情報
「わかりました。私も姫様の意志を尊重します」
「苦労をかけますね」
「とんでもない。……して、姫様。それとは別にここ数年、私は帝国の動向を調べていました。資料をご覧になりますか?」
「それは気になります」
「わかりました。……メア!」
フェルナンドが部屋の外に呼びかけると、金髪の受付嬢が紙束を抱えて入ってきた。どうやら彼女はメアという名前らしい。
「こちらを」
メアが俺とラナ、フェルナンドの前に紙束を置いていく。そして部屋を出て行こうとしたところでフェルナンドに呼び止められた。
「メア。ここに居なさい。キミにはお二人の担当になってもらいます」
「わかりました」
メアが頷き、フェルナンドの背後に控える。
「っと、その前に姫様。そちらの御仁をご紹介いただけますか?」
「あっ……。そういえば紹介がまだでしたね。ご存知かと思いますが、こちらはレイ。勇者パーティの前衛を務めた方です」
紹介を受けたので立ち上がり、以前アイリスに教えてもらった貴族の礼を取る。
「レイと言います。よろしくお願いします」
「やはり黒の暴虐様でしたか。試験で見せた腕前には私、年甲斐も無く興奮してしまいました。この腕でなければ出たかった所です」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが、……出来ればその呼び方は勘弁してください」
「おや? お嫌いでしたか。……ではレイ様と」
「お願いします」
「それで、レイ様は姫様とはどのような関係で?」
フェルナンドの眼光が鋭さを増した……気がする。顔は微笑んでいるが目が笑っていない。
……恋人の父親に挨拶するみたいだな。
だが、怯むことはない。俺とラナの関係にやましいことなんて一つもないのだから。
俺は胸を張り、フェルナンドの目をしっかりと見た。
「恋人です。俺はラナは愛している」
「愛……ですか。しかし、姫様と出会ったのは最近のはずでは?」
その疑問はもっともだろう。
なにせラナは閉じ込められていたのだ。普通に考えれば俺と出会ったのは助け出した時になる。
フェルナンドからすると出会って一月も経っていない男が愛を語るなどおかしな話だろう。
「それは私から説明します。レイ。全部話したいんだけどいい?」
「ああ。構わないよ」
俺は頷いた。
「ありがと。では結界を張りますね? フェルナンドもいいですか?」
「ええ。念のため私の方でも張っておきます」
ラナとフェルナンドが魔術式を記述し、結界が張られた。
「この件は他言無用でお願いします」
フェルナンドとメアが頷いたのを確認すると、ラナは話し始めた。
封印された後から俺との出会い、別れ、そして再会。魔王戦から枯死の翠、そして眷属の事まで。
包み隠さずに全てだ。
「なる……ほど。世界を超えてですか……。俄には信じられませんが、その様子を見るに事実なのでしょうな」
フェルナンドが繋がれた俺とラナの手を見て言った。
「しかし、まさかあの姫様に恋人とは」
「あのとはどう言う意味ですか? フェルナンド」
「ゴホン……失言でした」
フェルナンドはわざとらしい咳払いをして手元の資料に視線を落とした。
「姫様は疑問に思いませんでしたか? なぜグランゼル王国が存続しているのか」
「誤魔化しましたね?」
ラナはため息をついたが、深く追求はしなかった。
「まあいいでしょう。それはたしかに思っていた事です。王国が滅びていることも覚悟していましたから。レイから聞かされた時は驚いたものです」
グランゼル王国はラナが封印された日、壊滅的な被害を受けた。
国王と王妃が殺され、星剣適合者であるラナも封印された。残った王族は幼いアイリスのみ。
帝国にとって侵略するには絶好の機会だったわけだ。
そして、皇帝はその準備をしっかりと進めていた。
しかし侵略は起こらなかった。
グランゼル王国が壊滅的被害を受けたその翌日、帝城に残っていた皇帝と覇星衆の半数が一人の男によって殺されたからだ。
男の攻撃で帝城は吹き飛び、侵略どころでは無くなった。
よってグランゼル王国は今もなお存続している。
「皇帝を殺した男が今の皇帝ですか?」
「はい。しかし統治は序列第一位である宰相に一任しているらしいのです」
「宰相……」
ラナは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。宰相はラナを封印した張本人だ。
「現皇帝はその後、一度も姿を現していないと聞いています。なので実在さえ疑われているのだとか」
「なるほど。ならば私はその皇帝に感謝しなければなりませんね。その者の名前はわかりますか?」
「いえ。名前も容姿も不明です。しかし、長い黒髪をした長身の男という噂がありました。真偽は定かではありませんが」
「……黒髪ですか。レスティナでは珍しいですね」
「はい。ですが、いないわけではありません」
「……それほどの男が表舞台に姿を現さないのは妙ですね。なにか目的があるのか……。……ともあれ、わかりました。情報ありがとうございます。それでフェルナンド。貴方は騎士団に戻るつもりはないのですか? 貴方が望むのでしたら……」
「いえ、申し出はありがたいのですが私は老いました。それにおそらくこちらに居た方が姫様にとっては便利ではないかと」
「……たしかにそうですね」
冒険者ギルドは国家に属さない。
そのため、グランゼル王国にあっても国としてギルドに命令をする事はできない。
よってフェルナンドのいう通り、信の置ける者がトップだとラナにとっても得なのだ。
「私の忠誠は変わっておりません。グランゼル王国の為にならば命をも掛けて見せましょう」
「それは初めから疑っていませんよ。貴方ほどの忠臣はそうそういないですからね。……ではよろしくお願いします」
「御意に」
フェルナンドは胸に手を当てて騎士の礼を取った。
「では本題に入りましょうか。冒険者登録は出来ますか?」
「メア。手配は済んでいますか?」
「はい! こちらに!」
フェルナンドの背後に控えていたメアが懐から取り出したのは二枚のカードだった。ウォーデンも持っていた冒険者証だ。
彼のカードは虹色でS級であることを示していた。
そしてメアが持ってきたカードは金色。
「金……?」
金はA級であることを示す。しかしそれはおかしい。
「初めての登録は白では?」
俺は疑問に思って口にした。
白は駆け出し冒険者であるE級が持つ冒険者証だ。
通称、色無し。
どんな冒険者も始まりはこのランクだと聞いている。
「普通の登録ならば白になります。しかし滅多に使われることはありませんが、ギルドマスターの権限でランクを引き上げることができます。私はそれなりに地位が高いのでA級までは上げられるのです。本当はS級にしたいのですがね」
フェルナンドは苦笑しながら頬を掻いた。
「でも、さすがにいきなりA級は反感を買うのでは?」
「あの試験を見ていた者なら文句は言いませんよ。もし言ってくる輩がいても実力で黙らせればいいだけです。冒険者というものは実力主義なので」
「そうですか……。そういうことならありがたく受け取っておきます」
「ええ。そうしてください」
フェルナンドが鷹揚に頷いた。
「ちなみにS級への昇格条件はなんですか?」
「最低条件はS級迷宮の踏破です。そこから、その人物の人格や実力がS級にふさわしいかの判断が行われます」
「なるほど。なら俺は最低条件をクリアしているのか」
「ええ。ですが、姫様を射止めたレイ様ならば人格も相応しい事でしょう」
「ちょっと! フェルナンド!」
ラナが頬を染めて立ち上がる。そんなラナを見てフェルナンドは好々爺然とした笑みを浮かべていた。
……祖父と孫みたいな関係なのか?
そんなことを思ったが、口には出さないでおく。
「失礼しました。ともあれ奈落の森は全九十八階層でした。それをたったの六人で踏破したんですから実力は十分過ぎるほどです」
「まああれは少しズルみたいなもんですけどね」
なにせ碌に攻略していない。おそらくは枯死の翠の思惑だ。
あの魔物の数。まだ上層だというのに出現した白大蛇。未踏破領域には誘導された可能性が高い。
「いえ、私も調査結果は見ましたが目を疑いましたよ。夥しい量の死骸があったそうですね。それも白大蛇を初め、全てS級に準ずる魔物だったとか。おそらく普通に攻略するよりも難易度は高かったはずです。それに今回の奈落の森はかなりおかしい。そもそもあのような未踏破領域は迷宮に取って害にしかならないはずです」
フェルナンドの言う通りだ。
わざわざ近道を用意するなんておかしすぎる。
それにヒュドラだ。考えてみると、あれほど都合良く解呪の素材が手に入るだろうかと疑問に思う。
そうなるとアルメリアの呪いにも枯死の翠の影がチラつく。
……黒フードの暗殺者たちが眷属の可能性もあるか。
そう考えると伯爵邸でバケモノが襲ってきたのも辻褄が合う。
「……枯死の翠とやらが関わっていそうですね」
「そうですね」
「……どうしますか? S級になれば機密情報の閲覧も可能ですが、昇格の申請はしますか?」
「でしたらお願いします」
「かしこまりました。ではレイ様の昇格申請は私の方で行っておきます。ご連絡先は王城でいいですか?
「はい。お願いします」
「では他に何かありましたら私かメアにご連絡ください」
「はい。……ラナは何かある?」
「ううん。大丈夫」
「ではフェルナンドさん。今日はありがとうございました」
「いえいえ。私の方こそ姫様をお救い下さりありがとうございました。このご恩は生涯忘れません」
「俺がしたくてやったことなので恩に感じる事はないですよ?」
「では最大限の感謝を。何かあれば私が力になりますので言ってください」
「ありがとうございます」
お礼を言い、ソファから立ち上がる。
と、その時思い出した。
「あ、俺たちの前に登録した二人、カナタとカノンですが、彼らも仲間なので希望するならランクを引き上げてもらえますか?」
「構いませんよ。近隣のギルドにはすぐに手配しておきます」
「よろしくお願いします」
そうして俺たちは冒険者ギルドを後にした。
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