最果てにて
東の大国、ガルドジス帝国。
そのさらに東には最果てがある。
東部最果て【無間樹界】。
見上げるほどに巨大な木々が太陽光を遮り、昼夜問わず暗い不気味な森だ。
出現する魔物は主に植物系。その全てがS級である。
帝国でも限られた実力者しか入る事を許されておらず、その実力者ですら帰ってくる事が殆どない魔の森だ。
そんな【無間樹界】に二つの人影があった。
一人は黒髪に魔術師然としたローブを纏った男。特徴的なのは顔に付けた仮面だ。その男の名前をエトと言う。
そしてエトの前方を歩くのは和装に似た黒い服を纏った長身の男だ。
腰まで届くほどの黒い長髪。そして冷徹さを感じさせる黄金の瞳。その瞳孔は龍眼のように縦に裂けていた。
そんな二人は最新部へと向かって【無間樹界】を進んでいく。
既にだいぶ深い場所にいる彼らだが、身体はおろか服にすら傷が付いていない。
その事実が二人の実力を表している。
「……む?」
そんな男は眉を顰めると唐突に足を止めた。
そして木々に阻まれた空へと視線を向ける。エトも釣られて上を見たが、そこには背の高い木々があるのみだった。
「アルスター? どうかしたか?」
「……ああ。……鬱陶しいやつがくるぞ」
黒髪の男、龍王アルスターが呟くと同時、目の前に光の柱が突き立った。
光が巨樹を呑み込み、崩壊させていく。
「やあ。久しいね。アルスター」
光の柱から姿を現したのは金糸のような長髪に純白の法衣を纏った男。守護天使レニウスだった。
そんなレニウスはアルスターを一瞥した後、エトに視線を向ける。
「それと……今はなんて名乗っているんだい?」
「エトだ」
「そうか。エトも久しいね。何年振りかな? マヒロの封印を組んだ時だから四年ぐら――」
「――何の用だレニウス」
レニウスの言葉を遮り、アルスターが低い声で呟く。
もしこの場に一般人がいたら、それだけで気絶してしまいそうなほどに剣呑な声。
しかしレニウスは眉を顰め、肩をすくめただけだった。
「何の用もないだろう……」
「あれぐらいで文句を言うな」
「あれぐらいって……。黒だっただろう?」
龍之雫・黒。それはアルスターが真体で放つ龍之息吹の中でも最強の威力を誇る技だ。
それを放っておきながらあれぐらいと宣うアルスターにレニウスは大きく溜息を吐いた。
しかし何を言っても意味はない。
かれこれ数千年の付き合いだ。
レニウスはそれをよくわかっていた。
「……まあいいよ。それで? 殺せたのかい?」
「……手応えはあった。……だが殺せてはいない」
アルスターは不機嫌そうに眉を顰める。
「やっぱりか。翠は特にしぶといからね」
「……言いたい事はそれだけか? ならば早く帰れ。貴様の相手をしている暇はない」
「私もそこまで暇ではないよ。だけど共有しておかなければならないことがある。……やっと見つけたよ」
レニウスの言葉に、アルスターは大きく目を見開いた。
「……本当か?」
「嘘をついてどうするんだ」
「それもそうだな。だが、こちら側とは予想外だ。アレは地球でしか生まれないはず……」
「いやあちら側だよ。勇者召喚を利用したらしい。十中八九、ライゼスの差金だ。本人は知らなかったようだけれどね」
「そうか……。よく生き残ったものだな。それとも受けていないのか?」
「いや……受けている。白の因子を取り込んでいた」
レニウスの言葉にアルスターが深い笑みを浮かべた。
「……面白い。それほどの器か。……それで、そいつは強いのか?」
「今はまだ。だけど、いつかは私たちと並ぶ。既に片足は突っ込んでいる状態だ」
「それもライゼスの計画か?」
「わからない。私と遭遇するのも計画の内なのか、ここでこうしてキミと話しているのもそうなのか、そうでないのか」
レニウスの知る悪魔王ライゼスとはそういう男だ。
同じ魔法使いであっても思考が読めない。どこまでが計算でどこまでが計算ではないのか。味方としても非常に厄介な男だ。
それをアルスターもわかってる。
「……まあいい。……名は?」
「柊木レイ」
レニウスが発した名前にエトが小さく反応した。それを見逃す魔法使いではない。
「やっぱりか。……このままでいいのかい?」
「……ああ。問題ない」
「キミがいいならいいけど。……だけど覚悟しておくといい」
「覚悟……?」
「今はレイの中にマヒロが封じられている。そして見たところレイと星剣適合者は恋仲だ」
「………………本当か?」
「ああ。……この目で見た」
「……」
エトは言葉を失った。
それほどエトにとってこの情報は寝耳に水だった。
前勇者マヒロを封印できたことにも驚きだが、レイとラナの関係にもだ。
……これも報いか。
エトは大きく息を吐き出すと空を見上げた。
しかしレニウスが崩壊させた巨樹は既に再生しており、空は見えない。
辺りは暗く、陰鬱な空気が漂っていた。まるでエトの心の中を示しているかのように。
「……死ぬ気かい?」
「……レイと王女がそれを望むのなら、私は受けなければならない」
「……そうか。……キミは戦力になるからあまり失いたくはないけど、仕方ないね」
レニウスは曖昧な笑みを浮かべた。
こればかりは運が悪かったとしか言いようがない。故に魔法使いでもどうしようもなかった。
「話は終わったか?」
「ああ。私の話はこれだけだ。アルスターはこの先の迷宮を潰すのかい?」
「どこかの天使のせいで発見が遅れたからな。星核に届きつつある。急がなければならない」
「……それは悪かったよ。さすがに最果ての迷宮は星核に近付かないとわからないからね」
「……ふん」
アルスターは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、レニウスの脇を抜けて再び【無間樹界】を進み始めた。
「さて、どうなることやら」
レニウスの呟いた言葉は誰に届くでもなく消えていく。
数千年間止まっていた歯車が動き出した。
そんな実感をレニウスは感じていた。
ご覧いただきありがとうございました!
これで二章は最終話となります!
魔法使いとの邂逅から日常編までどうでしたか?
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面白いと思っていただければ嬉しい限りです!
続く三章は鋭意執筆中です!
1月27日から開始します!
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