クライストン・ミュラー
「遥かな空」のパーティリーダー、魔剣士クライストン・ミュラー。彼が自身の才能に気付いたのは十歳の時だった。
クライストンはシルエスタ王国の西にあるレイル村という場所で生まれた。
レイル村は人里離れた森にある辺鄙な場所だ。
外部との交流は月に一度訪れる行商人のみ。
村人たちの数も少なく、村全体が家族のようなものだった。
村に子供はクライストンと幼馴染のシェリー・カストルの二人だけ。
朝からお昼まで両親の畑を手伝い、午後は二人で遊んだ。森の中を駆け回ったり、シェリーが持ってきた本を読んだり。
その本は英雄譚や冒険者の本ばかりで、二人が冒険者という職業に憧れを持つのは必然だったのかも知れない。
しかし、憧れは憧れ。
碌な師のいない片田舎では、その才能が開花する事はない。――はずだった。
ある日、事件が起きた。
村が山賊に襲われ、シェリーが誘拐されたのだ。
クライストンは死に物狂いでシェリーを探した。
探して探して探して。その果てにようやく見つけた。
襲われそうになっているシェリーを。
大人にはシェリーを見つけても手は出さずに、村に戻り報告しろと言われていた。
だが、状況は逼迫している。戻っている時間はない。
下卑た笑みを浮かべる山賊と泣きじゃくる幼馴染。
今助けないと、取り返しのつかない事になる。
幼いながらにそう直感したクライストンは気が付いたら山賊の前に立っていた。
武器は手に持ったちっぽけな木の枝。
山賊に笑われたのはよく覚えているが、そこから先はよく覚えていない。
正気を取り戻した時、クライストンは血溜まりの中に立っていた。
咽せ返るような血の匂い。辺り一面に転がる人だった肉の塊。
そんな中、シェリーは無事だった。それを確認するとクライストンは意識を手放した。
その一件でクライストンは自らの才能に気付いた。
自分が戦えると分かった彼はすぐに村を出て、冒険者となった。
もちろんシェリーも一緒だ。
「あの時は助けられたから今度は私が助ける!」
そう言って聞かなかったシェリーにクライストンが折れた形だ。
その実、シェリーのクライストンに対する認識が「ただの幼馴染」から「好きな人」に変化していたからだった。
そこから先は順調だった。
二人は堅実に実績を積み重ねていき、「遥かな空」を結成。仲間にも恵まれ、幾度となく死にそうな目に遭いながらも「遥かな空」は成長を続けた。
その成長速度には目を見張るものがあり、周囲からは天才だと持て囃されてきた。
そんな日々を過ごしているうちにクライストンはいつしか名実共にA級冒険者となっていた。
かつて見た英雄譚の主人公のように。
しかしそんなクライストンの目の前には今、絶望が広がっていた。
見上げるほどに巨大な蠕虫型の魔物。
普段は地中に潜み、真上を通った冒険者に奇襲を仕掛けるA級魔物、帝砂獣。
単体ならばA級冒険者パーティである「遥かな空」にとって問題ではなかった。しかし群れとなれば話は違う。
帝砂獣は単体でA級の魔物だ。群れ、それも十体となるとS級冒険者でなければ厳しい。
奇襲を回避できただけでも奇跡だ。
「エルデ! シェリーを、みんなを連れて逃げてくれ! 俺が囮になる!」
クライストンの判断は迅速だった。
見えているだけで十体。地中の帝砂獣を合わせると何体いるのか想像もつかない。
よって自分が生き残ることよりも、幼馴染を、仲間を生き残らせることを優先して指示を下した。
しかし、シェリーは当然のように拒絶した。
「嫌! クライが残るなら私も――」
その一瞬が命取りとなった。
大地が大きく揺れ、新たに帝砂獣が地中から飛び出してきた。その数、十三。合計二十三の帝砂獣が「遥かな空」を襲う。
なんとか避けたシェリーだが、エルデ、ミシェル、グラズの三人とは分断されてしまった。
すぐにクライストンがシェリーに駆け寄る。
「無事か!?」
「なんとか! ……エルデ! 私たちのことはいいから逃げて!」
「でも……!」
なおも食い下がるエルデをミシェルが羽交締めにした。ミシェルはシェリーが魔道具を持っていることを知っていたからだ。
「エルデ……! 行こう! クライ! シェリー! 絶対に救援を呼んでくるから!」
「早く行ってくれ……!」
クライストンの言葉でエルデとミシェル、グラズはひたすらに走った。
「シェリー! キミのことは俺が必ず守るから!」
クライストンは帝砂獣に向けて剣を構えた。
「はぁ……はぁ……。なんとか……生き延びたな」
クライストンは水属性魔術で砂を濡らしてから、崩れ落ちるように地面に寝っ転がった。
満身創痍。
来ていた鎧は原型を留めておらず、身体もボロボロだ。
「でもクライ……。腕が……」
シェリーが泣きそうな声を溢した。
囮の役目を果たした後、逃げる事に専念した結果、なんとか生き延びることができた二人。しかしその代償は高く付いた。
クライストンが左腕を失った。
シェリーの回復魔術で傷は塞がったものの、腕は帝砂獣の腹の中。回収することは不可能だろう。
「シェリーを守れたんだ。腕の一本ぐらい安いもんだよ」
そう言って笑みを浮かべるクライストン。しかしシェリーは俯いたままだった。
「でも――」
「いいんだ。それよりもこれからの話をしよう。魔導具は何時間持つ?」
クライストンの視線の先には小さな旗が突き立っていた。
神隠しの旗。
魔力を込める事によって、周囲の気配を消すことができる魔導具だ。
「結構魔力使っちゃったから二人で協力しても一日が限界だと思う……」
シェリーが申し訳なさそうに呟いた。
「……救援は絶望的か」
第二十六階層に来るまでに三日掛かった。
休憩を多めに取ってはいたが、三人が迷宮の外に辿り着くにはどれだけ急いでも一日近くはかかるだろう。
もう一度戻ってくるなんて事はS級冒険者でも厳しい。
「……かといって脱出も厳しそうだな」
周囲には今だに帝砂獣が蠢いている。
いきなり消えた獲物を探し回っているのだろう。
片腕を失った状態で突破できるとはクライストンには思えなかった。
……なんとかシェリーだけでも。
そう思いはしたが、いいアイデアは浮かばない。
「……とりあえず身体を休めよう」
「……わかった。先クライから休んで」
「悪い。あとで交代しよう」
そうして二人は休息を取る事にした。帝砂獣がどこかへ行く事を願って。
約一日後。
クライストンとシェリーは選択を迫られていた。
願い虚しく、周囲には帝砂獣の群れがいる。どこかへ行く気配はない。
……ギリギリまで待つか、一か八か突破に賭けるか。
どちらも絶望的な状況だ。
待っていても救援が来る可能性は低く、突破できる可能性もまた低い。
しかし、魔力が底をつくギリギリまで待っていたら魔術が使えなくなってどちらにしろ待っているのは死だ。
……行くしか……ない。
クライストンは覚悟を決めた。
……俺がダメでもシェリーは必ず。
「シェリー」
クライストンが身体を起こし、シェリーに向き直る。これが最期になるならば伝えておきたい事があった。
「キミに言っておかなきゃいけないことがあるんだ。……俺は……昔からキミの事が――」
「ダメ!」
シェリーは大声でクライストンの言葉を遮った。
神隠しの旗が無ければ気づかれていたことだろう。
「今から死ぬようなこと言わないで? 帰ったら聞くから。……お願い。二人で生き残ろう?」
目に涙を浮かべたシェリーがクライストンに縋りつきながら言った。
クライストンが唇を引き結ぶ。そしてゆっくりと言葉を紡いでいく。
「あぁ……。そうだな。……戻ったら聞いてくれるか?」
シェリーの目に溜まった涙をクライストンが拭う。するとシェリーは絶望的な状況を吹き飛ばすかのような笑みを浮かべた。
「もちろん! 絶対聞かせてもらうからね!」
……これで死ねなくなったな。
クライストンは内心で苦笑しながらも、再び覚悟を決めた。
二人で絶対に生き残る為に。
「待っていても救援は来ない。だから魔力が少しでもある今のうちに突破しよう」
「……わかった」
「じゃあスリーカウントで旗を解除してくれ。俺が道を切り開く」
クライストンは剣を構えた。
「……行くぞ。……三、二、一。今!」
シェリーは旗に送っていた魔力を遮断した。
その瞬間、クライストンが前に出る。狙うは上層に続く階段方面で、尚且つ帝砂獣の数が少ない隙間。
しかし、それが失策だと気付いたのはすぐの事だった。
「……ッ!?」
大地を揺らし、隙間を埋めるようにして地中から姿を現したのは五体の帝砂獣。
……誘導されていた!?
「クソ……! シェリー!」
クライストンはシェリーを庇うように剣を構えた。
その眼前に大きく顎を広げた帝砂獣が迫る。
……ダメ……か!
その時、遠くで雷鳴を聞いた気がした。
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