勇者王
鍛冶屋から出た後、ラナに連れられグランゼル王国の観光名所を巡った。
恋が叶うという女性だらけの噴水や建国時代に作られた旧王都門、俺たちが試験を行った闘技場など、ラナの思いつく限り全て。
この五年で変わってしまった場所もあったようだが、ラナにとってはそれも新鮮でよかったらしい。
そうして日が暮れたあとに訪れたのは丸い広場だった。
石畳が敷かれ、きちんと整備された広場はかなりの大きさだ。
外周には露店が立ち並んでおり、ここが観光名所であることを示している。
目玉は広場の中心に鎮座している巨大な像だろう。
剣を地面に突き立て、仁王立ちしている長髪の青年の像だ。
そして俺はその剣に見覚えがある。
「あれは……星剣?」
「そう。私の先祖で星剣適合者、勇者王ラースウェルの像」
「初代国王だっけか」
勇者王ラースウェル。
グランゼル王国を建国した偉大な王だ。
彼がなぜ勇者王と呼ばれるに至ったか。
それは約千年前、勇者が魔王に敗れた事から始まる。
勇者亡き後、世界は絶望に包まれた。
魔王の率いる魔物に蹂躙され、いくつもの国が滅びた。かろうじて生き延びた人々も魔物の恐怖に怯えながら死を待つのみ。
世界は滅亡の危機に瀕していた。
そんな時、突如として姿を現したのが星剣ラ=グランゼルを携えたラースウェルだ。
彼には武もさることながら類稀なるカリスマがあった。
各地を旅し数々の実力者をまとめ上げた彼は、多くの犠牲を払いながらも魔王を討伐した。
勇者亡き後、勇者の務めを果たした彼を人々は勇者王と呼んだ。
「そう。それでこの石碑は彼の仲間達の名前」
ラースウェル像の隣には石碑がある。
魔力を感じられることから、おそらくはなんらかの魔導具だろう。
石碑には多くの名前が書かれていた。
その中でも一番有名なのは大賢者セシルだ。グランゼル王国に住む者ならその名前を知らない者はいない。
なにせ初代王妃なのだから。つまりはこの人もラナの先祖だ。
俺の知る歴史だと、大賢者セシルは滅びた国の王女だったらしい。
彼女は魔物に襲われ、国が滅んだ時にラースウェルに助けられた。その恩を返す為に、旅に同行したのだとか。
「ラースウェルたちは魔王を倒した後、仲間達と共に建国宣言を行った。その場所がこの広場なんだって」
「じゃあここはグランゼル王国が始まった場所なんだな」
そう思うと感慨深い気持ちになる。
きっとラースウェルも大切な者を守る為に戦ったのだろう。数多くのものを失ったかもしれないが、彼は守り切った。
だから今のグランゼル王国がある。
尊敬すべき王だ。
……でも、この人も魔王を倒してしまったのならきっと……。
俺の予想が正しいのならば、待っていたのは悲劇だろう。そう考えると一転してやるせない気持ちになった。
本当に人の思いを踏み躙るクソみたいなシステムだ。
「……レイ?」
ラナが心配そうに覗き込んできた。だから俺は無理矢理に笑顔を浮かべる。
今は楽しいデート中だ。心配を掛けるわけにはいかない。
「ううん。なんでもないよ」
俺は首を振って話題を変える。
「……結構歩いたから喉が渇いたな。ラナはなんか飲む?」
「んー。どうしようかな。……じゃあレイと同じやつで!」
「了解。なら買ってくるからベンチで待ってて」
観光名所とあって座る場所は多い。
昼間なら人でごった返していそうだが、今は日が暮れた後。ベンチも空いていた。
「わかった!」
ラナと分かれ屋台に向かう。
果物をその場で搾り、ジュースを作る屋台だ。
俺は手早く注文を済ませる。
買ったのはウィルという林檎に似た果物を使った果実水だ。味はそのまんま林檎ジュース。さっきも飲んで美味しかったからまた頼んでみた。
そうして足早にラナの元へと戻る。
すると、二人の男がラナに話しかけていた。特に特徴のない男たちだ。
強いていうならガラが悪いだろうか。腰には剣があり、地球だったら大事になっている。
だが絡んでいる相手が相手だ。ラナがその気になれば一瞬で片がつく。だから心配はしていない。
……あぁ。ナンパか。レスティナにもいるんだなぁ。
そんなことを思ったぐらいだ。
変装をしていてもラナの美しさは溢れ出ている。夜になれば、誘蛾灯のように人を惹きつけてしまうのかもしれない。
ラナはと言うと完全に無視している。にも関わらず男たちは話しかけ続けていた。しつこい男は嫌われるぞ。
「失礼。彼女は俺の恋人なのであまりちょっかいを掛けないでもらえますか?」
「あぁ?」
あえて強調して言ったのだが、それは逆効果だったらしい。男たちは俺を睨みつけてきた。が、全然怖くない。
それは男たちの実力が俺よりも圧倒的に下だからだろう。
当のラナは期待に満ちた目で俺を見ていた。完全に状況を楽しんでいる。
「誰だオメェ?」
恋人だと言ったのに全く聞いていない。なんだか俺まで楽しくなってきた。
「彼女の恋人です」
「そんなことはわかってんだよ」
ならばなぜ聞いたのか。
「オレはなぁ――」
そこから文句やら因縁やらを延々と聞かされた。
……そろそろめんどくさいな。
初めは楽しめていたが、話が長すぎる。
周りを見ると人々が心配そうな、迷惑そうな視線を向けてきていた。
……あまり騒ぐのも得策ではない……か。
騒ぎすぎてラナの正体がバレでもしたら最悪だ。デートどころではなくなる。
だから俺はこの場を離れるべく、持っていたジュースを腕に抱えてラナに手を差し出した。
「行こう」
「うん」
ラナが俺の手を取ろうと手を伸ばす。
その時、あろうことか男の一人がラナの腕に掴みかかろうとした。
「――おい」
殺気を帯びた一言で男の手が止まる。
その隙に俺はラナと男の間に身体を割り込ませた。
声を掛けるぐらいならば多めに見るが、触れるのは許さない。
男たちはぎこちない動きで首を動かし俺を見た。殺気に耐えかね、身体がガクガクと震えている。
俺は右手の人差し指で雪月花の柄頭を叩く。
「退け」
男たちは尻餅をついた。
腰でも抜かしたのか、地面を這いつくばりながら後退するが上手くいかない。だが、待ってやるつもりもない。
「はやく消え失せろ」
「ひぃ〜!!!」
男たちは情けない声をあげ、転がるようにして逃げていった。
「まったく……」
ため息を吐くと後ろからラナが抱きついてきた。
「ありがと! レイ!」
振り返ると顔が幸せそうに綻んでいる。どうやら嬉しかったらしい。
「怪我とかしてないよね?」
星剣適合者であるラナにそんな心配は無用だが念のためだ。
「うん! 大丈夫!」
「よかった。じゃあこれ。リンゴ……じゃなくてウィルジュース」
「私にはリンゴジュースでも伝わるから言い直さなくてもいいのに」
「確かにな」
そんなことを話しているとパチパチと拍手が鳴り響いた。
「最高だよ兄ちゃん!!!」
声のした方へ視線を向けると、ジュースを買った屋台のおっちゃんが満面の笑みで拍手をしていた。
それに釣られて他の屋台の人や観光に来ていた人も拍手をし始める。
「……ちょっと移動しようか」
軽く会釈をしつつ足早に広場を去る。
「目立っちゃったね」
「だな。でもバレなくてよかったよ」
もしバレていたらあれだけの騒ぎでは収まらないはずだ。
ラナにジュースを渡し、二人で飲みながら路地を進む。
「にしても今日はエスコートするつもりが、完全に俺がされてたな」
「そうだね。気にしてる?」
「少しだけ……な」
だがその気持ちは本当に少しだ。
それはきっと今日がとびっきりに充実していたからだろう。
……こんな一日を何度夢見たことか。
ラナと一緒に平和に過ごす。
俺はこの日のために頑張ってきたと言っても過言ではない。
「でも私は楽しかったから満足だよ?」
ラナが手を離して俺の腕に抱きついてきた。少し歩きづらくなるが、些細なことだ。
「そう言ってくれると助かるよ。でも次はしっかりエスコートするから」
「じゃあ期待してるね」
「任せろ!」
既に日は完全に落ち、夜空には満天の星が煌めいていた。
……ずっとこんな日が続けばいいのにな。
そう思わずにはいられなかった。
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