まあでもグランゼル王国は貴族たちが優秀だから他国よりは楽だと思うよ?」

「私が聖女として勇者パーティに同行できたのも支えてくれた貴族たちのおかげです」


 確かに、言われてみるとその通りだ

 アイリスはこの間までたった一人の王族だった。そんな存在が国を離れるなんて事、普通はできないはずだ。

 すこしでも不穏分子が存在する国ならば、その隙に()()()をされてもおかしくはない。

 しかしグランゼル王国にはそれが一切ない。凄まじい忠誠心だ。


「すごいな」


 その一言では表せないぐらいすごい事だと俺は思った。

 それはきっとグランゼル王家が代々築いてきた信用の賜物なのだろう。

 

「本当にありがたい限りです」

「だね。……それでレイが遅かったのはカナタとカノンの事?」


 あまり言いふらすのも良くはないが、ラナの口振りだと確信があるのだろう。

 だから俺は曖昧に頷いた。


「ああ……まあな」

「あれは完全に()()ですもんね」


 アイリスも苦笑を浮かべている。

 

「だけどこればっかりは本人たちの問題だからなぁ」

「そうだね。私たちは見守ることにしよう」

「だな。良い結果になると良いが……」

「本当ですね」


 三人で何とも曖昧な表情を浮かべる。

 するとラナが空気を切り替えるように咳払いをした。

 

「それでレイ。今日は何をするの?」

「そうだ。二人に聞きたいんだけど、城でひとりになれてそこそこ広い訓練場みたいなところってあるか?」

「……レイ? 忘れてない? 自分が狙われてること」


 ラナが咎めるような視線を向けてくる。

 枯死の翠は俺を殺そうとした。だからきっと眷属の狙いも俺だ。きっとレニウスが俺を指して言った()()という言葉と関係があるのだろう。

 

「……うっ。すまん。でも一人がいいんだ。極限まで集中したいから」

「……それは必要なことなんだよね?」

「ああ」


 俺は頷く。

 やはり人が居るのと、居ないのとでは集中力が段違いに変わる。一刻も強くならなければならない以上、最高の環境で修練を積みたい。

 

 するとラナは仕方ないとばかりにため息をついた。

 

「……わかった。でも誰か一人は外に待機させておくね。それだけは許して?」

「もちろんだ。悪いな。迷惑かけて」

「ううん。迷惑なんかじゃないよ。ただ心配なだけ。……すぐにやる?」

「すぐならありがたいな」

「なら……」


 ラナが手元にあったハンドベルを鳴らす。すると扉が開き、メイドが入ってきた。


「お呼びでしょうか? ラナ様」

「ええ。レイを至純殿に案内してくれる?」

「畏まりました。ではレイ様。こちらへ」

「ありがとなラナ。このお礼はいずれするよ」

「お礼なんて言葉だけで十分だよ」

「それでもだよ。じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」


 ラナとアイリスに見送られて、部屋を後にする。

 そうしてメイドに案内されること数分。たどり着いたのは巨大な扉の前だった。


「こちらが王族専用の訓練場、至純殿(しじゅんでん)になります」


 メイドが扉を開け、中へ入る。

 そこは石畳が敷かれた巨大な空間だった。

 無駄なものは一切無い。ただ修練を行うためだけにある空間という印象を受ける。

 

「では私はこれで失礼致します。外に待機しておりますので何かあればお呼びください」

「ありがとうございます」


 メイドが丁寧に頭を下げ、退出する。

 扉が閉まり、訓練場には俺一人となった。至純殿には窓が無く、光源は天井に備え付けられている魔導具のみだ。

 よって、外から見られることもない。


「さっそく始めるか」


 俺は部屋の中心まで行き、愛刀である雪月花を抜き放った。そして上段に構える。


「ふぅー」


 俺は大きく息を吐き出し、目を閉じた。

 雑念を排除し、意識を新たな愛刀、雪月花へと向ける。


 イメージするのは魔王に放った最後の一刀。

 

 おそらくあれは偽剣、斬とは似て非なる物だ。

 

 己から世界や認識すらを削ぎ落とし、残った唯一の宿願(ねがい)。あの時、俺は刀であり、刀は俺だった。

 魔王を斬る。ただそれだけの為に放った一刀だ。


 ……思い出せ。


 一度は己が身で放った一刀だ。

 ならば放てない道理はない。


 俺は意識を研ぎ澄ませ、集中力を高めていく。

 やがて身体と刀の境界が曖昧になるような感覚に陥った。

 だがこんなものじゃ足りない。余計なものが多い。まだ削ぎ落とせる。

 削いで、削いで、削いで削いで削いで。

 

 ただひたすらに斬る。


 俺は目を開き、雪月花を振り下ろした。

 急速に世界に色が戻り、空気が断ち切られる。

 額から汗が吹き出し、肺が空気を求めて喘ぐ。


 しかしそれは納得のいくものでは無かった。


「……もう一回」


 俺はそう呟くと、もう一度雪月花を上段に構えた。

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