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気持ち

 カノンがシャワールームから出るとカナタはぐっすりと眠っていた。カノンが近づいても起きる様子はない。

 まさに疲労困憊。限界だったのだろうとカノンは思った。


 異変の起きたA級迷宮での強行軍。

 前衛であるカナタへの負担は計り知れないものだったはずだ。肉体的にも精神的にも自分よりカナタの方が疲れている。カノンはそれをよくわかっていた。


「……ありがとねカナタ。……協力してくれて」


 カノンはカナタの頬に手を触れる。

 普段の無表情とは違い、その目は優しく細められていた。きっと他の仲間が見ればこんな表情もできるのかと驚いた事だろう。


「……感謝してもしきれないね」


 今回カナタには熱砂迷宮に来る利点はなかった。

 約束とはいえ触媒の確保はカノンの用事だし「遥かな空」を救い出すこともまた、カノンのわがままだ。

 しかし、カナタは嫌な顔一つせずに協力してくれた。その事実にカノンは胸が温かくなる。


 アストランデの一族は感情の起伏が少ない。

 それは負の感情が高まれば無意識に人を呪ってしまうという呪属性の性質(ゆえ)だ。カノンも例外ではない。

 だというのにこの感情は日毎に熱く、大きくなるばかりだった。


 ……こんなのはじめて。


 カノンを胸の中心に両手を当てた。胸に灯った暖かい感情を大切に抱きしめるように。


 カノンはこの感情が何なのかを知っている。

 自分とは縁遠いものだと思っていた。しかしそれ以外には考えられないのも事実。数多くの書物を読んできたカノンの知識はその答えを否定できなかった。

 つまりは――。


 ――恋だ。


 自分が経験するなんて露ほども思っていなかった。

 初めて()()だと認識したのはいつだっただろう。

 正確にはわからない。

 気付いたらこの感情が胸の中心にあった。しかし、きっかけはよく覚えている。


 奈落の森でカナタに命を救われた時だ。

 戦力アップの為にヒュドラの心臓を取っていた時、枯れ木に襲われた。

 今思えば枯れ木は魔法使いが枯死の翠と呼んだバケモノの一部だったのだろう。配下か、はたまた分体かは不明だがあれだけの強さがあったのには頷ける。


 あの時、カナタが近くにいなければカノンは死んでいた。


 ……我ながら単純。


 命を救われて恋に落ちるのなんて物語の中だけだと思っていた。


 ……でも今までわたしを救える人なんていなかった。……だから仕方ない。


 カノンは心の中で一人言い訳をする。

 単純だと思いながら、単純だと思われるのはいやだった。

 

 だけどそれからだ。カノンは気付けばカナタを視線で追っていた。


 でもその思いを口に出すつもりはない。

 カノン自身、どうしたらいいのか分からなかった。


 なにせ初恋だ。

 ずっと近くにいたいと思う。だけど気持ちを伝えて拒絶されるのが怖かった。

 そしてカノンは拒絶される可能性が高いと思っている。


 ……だってカナタは異世界人だから。


 そんなカナタの目的はレイの手助けだ。そしてその目的は既に達成している。つまりはレスティナに留まる理由がない。


 ……帰っちゃうのかな?


 カナタがどういうつもりなのかはわからない。それを聞くのも怖かった。

 だけどもし帰るのならばこの恋心は受け入れられないだろう。

 

 ……それに、もし向こうに残してきた恋人がいたら?


 全て仮定(もしも)の話だ。

 だけど考えれば考えるほどに胸が張り裂けそうになる。

 こんなに強くてかっこいい人なのだから、恋人が居てもおかしくない。というより居ない方がおかしいとカノンは思った。

 だけど諦められない。


「……どうしたらいいんだろう」


 恋する乙女の心情は複雑だ。


「……どうしたらいいのかな?」


 カノンはベットの側にしゃがみ込むと目線をカナタに合わせる。そして人差し指でカナタの頬を(つつ)いた。


「……ねぇ。……答えてよ」


 だけどカナタは起きない。カノンも起こしたいわけではなかった。


 ……でも嬉しい。


 自分よりも強いカナタがこれだけしても起きない。

 それは自分が信頼されているのだとカノンにはわかった。

 だけど同時にムカムカもしてきた。


「……わたしの気も知らないで」


 カノンは一人で頬を膨らませる。

 

 その時、カノンは一つのイタズラを思いついた。

 幸か不幸か、カノンは一人だ。止めるものは誰もいない。


「……ふふ」


 カナタが起きた時の顔を想像して、カノンは頬を綻ばせた。

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