帝砂獣
……間に合うか?
空を駆けて進むカナタ。
遥か遠くに見えるは蠕虫型魔物の群れ。どの個体も凄まじく巨大な帝砂獣。
見えている部分だけでも体長百メートルはあるだろう。地中の身体も合わせたらどれだけの大きさか想像も付かない。
そんな巨大なイモムシがざっと見ても三十体。
……気持ち悪りぃな。
カナタは眉を顰めながらも先を急ぐ。
その時帝砂獣の群れが動き、一点を見つめた。
舞い上がる砂煙のせいで人の姿は見えないが、そこに救出対象がいることは間違いない。
そして、帝砂獣が一斉に身体を大きく撓ませた。
……マズイ!
カナタの口から舌打ちが漏れた。
瞬雷を使い、全力で駆けている。しかしこのままでは確実に間に合わない。
……ならば。
カナタは呟く。
「――雷鳴鬼」
短縮詠唱による簡易魔術。
魔王戦では発動までに時間が掛かった。あの時はレイやラナが居たからこそ、使えたようなものだ。
もし一人だったのなら、成す術もなく殺されていたとカナタは理解している。
だから簡易魔術で使えるように改良を施した。
レスティナに来るまでのカナタなら出来なかっただろう。
しかし、レイの元に集った仲間たちは天才だ。
知恵を出し合えば出来ないことはないと思えるほどに。
――雷属性固有魔術:雷鳴鬼
カナタの額から一本の角が生えた。
身体に駆け巡る電流が人体の限界を超越する。
そして今一度、空を踏みしめた。
刹那、カナタは辿り着いていた。
「――動くなよ?」
刀が紫電を纏う。
「紫電雷覇!!!」
カナタは押し寄せる帝砂獣に向けて、円を描くように刀を振り抜いた。
全方位へ向けて紫電が放たれる。
「「……ッ!」」
クライストンとシェリーが息を呑んだ。
そんな二人の間を紫電が駆け巡り、今まさに二人に食らいつこうとしていた帝砂獣を焼いていく。
断末魔を上げる暇さえない。
一瞬にして、帝砂獣の群れは炭化し大地に沈んだ。
「……なんとか間に合ったな。クライストン・ミュラーとシェリー・カストルで間違いないな?」
「……は、はい」
クライストンは呆気に取られながらも頷いた。
「『遥かな空』より救援要請を受けてきた。あとは任せろ」
その言葉と共に地中に居た帝砂獣が飛び出してきた。
巨大な口を開け、三人を呑み込もうと迫る。しかしその顎がカナタに届くことはない。
刀に雷が帯び、一閃。紫電が迸る。
それだけで帝砂獣は炭化し、絶命した。
だが、砂の中にはまだまだ帝砂獣がいる。大地が揺れ、何体もの帝砂獣が飛び出した。
「……面倒だな」
カナタはボソリと呟き、魔術式を記述する。
――雷属性攻撃魔術:綴・天壊
カナタの手から雷が迸る。それは魔術式を記述する魔術。
雷があたり一面を縦横無尽に駆け巡る。
その間にカナタは新たに魔術式を記述。
――雷属性結界魔術:避雷結界
カナタの周りを透明な結界が囲う。
その名の通り、雷だけを避ける結界。要は自滅防止用の結界だ。
そうして駆け巡っていた雷が消えた。
出来上がったのはドーム状に辺り一面を覆うほど巨大な立体魔術式。
――雷属性攻撃魔術:天壊
魔術式を立体魔術式に変えた事でヒュドラ戦で使用した時よりも広範囲、高威力で使用できるようになった天壊だ。
「――吹き飛べ」
耳を劈く雷鳴が響き渡り、辺りを白く染め上げる。
そして、帝砂獣は死に絶えた。
地上にいた個体も地中に居た個体も全て。
「……ふぅ」
カナタは大きく息を吐き、雷鳴鬼を解除した。
激しい脱力感に襲われるが、それだけだ。
角を一本しか顕現させなかったのと、短時間しか維持しなかったおかげだろう。
「クライ! シェリー!」
遠くから駆け寄ってくる二つの影。
シルの背に乗っていたミシェルが大きく手を振っていた。
「ミシェル!?」
クライストンの驚きを他所に、ミシェルはシェリーに抱きついた。
「よかった! 間に合って……。……本当に良かった」
「ありがとうミシェル。救援を呼んでくれたんだね」
「必ず呼んでくるって言ったでしょ?」
「そうだね……」
「クライも無事で……」
ミシェルがクライストンを見た。正確には失ってしまった左腕を。
「そんな顔するなよ。みんなが無事なら腕の一本ぐらい安いもんだ。……それより紹介してくれるか?」
「あ、……そうだね。こちら勇者パーティのカナタ様とカノン様」
「はぁ!?」
「えぇ!?」
クライストンとシェリーの言葉が重なった。
「どうして勇者パーティの方がこんな所に?」
「たまたまこの迷宮に用があったんだ。…………用? ……あ!」
カナタは己の過ちに気付き、ぎこちない動きでカノンに顔を向ける。カノンは地面にしゃがみ込み、炭化した肉塊を拾い上げていた。
「……カナタ。……これじゃ触媒にならない」
「……わるい。完全に頭から抜けていた」
「………………しかたない。……一刻を争う状況だったから」
「……そう言ってもらえると助かるよ」
そうは言ったが、カノンは肩を落としていた。
「竜の素材は必ず持ち帰ろう」
「……ん」
あの時は腹立たしかったが、砂塵竜が居てくれてよかったと心の底から思ったカナタであった。
「え? 竜?」
「砂塵竜が出てね――」
ミシェルが会話を始めようとした所でカナタが柏手を打ち、遮る。
「話は後にしよう。いつまた魔物が湧いてくるからわからないからな」
「あ、そうですね」
「シルに三人乗るのは無理だから歩こう。俺が先導する。カノン。殿を頼めるか?」
「……ん」
カノンが頷くのを確認して、カナタは一歩を踏み出した。
その瞬間、大地が突き上げられるように振動した。
「――雷鳴鬼!」
カナタの額から一本角が生える。
それと同時にカノンも鴉を召喚し、魔術式を記述した。
――呪属性召喚魔術:死鎌
虚空から現れるは漆黒の大鎌。
自分の身長よりも大きい鎌をカノンは軽々と構える。
「……また帝砂塵か?」
カナタが呟いたその時、地中から帝砂獣が姿を現した。
だが、先ほどまでの帝砂獣とは何もかもが違う。
大きさ、太さが軽く十倍はあり、身体全体をドス黒い鱗が覆っていた。
「変異種か? ……普通こんな頻繁に遭遇するか?」
「……ほんとに」
カナタがボヤキ、カノンも頷いた。
しかし、異変はそれだけで終わらない。
突如として辺り一面を砂塵が覆い尽くしていく。
そして遠方より立ち昇る魔力反応。
全員が視線を向けたその先には天を衝く大竜巻が五つ。
その中心には竜がいた。
漆黒の砂塵竜。
つまりこちらも変異種だ。
「……そんな」
「……ウソだろ」
クライストンとシェリーが絶望の声を漏らす。
砂塵竜に至ってはS級の魔物。そして黒い帝砂獣ももはやA級ではない。
しかし、ミシェルは一切の恐怖を感じていなかった。
それはカナタとカノンの表情を見たからだ。
二人の表情にもまた、恐怖はなかった。
カナタはひたすらにめんどくさそうで、カノンはいつもの無表情だ。
「前門の虫、後門の竜ってか?」
「……なに、それ?」
「こっちの話だ。さてカノン。どっちを倒したい?」
「……どっちでもいい。……でも、近いから竜でいい」
「わかった。なら後ろは任せる。シル。三人を守ってくれるか?」
「ワオン!」
シルが元気よく吠えたところでカナタとカノンは己の敵へと視線を向ける。
「よし。じゃあ行くぞ!」
「……ん! ……あ、吹き飛ばしちゃだめだから」
「……わかってるよ」
そして、戦闘が始まった。
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二章開始から毎日更新を続けていましたが、ストックが切れたので今後は二日に一回か、三日に一回ペースの更新になると思います!
次回の更新は月曜日の予定です!
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