報酬
「カナタ様! カノンさま! お待ちしておりました!」
ギルドに入るなりいつもの受付嬢が笑顔で声を掛けてきた。異変のせいであまり眠れていないのか目の隈は健在だ。しかし初めて会った時よりも元気になったようにカナタは思った。
「こちらへどうぞ!」
案内されるままに今朝と同じ応接室に案内される。
「お掛けください」
同じようカナタはカノンと並んで座った。受付嬢も対面に座る。
「それで報酬の件って聞いたんですけど、なんの報酬ですか?」
来たはいいものの、何に対しての報酬なのかをよくわかっていなかった。
なにせ救出はカナタとカノンの独断だ。困っている人が居たから助けただけ。ギルドを通した正式な依頼ではない。
よってそれに対して報酬は出ない筈だ。となると心当たりがない。
「名目としては調査報酬ですね。貴重な情報を持ち帰って頂いたので」
「ああ。そういうことですか」
ならば納得だ、とカナタは頷いた。
と言っても調査依頼も受けていないので、ギルドが融通を利かせてくれたのは間違いない。
「はい。それがこちらになります」
受付嬢が傍に置いてあった重たそうな皮袋を取り出して机の上に置く。それも二つ。少し開いた口からは大量の金貨が見えていた。
「……なんか多くないですか?」
「適正ですよ。出現した魔物が魔物ですからね」
過剰だと思ったカナタだったが、受付嬢はあっけらかんと答えた。カノンにも動じた様子はなく、いつもの無表情だ。
「これで適正なのか……。わかりました。なら貰っておきます。ほらカノン」
カナタは皮袋の一つをカノンの前に置く。するとカノンはすかさず、カナタの前へと戻した。
「……これはカナタが受け取って。……今回は私のわがままに付き合わせちゃったから」
しかしそれを素直に受け取るほどカナタは腐っていない。
「それはダメだ。これは二人で協力して成し遂げた結果への正当な報酬だ。だから二人で分けるべきだ」
カナタは皮袋をカノンに返す。
しかしカノンはすかさずカナタに返した。
「…………話聞いてたか?」
「……わたしは触媒が得られただけで充分」
カノンは諦める様子がない。しかしこればっかりはカナタも譲れなかった。
無言で金を押し付け合う光景に受付嬢は苦笑する。
「ではこうしてはいかがでしょう。カナタ様はお金を受け取る代わりにカノン様のお願いを聞く……というのは?」
「……ん。……それでいい」
カノンは食い気味に頷いた。
「……はぁ。まあ俺に聞ける範囲ならそれでいい」
ここで拒否してしまえばまた押し問答になると思ったカナタは渋々お金を受け取る事にした。
「それでお願いってのは?」
「……ご飯」
「ご飯?」
「……これから夜ご飯たべにいこ?」
「そんなことでいいのか?」
カナタの言葉にカノンはムッと頬を膨らませた。
「……そんなことじゃない」
「まあカノンがそれでいいならいいけど。ただし条件がある」
「……条件?」
「流石に俺に奢らせてくれ。それが条件だ」
「……わかった。……きまり」
「纏まったようですね。では改めて。この度はありがとうございました」
受付嬢は立ち上がると丁寧に頭を下げた。
「カナタ様! カノン様!」
応接室から出るとギルドに併設されている酒場に「遥かな空」の面々が居た。来たばかりなのか、卓上に料理はない。
その中から声を掛けてきたのはクライストンだ。
失った筈の左腕には金属で作られた義手が装着されている。
「クライストンか。その腕は?」
「魔導義手です。お二人から譲って頂いた素材を換金したお金で購入できました」
クライストンが義手を動かして見せた。
その動きは非常に滑らかで生身の腕と比べても遜色のない程だ。
「感覚とかはあるのか?」
地球にある魔導義手の性能は値段によって様々だ。
安価な物だとただ動くだけだが、値段が上がるにつれて動きが滑らかになったり、感覚を再現したりする。
最上級の物となると生身の腕と変わらないほどだ、
見たところクライストンの魔導義手は高性能。だからカナタは感覚がどうなっているのかが気になった。
「慣れれば生身の腕と変わらなくなるそうです。今でも日常生活なら難なく行えます」
「それはよかったな」
「お二人のお陰で冒険者を続ける事が出来そうです」
「……続けるんだな」
あれだけの経験したのに続けるという選択ができるのは並大抵のことではない。
カナタは素直に凄いと思った。
「ええ。救援に来たのがお二人じゃなければ、続けられなかったかもしれません。ですが、あれだけの戦いを見せられて辞めるなんて選択肢はありませんでした。俺も人を救えるように強くなります」
「そうか。応援してるよ」
「ありがとうございます!」
「それで……俺たちに何か用でもあったか?」
「そうでした! メリッサからお二人が来ると聞いたので待っていたんです」
「……メリッサ?」
「あれ? メリッサ? 名乗ってないの?」
二人の後ろで話を聞いていた受付嬢が「しまった」という表情をしていた。
カナタとカノンが振り返る。
「すみません。名乗った物とばかり……。改めまして冒険者ギルド迷宮管理局、ネッサ支部のメリッサ・ガーモナと言います。よろしくお願いします!」
受付嬢、改めメリッサが頭を下げたので、カナタも頭を下げる。
「よろしくお願いします。まあゴタゴタしてましたからね。俺も聞いてなかったのが悪かったです」
「いえいえ、完全に私のミスです。受付嬢が名乗らないなんて……」
メリッサは割とショックだったのか肩を落としていた。そんな様子にカナタは苦笑しつつ、クライストンに向き直る。
「それでクライストンはなんで俺たちを待ってたんだ?」
「見ての通りこの魔導義手は最高級の物です。しかしそれでもお金が余ったんです。なのでお二人と食事でもと。もともとお二人のお金になる筈だった物ですので」
「別に気にしないでいいんだがな。……でも――」
カナタはチラとカノンを見た。あいにくと今日は先客がいる。
しかし、その先客が食い気味に頷いた。
「……ぜひ」
カノンにとって二人でご飯に行ければ、それはいつでもよかった。
それよりもここでご飯を食べて、改めてディナーに誘えばカナタと二回ご飯に行ける。カノンは回数を取ったのだ。
そんなことを知らないクライストンはあまりの勢いに驚いていた。
「え、ええ。わかりました」
「いいのか? カノン」
「……ん」
「なら二人でご飯はまた今度だな」
その言葉にカノンは内心で小さくガッツポーズをした。
「ではどこか移動しますか? 何か好みとかがあれば……」
「カノンは何かあるか? 俺は一度ギルドの酒場で食ってみたいと思ってたからここでもいいけど」
「……わたしもここでいい」
「そういうことならここで。……メリッサも一緒にどうだ? 俺たちの為にずいぶんうごいてくれたって聞いたからよければなんだけど」
「私はまだ仕事が……」
メリッサが受付をチラとみるとガタイのいい男がサムズアップをしていた。
「マスターはああ言ってる……やってるけど?」
どうやらギルドマスターだったらしい。
マスターがそういうのならばメリッサに否やはなかった。
「ではお邪魔します」
カナタとカノン、そしてメリッサが席に着く。
合計八人と数は多かったが、異変のせいでギルドは貸切状態だったので邪魔になることはない。
手早く注文を済ませると、まずは飲み物が運ばれてくる。
レスティナの一般的な成人は十五歳らしく、「遥かな空」の面々は全員酒を頼んでいた。メリッサも当然酒である。
カノンも幼く見えるが、一応は成人しているので酒だ。しかしカナタは律儀なことに果実水だった。
みんながグラスやジョッキを掲げる。そしてカナタを見た。
「え? 俺がなんかやるのか?」
「……当然。……今回はカナタが功労者だから」
「なら……コホン」
一度カナタは咳払いをし、グラスを高く掲げた。
「あまりうまいことは言えないが、みんなが無事でよかった! 乾杯!」
「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」
みんなでグラスやジョッキを打ちつけ合う。
こうしてカナタとカノンの触媒探しの冒険は無事に終わった。
これにてカナタとカノンの冒険は終了です!
お楽しみいただけましたか?
楽しんでいただけていたら嬉しく思います。
次の話で2章は最後になります。
なので明日更新します!




