鍛冶屋
「ん〜〜〜」
冒険者ギルドを出て伸びをする。
随分と長く話し込んでしまった。すでに日は中天を過ぎている。
「お昼ご飯どうしようか?」
「屋台で食べよ! 美味しい物いっぱいあるし!」
「わかった! それでいこう!」
冒険者ギルドの周りには屋台が沢山ある。
冒険者が依頼前に手軽に食べられるようにと栄えたのだとか。
そんな屋台から串焼きやら果実水を買って腹拵えをしつつ道を進んでいく。
「そういえばレイ。髪はそのまんまなんだね」
「ああこれか?」
髪を一房摘んで見る。昔は黒かったが、地獄のせいで病的なぐらいに真っ白になってしまった。
地獄を見なくなってから治るかとも思ったが、今のところその気配は全くない。
「治る気配はないな。……もしかして黒の方が良かったりする?」
黒の方がいいのなら染めるのもありだなと思い尋ねたが、ラナは首を横に振った。
「ううん。初めて会った時がその色だから私は今のままが好き」
「そっか。なら治らなくてよかったのかな」
「そうだね! まあレイなら黒いのも似合うと思うけど!」
「ならもし治っても安心かな」
そんな他愛のない話をしていたら、前方に鍛冶屋が見えてきた。そこで自分が今、丸腰なのを思い出した。
素手でもそこら辺の冒険者には負けないと思うが、やはり刀は欲しい。
「ラナ。鍛冶屋行ってもいいか?」
「あ、そうだよね。たしかに武器は欲しいよね。じゃあ私、いいところ知ってるから案内してあげる! たぶん潰れてはないと思う」
「ホントか? それは助かる」
「なら早速! こっち! 付いてきて!」
ラナに手を引かれ大通りから外れた路地に入っていく。
凄まじく入り組んでいるがラナは迷うそぶりが一切ない。そうして進むこと数分。お世辞にも綺麗とは言えない建物に辿り着いた。
「ここ!」
「……なんか隠れた名店って感じだな」
知っている人ではないと入りにくそうな建物だ。
そもそも看板が厳つ過ぎる。凄まじく大きい斧が二本交差した看板だ。
書かれている店名はデュアルアックス。そのまんまだな。
立地のせいか、この厳つい風体のせいかは定かではないが、俺たちの他に人はいない。
ラナは俺の内心を察したのか苦笑した。
「親方の性格にちょっと難があってあまり人が来ないんだ」
「どっちでもなかったか……。まあでも職人気質な人は変わった人が多いからその理由には納得だよ」
「……あまり喧嘩はしないでね?」
「そんなに俺は喧嘩っ早くありません」
「ふふっ。じゃあ行こっか」
俺はラナに続いて鍛冶屋に入った。
鉄と油の匂いが鼻腔を通り抜けた。
店内は外観とは違い小綺麗に整えられていて、武器が壁にズラリと並べられている。一般的な長剣から槍、弓。果ては円月輪まで。その種類は様々だ。
そこで俺が感じたのは違和感だった。
……ラナが紹介する割に武器の品質が悪いな。
ラナは王女だ。そんな最上位の貴族が推薦するにしては、お粗末もいいところ。おそらく俺が全力で振ったら砕け散るだろう。
そのくせ値段がやけに高い。初心者用というわけでもなさそうだ。
ラナが帽子と眼鏡を外して素顔を晒した。
「いいのか?」
「大丈夫。レイも外していいよ」
ラナに倣い、俺もサングラスを外す。
その時、扉の向こうから大柄な男が現れた。凄まじい筋肉だ。頭はスキンヘッド。目には眼帯。どこぞの山賊みたいな見た目をしている。
「……嬢ちゃん。……無事だったんだな」
「お久しぶり。ジンさん」
ジンと呼ばれた大男はラナを見て目を見開いた。
山賊のような見た目だが、ラナを見る目は優しげだ。
「おう。元気そうで本当に良かった。ってことはアイリスの嬢ちゃんはやったんだな」
「うん。アイリスにも感謝してる。でも一番は彼」
ラナに紹介され、俺は一歩前に出る。
「……黒の暴虐か」
ジンは俺を見て目を細めた。
「初めまして。レイと言います。できれば名前で呼んでください」
「その物言いだと、嬢ちゃんを助け出したのはお前か?」
「はい」
「なら敬語は不要だ。オレはジン。見ての通り鍛冶屋をしている」
そしてジンは俺を値踏みするように見た。
「お前さんならなんの文句もない。こっちへ来い」
ジンが出てきた扉に再び入っていく。それで合点がいった。
「あぁ。表のはダミーか」
「流石にわかるか」
「ラナが勧めるにしては質が悪いと思ってたんだ」
通された部屋は凄まじいものだった。どの武器も超一流の業物。それが表と同じくズラリと並んでいる。
「使うのは刀だったな? あの黒い刀はどうしたんだ? あれがあれば武器なんていらねぇだろ」
「諸事情で使えないんだ」
「なるほどねぇ。まあいい。好きなのを選べ」
言われたので、刀を端から見ていく。そこで一振りの刀が目に止まった。
……綺麗だな。
鞘も白、柄も白。まるで雪のような純白の刀がそこにあった。
「これ、試しに振ってもいいか?」
「ああ。好きにしろ」
鞘から抜き、構える。白みを帯びた刀身には美しい刃紋が浮かんでいた。
……重さはちょうどいいな。
俺の人外染みた身体でも少し重く感じる。それが手にしっくりとくる。
俺は二人から少し離れ、刀を振るった。
白い軌跡が疾る。
「これにするよ」
「即決だな。他のは見なくていいのか?」
「構わない。多分これ以上、俺に合うのはないだろう」
俺の言葉にジンはフッと笑った。
「だな。銘は雪月花だ」
「いい銘だ。値段は?」
ジンが提示した値段はとんでもなく高かった。だが、買えない値段ではない。
しかし問題が一つ。
「今の手持ちじゃ足りないな」
「あとで城から払うよ。ジンもそれでいい?」
「いつも通りってこったな。構わないぜ」
「じゃあそういうことで」
とんとん拍子に話が進んでいく。
「後でしっかり払うよ」
「レイは私の騎士だから私が出してもいいけど?」
「いや、自分の刀だ。自分で払いたい」
「そっか。……そうだね。じゃあそうしよう」
「話はついたか? ……じゃあこれもやる」
ジンが差し出したのは剣帯だった。お礼を言って俺は剣帯を身につけ、雪月花を納める。
「流石にサマになってるな」
「うん。白い髪と同じで映えるね」
「ありがとう。助かるよ」
「おう。また顔出してくれ。お前さんたちなら大歓迎だ」
俺は新たな愛刀、雪月花を手に入れた。




