遥かな空
カノンは「遥かな空」の面々に近づき声を掛けた。
「……詳しく話を聞かせてもらえる?」
聖騎士に縋り付いていた赤髪の男がゆっくりと顔を上げてカノンを視界に収めた。すると、涙で汚れた顔がみるみるうちに青ざめていく。
「……アストランデの……悪魔」
ポツリと溢れた言葉にカノンがビクッと肩を震わせた。カナタが眉を顰めながらも、カノンを守るようにして間に入る。
「おい――」
カナタが苦言を呈しようとしたその時、後ろにいた魔女帽を被った金髪の女が男の頭を引っ叩いた。
スパンッと子気味の良い音が響く。
カナタとカノンが呆気に取られていると、女が男を叱りつけた。
「エルデ! 失礼ですよ!」
「あ……あぁ。ミシェル。すまん」
「謝る相手を間違えています。しっかりと謝りなさい!」
エルデと呼ばれた赤髪の男は、よろよろと立ち上がるとカノンに対して頭を下げた。
「……悪かった」
「私からも謝罪します。言い訳にしかなりませんが、彼は北部の出身なんです」
「……ん。……それなら仕方ない」
……仕方ないで済ませていいのか?
カナタはそう思ったが、口には出さなかった。
本人が納得してるのに、部外者が何かを言ってことを荒立てる必要はない。胸中にモヤモヤとした物を感じたカナタだったが、ぐっと呑み込んだ。
「……詳しい話を聞かせて」
「それはいいんですが……」
ミシェルは当惑した様子で聖騎士をチラと見る。
話しても大丈夫かを迷っているというよりは、カノンの実力を疑っているようにカナタは感じた。
……まあでも仕方ないか。
見た目だけならばカノンはまだ子供だ。
A級冒険者がその実力を正しく把握出来なくても不思議ではない。
視線を向けられた聖騎士は力強く頷いた。
「問題ない。グランゼル王国を離れていたお前たちにはわからないだろうが、その方は勇者パーティのカノン様だ」
「えっ!? って事はそちらは……」
「カナタだ。救援が間に合わないなら俺たちがいってもいい。だから情報を教えてくれ」
「は、はい!」
熱砂迷宮の最終到達地点は現在四十六階層。S級の迷宮になっているならばS級の魔物が出現していてもおかしくない階層だ。だが、熱砂迷宮でS級の魔物は確認されていない。
よって、最下層はあと少しだとされている。
話によると「遥かな空」は三日前、踏破目的で熱砂迷宮に入った。万全の準備を整えて。
最終到達地点を更新したのが「遥かな空」という事もあって、踏破への期待が高まっていた。
しかし、二日前に異変が起きた。
カナタが停留所の窓口にいたおじさんに聞いていた通り、上層に下層の魔物が出現したのだ。
報告したのはB級冒険者パーティ。その生き残りだ。
彼らは経験を積む為に、熱砂迷宮へ入った。
B級のパーティだが、リーダーは経験を積んだA級冒険者。決して無謀な挑戦ではなかった。
しかし十階層に足を踏み入れた時に異変が起こった。
本来は下層にいるはずのA級魔物、地獄蠍に遭遇。A級冒険者以外の全員が死亡した。
命からがら生還した冒険者はすぐさまギルドに報告。
ギルドは即座に伝令の冒険者を出した。そのお陰で上層にいた冒険者は怪我人こそ出したものの、全員が無事だった。
しかし踏破に向けて攻略を進めていた「遥かな空」は既に中層まで進んでおり、伝令が追いつく事はできなかった。
そして事件は起きた。
場所は第二十六階層。「遥かな空」はそこでA級魔物、帝砂獣の群れと遭遇。
リーダーであり、魔剣士のクライストン・ミュラーと回復魔術師のシェリー・カストルが囮となって三人を逃した。
この三人が帰還したのが約一時間前、二人と別れてから既に二十時間が経過しようとしていた。
「帝砂獣は群れないはずなのに……」
ミシェルが震える手を握りながらそう溢した。
帝砂獣はワーム型の魔物だ。砂の中に潜み、獲物を狩る非常に厄介な捕食者。だが一般的に群れる事はないとされている魔物でもある。
なにせとにかく巨大なのだ。小さい個体でも体長百メートルはある。大きい個体だとその倍になることも珍しくない。
故に単体でA級の魔物だ。群れとなればS級が相手をするべき魔物となる。
「これが異変か。……こんなこと言いたくないが、実際に生きている可能性はどれぐらいある?」
生存が絶望的ならば、無駄足になる可能性がある。
カノンとカナタには触媒集めという目的があるが、わざわざ異変の起きている迷宮に危険を冒してまで入る必要はない。別の迷宮に行けばいいだけの話しだ。
そしてカナタは話を聞いた限り、生存している可能性は絶望的だと感じていた。
「正直に教えてくれ」
「なにもなければ生存は絶望的でしょう。私たちも諦めていたかもしれません。……しかしシェリーは魔導具を持っています」
「……魔導具?」
「はい。……その魔導具は所持者を中心として定められた範囲の気配を完全に消す事ができます。一度でも逃げ切れていれば、生きている可能性は高いと思います」
「なるほど。魔導具か。……なら可能性はあるのか。ちなみに効果時間は?」
「シェリーの魔力量ならば長ければ一日は持つと言っていました」
「……一日。時間がないな」
……どうする? ラナに助けを求めるか?
だが頭を振って即座にその考えを捨てる。
……ダメだ。魔導具を使えていたとしても猶予は後四時間。今すぐに出発しても間に合うかどうかだ。
新たに救援を呼んでいる時間はない。
「……カナタ。……どう思う?」
「それは行けるか、行けないかってことか?」
「……ん」
カノンは頷いた。
「……不測の事態が起きなければ行ける。……だが異変が起きているのを考えると危険はある。……それでもカノンの考えは変わらないか??」
「……わたしは助けたい。……それに」
カノンは北部出身者であるエルデに視線を向けた。
……たしかにカノンの目的の為なら行くべき……か。
アストランデを恐怖の象徴から変える。
もし北部の人間に協力したとあらば、少ないながらも効果はあるだろう。
「……それにたったの二十階層ちょっとで帝砂獣の素材が手に入る。……わたしたちの目的にも合ってる」
「まあそうか。……わかった。行こう」
カナタが立ち上がると、エルデが声を上げた。
「本当ですか!?」
「ああ。だけど条件がある。そこのミシェルさん? に付いてきてもらう」
「……え?」
水を向けられたミシェルは呆けた声を出した。
「……カナタ?」
カノンがカナタに冷たい視線を向ける。
「落ち着けカノン。そういう意味じゃない。案内が必要だろ? シルに乗ってもらうつもりだから軽い方がいい。グラズさんは身体が大きすぎる」
「……すみません」
申し訳なさそうに肩を縮こまらせたのは「遥かな空」の最後の一人、グラズ・ジストンだ。
彼は盾役という事もあり、とにかく身体が大きい。自慢の大盾を持てば、その重量は途轍もないだろう。
……それにエルデって奴は無い。
カノンに恐怖を覚えている以上、何をしでかすか予想がつかない。そんな人間を連れていくと危険が増える。
「わかりました。そういうことなら私が行きます。準備はどうしますか?」
「とにかく時間がない。ミシェルさんは回復魔術は使えるか?」
「初歩でしたら」
「なら問題ない。直ぐに発とう。カノンもそれでいいか?」
「……ん!」
そこでエルデが一歩前に出た。そしてカノンに頭を下げる。
「先程は申し訳ございませんでした。どうか仲間をよろしくお願いします」
「……ん。……任せて」
カノンはそれだけ言うと、受付に向けて歩を進めた。
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