幻砂蜃
砂塵竜を倒し、二十二階層へと降る一行。
その後の二十三、二十四階層は何事もなく踏破できた。
しかし、階層自体が広かったせいもあり予想以上に時間を取られてしまった。
残り時間は約三十分。
「本当はもう着いておきたかったんだけどな」
捜索の時間も考えると、もう猶予はない。
そうして降りてきた二十五階層。特筆すべき点はなかった。砂嵐もなければ、魔物が異常に多いわけでもない。ただ、先程までより少し暑いぐらいか。
「急ごう」
そうして進むこと十五分。カナタは異変に気付き足を止めた。
「ミシェルさん! まだか!?」
一階層前、二十四階層の踏破時間は約十五分だった。ミシェルさんによると二十五階層は二十四階層と比べてかなり広いらしい。
だが階段までの距離は変わらないらしく、場所さえ分かれば同じぐらいの時間で着けるはずだと言っていた。
時間的に階段を発見してもいい頃合いだ。
しかし、それらしき物は見つからない。
「いえ、もう着いていてもおかしくは……」
「どういう事だ? ……もしかして直進できていなかった?」
……いやそれはない。
カナタは自分の考えを即座に否定する。
非魔術師ならば、まっすぐ進んでいるつもりでも逸れているなんて事は珍しくない。しかし魔術師であるカナタは違う。
どんな環境でもまっすぐ進めるように訓練を受けている。それは秘境に赴くこともある魔術師にとっては必要な技能だからだ。
たとえ擬似太陽ぐらいしか目印のない砂漠であったとしても、目を瞑っていたって直進することができる。
……どうなっている?
カナタは辺りを見回した。
だが特におかしなところはない。先程から何も変わらない砂漠の景色が広がるのみ。
「……カノン。途中で逸れた可能性はあると思うか?」
「……ない」
カノンは断言した。
「……最果てで迷う事は死と同義。……だから逸れていたらすぐにわかる」
「俺の似たようなもんか。ならちょっと先を見てくる。みんなはここにいてくれ」
カナタが走り出そうと腰を落としたところで、カノンが服の裾を掴んだ。
「……まって。……これが魔術的なものだったら二手に分かれるのはあぶないと思う」
「でも魔力は感じないぞ?」
「……それはそうなんだけど……。……万が一があったらいやだから」
そう言ったカノンの瞳は揺れていた。
いつも無表情なカノンには珍しい表情変化だ。そんな目で見られたらカナタも折れるしかなかった。
「……わかったよ。でもどうする? このままじゃ時間が過ぎてく一方だ」
「……まず、鴉に周囲を探索させる。……行って」
命令に従い、鴉が全方位に散っていく。
そしてカノンは魔術を使った。
――無属性召喚魔術:瞳結び
カノンの額に目のような紋様が現れた。使い魔と視覚を共有する魔術だ。
しばらくするとカノンは少しだけ眉根を寄せた。
「どうかしたか?」
「………………おかしい。……どれだけ進んでも景色が変わらない」
「それは全部の鴉でか?」
「……ん」
カノンは頷いた。
これで異常が起きている事は確定だ。
「ミシェルさん。この現象に心当たりは?」
「いえ。ありません」
ミシェルが首を横に振る。
最終到達地点を更新した冒険者が経験した事のない異変。それも露骨に時間を稼ぐような異変だ。
なにかしらの思惑を感じざるを得ない。
「時間がねぇってのに……」
時計を確認すると残り時間は約二十分。
このまま時間を取られ続けたら捜索の時間が無くなる。
一秒でも時間が惜しい。
だが、ここで焦ったら相手の思う壺だ。
カナタは逸る心を抑え、一度大きく深呼吸をした。
……どうする。何が原因だ。
何かが起きている事は間違いない。
……魔術的な何かか?
だが魔力は感じない。先程の言葉からカノンもそれは分かっている。
……となると魔術の可能性は薄いな。魔物の特性か?
「……しっかし暑いな」
あまりの暑さが思考の邪魔をする。カナタは額から垂れた汗を拭った。
「……ん。……気温が上がってる気がする」
「本当ですね。ここまで暑いのは初めてです」
ミシェルの言葉にカナタは引っ掛かりを覚えた。
「初めて? 普段はここまで暑くないのか」
「はい。下層に行けば気温も上がりますが、この階層では初めてですね」
「……気温が上がる」
気温が上がる事によって引き起こる異変。
「ッ! ……蜃気楼か! にしてもここまで違和感のない蜃気楼なんてありえるのか?」
蜃気楼は空気中の光が屈折して本来の景色ではない物が見える自然現象だ。しかし普通は景色が歪んだりしていて、それが蜃気楼だとすぐにわかる。
……ここまで高度な蜃気楼なんてありえるのか?
「……いや今はそこを気にしてる場合じゃないな。迷宮の機能か? それとも魔物か? 二人は蜃気楼を作り出す魔物を知らないか?」
「……砂漠だと幻砂蜃かな? 大きい貝みたいな魔物。……戦闘能力は皆無だけど高度な幻を作りだすから厄介」
「貝? 蜃の類か?」
日本には蜃という魔物がいる。
大蛤の魔物で幻を作り出す。戦闘能力が皆無な点といい、かなり似ているようにカナタは思った。
「……シン?」
「地球にも似た魔物がいるんだ。でも蜃気楼なら対処のしようはある。カノン。結界で足場を作れるか?」
「……ん。……足場になるだけでいい?」
「ああ。頼む」
カノンが魔術式を記述すると、魔力で編まれた板状の結界が出現した。そこにみんなで乗る。
「雷以外はあんまり得意じゃないが……」
カナタが周囲に向けて無数の魔術式を記述した。
――水属性攻撃魔術:大海嘯
魔術式から放たれた大量の水が砂に浸透し、熱さで蒸発していく。
だが水量が水量だ。飽和した水が砂を削り川を作り出す。
それに伴い、周囲一帯の気温が一気に下がった。
するとなんの変哲もなかった景色が歪んでいく。
「……やっば蜃気楼か。ラナがいればもっと楽だったんだけどな」
「……ん。……周りに幻砂蜃はいないみたい」
「だな。少し移動してこれを繰り返そう」
階段を見つけるのが先か、幻砂蜃を見つけるのが先か。
「くっそ! 時間食った!」
結果として幻砂蜃を発見することはできなかった。
果たして蜃気楼が幻砂蜃の仕業だったのか、迷宮の機能だったのかはわからない。
とにかく時間が掛かったが、階段は見つかった。
時間を確認するとあと五分しかない。
「急ぐぞ!」
三人で階段を駆け降りる。
「ミシェルさん! 最後に別れた方角は――」
第二十六階層に足を踏み入れたその瞬間、遠くで轟音が鳴り響いた。
「……ッ! 先行する!」
カナタは雷鳴を轟かせ疾走を開始した。
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