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帝国

 フェルナンドが先ほどの受付嬢にお茶の用意を頼んだ所で、ラナが変装を解きソファに座った。


「レイもサングラス取っていいよ?」

「そう? なら……」


 俺も変装を解いてラナの隣に座る。

 するとものの数分で、部屋にノックが響いた。


「お待たせ致しました」


 既に用意をしていたのか、随分と早い。

 扉が開くと金髪の受付嬢がお茶のセットをトレーに乗せて運んできた。芳しい香りが部屋に広がる。


「この香りは……サイル茶ですか」

「昔から姫様がお好きでしたので」

「覚えていてくれたんですね」

「もちろんです」


 受付嬢が机にお茶を並べると部屋を出ていく。その際、「ありがとうございます」とお礼を言うと微笑まれた。


「私も所用があるので、少しお待ち頂けますか? すぐに戻ります」


 そう言ってフェルナンドも一時退室した。部屋に残ったのは俺とラナの二人だ。

 不用心といえばそれまでだが、そこは積み重ねてきた信頼関係だろう。


「頂こうか」

「うん。いただきます」

 

 ラナが呟き、サイル茶を一口飲む。

 静かに喉が上下した後、噛み締めるように大きく息をついた。顔が幸せそうに綻んでいる。よっぽど好きなのだろう。


「……やっぱり美味しい」


 ラナは感慨深げにそう溢した。数年ぶりの好物となればさぞ幸せだろう。


「そんなに美味しいの?」

「うん。私、お茶ならサイル茶が一番好きだなぁ。レイも飲んでみて」

「わかった。いただきます」


 一口飲むと、口の中に少しの苦味が広がった。

 味としては珈琲に似ているだろうか。好みは分かれそうだが、俺は好きだ。


「どう?」


 ラナが期待に満ちた視線を向けてくる。なので俺は笑みを返した。


「美味しいよ」

「よかった。この苦さがダメな人も多いから」


 ラナは俺の反応にホッと息をついた。

 地球でもブラックコーヒーは好みが分かれる物だ。だけどカフェオレやカフェラテのように苦手な人でもミルクや砂糖を入れればマイルドになる。

 その違いを俺はよくわかっていないが、そちらなら飲めると言う人間も多い。

 

「もしかして苦手な人はミルクとか入れたりする?」

「よくわかったね? お砂糖とかで甘くする人もいるよ」


 やはりこのサイル茶とやらは、日本で言うところの珈琲らしい。


「地球にも同じようなのがあるんだ。珈琲って言うんだけどね」

「へー! そうなんだ!」


 食いつきがすごい。俺が思っている以上に好きらしい。


「それは興味あるなぁ。いつか飲んでみたい」


 ラナが瞳を輝かせる。そして窓の外、遠くを見つめた。

 味を想像して想いを馳せているのだろうか。


 ……こんなに好きならいつか珈琲も飲ませてあげたいな。


 可能か不可能かでいえば、不可能だろう。

 だがラナが喜ぶならば、それだけで俺はがんばれる。


 ……となると必要なのはレスティナと地球の行き来か。


 無理難題だな。

 俺は内心で苦笑した。だけどどうせ帰還方法も探すのだ。ついでにそっち方面でも調べるぐらいならいいだろう。


 ……まあ魔術に関してはラナやカナタに頼りっきりになるだろうけど。

 

 そんなことを思いながら再びサイル茶を飲む。

 と、そこで再びノックが響いた。


「どうぞ」


 ラナが返答すると、フェルナンドが戻ってきた。


「お待たせ致しました」

「所用は済みましたか?」

「はい。指示を出してきただけですので」

「では、本題と行きたいところですが、その前にフェルナンド。一つ聞きたいことがあります」


 ラナの纏う雰囲気が剣呑なものへと変わった。


「その左腕をやったのは誰です?」


 ピリピリと空気が震え、張り詰める。これほどの怒気を発したラナを俺は初めて見た。

 

 フェルナンドはごくりと喉を鳴らすとゆっくりと口を開く。


「……覇星衆(はせいしゅう)序列第四位、【炎帝】ファイマス=イグニステラ」


 その言葉を聞いた瞬間、ラナの怒気は殺意へと変わった。魔力が溢れ出て、部屋の温度が急速に下がっていく。

 ラナの拳は固く握りしめられていて、血が滲んでいた。


「……ラナ」

 

 俺はラナの手を取り、ゆっくりと拳を解いていく。


「落ち着いて。綺麗な手なんだから傷付けちゃ勿体ないよ」

「あっ。ごめん」


 無意識だったのか、血の滲んだ手のひらを見て驚いていた。ラナは魔術式を記述して、即座に傷を治した。


 そして一度胸に手を当て、大きく深呼吸をする。すると次第に殺意が収まっていく。


「……大丈夫?」

「うん。ありがと」

 

 ラナは俺の手を握り、フェルナンドに向き直った。


「すみません。取り乱しました」

「いえ。私も姫様と同じ思いですので」

「……ヤツとは私も会いました。お父さんとお母さんもヤツが?」

「……はい。私では力不足でした」

「そう……ですか」


 ラナが呆然と呟き、視線を地面に落とす。

 その心中は察するに余りある。


 ……それにしてもフェルナンドさんの片腕を取れるほどの実力か。


 それは並大抵のことでは無い。

 真正面から撃ち倒したというのなら、紛れもない強者だろう。


 ……だけど帝国ならあり得るか。

 

 帝国は名の通り、皇帝が支配している国だ。その統治体制を一言で表すならば、超実力主義。

 皇帝でさえも実力で決まる。

 よって帝国内では皇帝の座を狙って、日々争いが繰り広げられている。


 そして覇星衆とは帝国の最高戦力の事を言う。皇帝を除いた強者から順に十名がその名を名乗ることを許される。


「……レイ」

「ん?」


 名前を呼ばれ、ラナを見る。その瞳は不安に揺れていた。


「私が敵討(かたきう)ちをするって言ったら軽蔑する?」


 俺はラナの手を両手で包み込んだ。

 

「そんなわけ無いよ。俺はいつ、何があってもラナの味方だ。ラナがどんな答えを出そうが、協力を惜しまない。だから俺のことは気にしないで答えを出して」


 復讐は何も生まない。

 そんな言葉があるが、俺はそう思わない。

 復讐を果たして心が軽くなるのならば、やるべきだとさえ思う。

 

「……レイ。……ありがと」


 そう言ってラナは目を閉じた。それからしばらく微動だにしなかった。


 復讐を果たしたいのなら、障害になるべき存在は俺が排除する。復讐を望まないのならば、隣に寄り添う。

 ずっと共にいると誓ったのだ。ラナがどんな選択をしようとも離れるつもりは毛頭ない。


 やがて、ラナは目を開いた。

 どうやら答えは出たらしい。その瞳からは不安が消えている。

 

 ラナはフェルナンドに向き直ると頭を下げた。


「フェルナンド。ごめんなさい。敵討ちをすることはできません」

「で、しょうな」


 フェルナンドはその答えを予想していたようだった。

 

「はい。私は王女です。アイリスが望むのならば、やがて王となるでしょう。そんな私が復讐に走れば戦争が起こります。そうなれば国民に戦火が及ぶ。それだけはできません」


 ラナは一息に言い切った。


「わかった。俺はラナの意志を尊重するよ」

「ありがとね。……でも、私とレイの道に再び炎帝が立ちはだかるのならば話は別。そうなった場合は私が必ず殺す」


 ()()では無く()()

 あえてそう明言したのは覚悟の現れか。

 ならば俺の言うことは決まっている。


「もしそうなったら露払いは任せろ。絶対に邪魔はさせない」

「……うん。ありがと」


 ラナは微笑むと、俺の手を強く握った。

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