異変
カナタとカノンは冒険者ギルドでレイとラナの二人と別れたあと、乗合馬車の停留所へと向かった。
向かう先はA級迷宮【熱砂迷宮】。
全ての階層が砂漠になっていて、過酷な環境で有名な迷宮だ。選んだ理由は王都から程近く、馬車で六時間ほどの距離にある事と比較的上層でもA級の魔物が出るからだ。
目的は召喚魔術の依代の確保。
上層でもA級の魔物が出るのならば長くても数日で済む為、二人は熱砂迷宮を選んだ。
「カノン。ちょっと待っててくれ。馬車を聞いてくる」
「……ん」
カノンが頷いたのを確認すると、カナタは窓口へと向かった。
「すみません。次の熱砂迷宮行きの馬車はいつですか?」
「ちょっと待ってくれ。……うーんと……あと三十分だ。あそこの停留所から出るよ」
窓口にいたおじさんが指差した方向を確認するとカナタは頭を下げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「踏破目的かい?」
おじさんは顎に手を当てて、カナタの全身を値踏みするように見た。そして視線は上へと移動し、顔を視界に収める。
「見たところ……強……そう?」
目を細め、カナタの顔をまじまじと見るおじさん。ややあって大きく目を見開いた。
「……もしかしてカナタ様ですか?」
小声で聞いたおじさんの目は子供のように輝いていた。
「……ええ。騒ぎを起こしたくないので内密にしてもらえると助かります」
「わかりました。あの……握手して貰えますか?」
「いいですよ」
カナタは人のいい笑みを浮かべて、おじさんと握手を交わす。
「ありがとうございます。これで嫁に自慢できますよ」
「ほどほどにしてくださいね」
「ええ。それはもちろん。あまり自慢すると殺されかねませんので」
……嫁さん怖いな。
カナタはそう思ったものの、口には出さなかった。
「して、カナタ様は踏破狙いですか?」
「いえ、ちょっとした腕試しです」
「そうですか。熱砂迷宮は少し前に異変があったと聞いているのでお気をつけください」
「異変……ですか?」
「なんでも上層に下層の魔物が出たとかで。実際に高位冒険者の怪我人も出ているそうです」
「そうなんですね。わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てて光栄です」
カナタは頭を下げると踵を返した。
……異変ねぇ?
上層に下層の魔物が出る。奈落の森と同じ状況だ。
あの時も上層ではまず出現しない白大蛇が現れた。
……どうするかな。行かない方がいいか? とりあえず相談だな。
カナタはそう決めると、足早にカノンの元へと戻った。
「カノン」
「……おかえり。カナタ」
「ただいま。……なんか熱砂迷宮で異変が起きてるらしい」
「……異変?」
「上層に下層の魔物が出るんだと」
「……あの時と同じ?」
「だな。嫌な予感がするが、どうする?」
行くか行かないか。
万全の状態ならば、問題ないだろう。しかし今はたったの二人だ。戦力的に心許ない。
「……S級ならやめておいた方がいいと思うけど、A級なら問題ないと思う。……それに困ってる人がいるかも」
「……確かにそうか」
カノンのいう通り、S級とA級の壁は厚い。
A級の魔物がいくら束になった所で、二人には及ばないだろう。
「問題は眷属とやらが出てくることだが。……とりあえず行くだけ行って話を聞いてみるか」
「……ん」
「ならあそこの停留所であと三十分ぐらいだって」
「……ん。……いこう」
二人は停留所のベンチに座り、馬車を待つ。
異変が起きているとあって熱砂迷宮に行く人は少ないのか、他に客はいない。
手持ち無沙汰になったカナタはふと気になったことを聞いてみた。
「……なあカノン」
「……ん?」
「カノンの目的は達成されたのか?」
カノンの目的はアストランデを恐怖の象徴から変える事。そのために勇者パーティへと入った。
魔王を討伐することは世界を救うのと同義。だからアストランデであるカノンが討伐メンバーに加われば、その印象も変わると信じて。
「……まだ」
しかしカノンはゆっくりと首を横に振った。
「……この辺りは大丈夫だけど、北部はもっと酷い。……この髪を見るだけで人が離れていくぐらい」
「それは……」
カナタは言葉を失った。
グランゼル王国ではアストランデへの恐怖というものをあまり感じなかった。だから、カナタはそれほどまでに酷い物だとは思っていなかったのだ。
「……だから魔王を倒しても、そう簡単には行かないと思う」
印象というものは難儀な物だ。
魔王討伐という偉業を持ってしても、一度刻まれた恐怖はすぐに消せる物ではない。
「……長い道のりだな」
「……でも大きな一歩」
「だな。……俺に出来ることがあれば言ってくれ」
「……手伝ってくれるの?」
カノンがパチクリと瞬きをしてカナタを見た。
「ああ。カノンはレイを手伝ってくれたからな」
「…………それだけ?」
「ん? そうだけど?」
「……二人は本当に仲が良いんだね」
ムスッとカノンはほんの少しだけ頬を膨らませた。
だがもともと無表情なカノンだ。ほんの少しぐらいではカナタは気付かない。
「親友だからな」
「……親友」
カノンは呟くと、空を見上げた。
今日はいい天気で雲ひとつない快晴だ。
「……少し羨ましい」
「カノンにはいないのか?」
「……ん。……わたしは村でもかなり特殊だったから」
「特殊? ……聞いてもいいか?」
「……ん。……カナタには聞いてほしい」
「わかった。聞かせてくれ」
カナタは姿勢を正してカノンに向き直った。
本日から少しの間、カナタとカノンの冒険物語です!
お楽しみいただけたら嬉しいです!




