デート
ラナと共に城を出た。
すれ違う貴族や使用人たちにニヤニヤと温かい、もとい生温かい笑みを貰い、気恥ずかしくなったが気にしないことにする。
特に恋人だと宣言はしなかったが、この様子だと城中の人が知っていそうだ。
「それで、どこに連れてってくれるの?」
ラナにそう聞かれて気付いた。
……やばい、何も考えてない。
ラナの瞳は期待に充ち満ちている。
出来る男ならば、観光名所から回る順番、食事の予約まで調べ上げていることだろう。
だが俺は城にいた時、禁書庫に引き篭もっていた。
引き篭もりは外になんて出歩かない。当然、街のことなんて何も知らない。
完全にやらかした。
「なんてね」
一人慌てているとラナはウインクをし、可愛らしく舌を出した。
「レイが街のことを知らないのは私知ってたんだ」
「……そう……なのか?」
「アイリスに聞いてたからね」
「でもごめん。ちゃんと下調べはしておくべきだった」
「謝らなくていいよ。こういうデートは初めてなんでしょ?」
女の子と二人で出掛けたことなんてサナとしかない。
それにあれは、小さな時だ。デートなんてものではなかった。
「うん。今まで恋人なんて出来たことないからな」
「それが嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「うん。私がレイの初めてなのが嬉しいの。もし手慣れてたらちょっとショック……というか嫌だったな」
「そういうもんなのか?」
「そういうものなの!」
逆の立場で考えるとたしかに嫌だったかもしれない。というか、考えただけで胸がモヤモヤしてくる。
……これはかもしれないではなく、嫌なんだな。
はっきりと自分の気持ちを認識した。
……というかラナはどうなんだろう。
そう考えると不安が首をもたげてくる。そう思うと聞かずにはいられなかった。
「その……ラナはどうなんだ?」
俺が聞くとラナは嬉しそうにニンマリと笑った。
嫉妬してる事に気づいているのだろう。かなり恥ずかしい。
「気になる?」
「まあ……な」
「安心して。私もレイが初めてだから」
その言葉で胸の中で蟠っていた不安が消えた。
……よかった。
俺はホッと息を吐いた。するとラナが腕に抱きついてくる。
「それに召喚された時、街に出なかったのは私の為に禁書庫に篭ってたからでしょ?」
「まあ……そうだな」
あまり恩着せがましくなるのは嫌だったが、事実なので頷いた。
「だからいいの! あとね、私はレイと……その、デートできるならそれだけで満足だよ!」
上目遣いに言われ、ドキッと心臓が跳ねた。
心拍数が上がり、顔が熱くなってくる。一体どれだけドキドキさせれば気が済むのだろうか。
俺はラナの顔を直視できずに、明後日の方向を向く。
「……そう言ってくれると助かるよ。なら、とりあえず大通りを歩いてみようか」
「うん! いこ!」
そうして俺たちは大通りに向かって歩き出した。
程なくして大通りに到着した。
時刻は朝を過ぎた時間帯だ。人も多い。俺は逸れないようにラナの手を握った。
「それにしても店が多いな」
「グランゼル王国一の商業区だからね」
ラナが自慢げに胸を張る。
道を進んでいると本当にいろいろな店があった。
アクセサリーショップから、食事処。軽食を販売している出店やカフェまで。多種多様な店が軒を連ねている。
「結構店が変わってるなぁ」
「そうなのか?」
「うん。流石に大きい所は変わってないけど、小さいお店は見た事ない店ばっかり」
そんな他愛のない話をしながら道を進む。するとラナが足を止めた。
「あ、あそこ」
俺も釣られて足を止めると、ラナの視線の先を見る。
そこにはポップな書体の看板を掲げたアイスクリーム店があった。
子供達に人気なのか親子連れが目立つ。
「ラナはアイスが好きなのか?」
「え? まあ好きだけど……そうじゃなくて」
「?」
「小さい頃にね。アイリスを連れて来たことがあるの」
「そうなんだ。じゃあここは昔からある店なのか。入ってみる?」
「うん」
ラナが頷いたので、二人で店内に入る。
店内はとても涼しくひんやりとしていた。季節はもう冬だが今日はだいぶ暖かく、丁度いい温度だ。
「テイクアウトもできるらしいけど、座って食べてく?」
「うん。それがいいかな」
「了解」
店内は混んでいたが、テイクアウトをする人が多いからか幸いにして席が空いていた。念の為、俺たちは奥の方にある席に座った。
外から見られない分、その方がバレにくい。多分。
「何にする?」
メニュー表を机に広げてラナに見せる。
メニュー表はもう一枚あったが、一緒に見たい気分だったので、ラナが見てるものを俺は覗き込んだ。
逆さになっているが絵が見えればいいので、不便はない。
バニラやチョコレートといった定番のものから、呪文のような長い名前をしている物まで、種類は多かった。
この種類の多さが人気の秘密だろうか。
……そういえばこっちにもバニラとかチョコとかあるのな。
似たようなものが多いのは勇者召喚があるからだろうか。
はたしてどうやって作っているのやら。物語で読んだ勇者なら自分で調べて店を経営……なんて事をするのだろうが、俺はそこら辺にはあまり興味がない。
「んー」
ラナはメニュー表と睨めっこをしていた。どうやら悩んでいるらしい。
「どれで迷ってるんだ?」
「このチョコレートか、バニラか。シンプルなのが王道だけどどちらも捨てがたい……!」
日本のアイスクリーム店だと|半分半分《ハーフ&ハーフ》とか二個とかに出来るものだが、どうやらレスティナにはそういった文化はないらしい。
だけどラナの悩みを万事解決する方法はある。
「なら丁度いい。俺バニラがいいからシェアしよう」
勝手に|半分半分《ハーフ&ハーフ》にしてしまえばいいのだ。
「いいの!?」
「もちろん。じゃあ買ってくるから待ってて」
「ありがと!」
俺はカウンターに向かい、手早く注文を済ませた。
地球と同じで区分けされたアイスから、これまた地球で使われているものと似たような先端が丸い器具を使ってアイスを取っていく。
混雑していたので少し時間は掛かったが無事に買えた。
「はい。スプーン。どっちからでもいいよ」
席に座りながらラナにスプーンを渡す。
「ありがと! お金はどうする?」
「払わせてください」
冗談めかして頭を下げると、ラナは微笑んだ。
「ありがとね」
その笑顔が見られるだけで俺は幸せだ。
ちなみに金の心配はない。
魔王討伐の報奨金という名目でグランゼル王国からかなりの額を貰っている。
正式に討伐が確認されたら、聖王国からも出るらしい。正確には討伐ではないので本当に出るのかは疑わしいが。
ともあれ彼女にいい所を見せるぐらいはできる。
「じゃあ食べようか。いただきます」
「イタダキマス!」
ラナが口にしたのは日本語だ。
王都へ帰ってくる時に、俺とサナとカナタが食事のたびに言っていたのを疑問に思ったラナに教えたのだ。
それから勇者パーティでも何かを食べる時は言うようになった。
ラナが先にチョコレートを食べたので、俺はバニラを食べた。口の中に懐かしい香りが広がる。
「うまいなこれ」
「んね! おいしい!」
アイスなんて食べたのは何年ぶりだろうか。
最後に食べたのは思い出せないぐらい昔だ。そのせいか記憶にある味よりもずいぶんと美味しく感じた。
ラナも頬を綻ばせている。
美味し過ぎてぱくぱくと食べ進めてしまう。
だが俺は忘れていた。冷たい物を一気に食べると頭がキーンとする事を。
「うっ……」
思いっきり目を瞑り、頭を手で押さえながらなんとか堪える。
そんなことをしていたらラナの笑い声が聞こえてきた。
「すごい顔。キーンってした?」
「うん。……こうなるって忘れてたよ」
「そういえばアイリスも初めて食べた時になってたなー」
「……ラナはなったことないのか?」
「氷姫だよ? そこら辺は魔術で対策済み」
ラナが小声で言い、ドヤ顔で胸を張った。
なんという魔術の無駄遣いか。それが可笑しくておれは苦笑した。
「なんかずるいなそれ」
「便利と言って欲しいね!」
そんなこんなで他愛のない話をしながら食べていると、アイスはすぐになくなってしまった。
本当に美味しかった。
「美味しかったね。ラナは満足した?」
「うん! 最高に美味しかった! 私も満足……あ」
言葉の途中でラナが固まった。
「どうした?」
「ワタシ……モウヒトツ、タベタイナー」
凄まじい棒読みだ。
何か裏があることは間違いないが、食べたいというなら追加するのも吝かではない。
「じゃあ何にする?」
メニューを広げてラナに見せる。すると何やら悩み始めた。
「また悩んでるの?」
「うん。定番は食べたからさ。なにか変わり種で良いのがないかなって。レイは気になる味はある?」
「ん? ラナが食べるのに俺が決めていいのか?」
そう言うと一瞬ラナの視線が泳いだ。果たして何を考えているのやら。俺は一応気付いてないフリをした。
「……うん。レイに選んで欲しい……かな?」
「じゃあこれ。イリエスティス? ラナは食べられる?」
正直に言うと俺はこのイリエスティスなるものが何なのかはわからない。
日常会話なら難なく話せるが、細かい名詞が出てくると俺には少し難しい。
メニュー表に絵は書いてあるが、見たことのない果物だった。
……まあ人気店みたいだし、変なものはないだろう。
ってな感じで適当に目についた物を言ってみた。
ラナが食べられないなら別のものにすれば良いだけだ。
「うん。イリエスティスは私好きだからそれにする」
「わかった。なら買ってくるよ」
「ありがと!」
席を立ち、手早く注文を済ませる。
今度は一つだけだったのと、混雑も落ち着いてきていたのでさほど時間は掛からなかった。
店員にお礼を言ってアイスを受け取る。
……なんか嗅いだことある匂いだな。
そう思ったが、それが何なのかはわからなかった。
「はい。イリエスティスのアイス」
「ありがと! いい匂いだね!」
「そうだね。なんか嗅いだことある匂いなんだよなぁ」
「………………じゃあ食べてみる?」
少しの沈黙の後、意を決したようにラナが言った。心なしか、顔が赤いように思う。
「じゃあお言葉に甘えて――」
「待って!」
スプーンを持ち、アイスを掬おうとしたところでラナから待ったが掛かる。
首を傾げていると、ラナがスプーンでアイスを掬ってこちらへ差し出してきた。
「あ、あーん」
「あぁなるほど。それがしたかったんだ?」
みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。熟れたりんごみたいだ。
「……恥ずかしいから早く食べてよ」
「じゃあいただきます」
パクリと一口。これまた懐かしい味がした。
「……マスカットだ」
「マスカット?」
「うん。地球のマスカットって言う果物と味が似てる。俺、マスカット好きだからかなり嬉しい」
「ならよかった! ……その、私にもちょうだい?」
ラナが俺を覗き込むように上目遣いでそう言った。
恋人が可愛すぎて困ってしまう。心臓が持たない。さっきからドキドキしっぱなしだ。
だけどそんなことをされたらあげないわけにはいかない。俺はスプーンでアイスを掬うとラナの口元は持っていった。
「あ、あーん」
……うわこれ。予想以上に恥ずかしいな。
多分俺もラナと同じように顔が真っ赤になっていることだろう。
ラナは俺のスプーンからアイスを食べるとすぐに俯いてしまった。
「……これ、やってもらう方も恥ずかしい」
「そうだな……」
顔が熱い。これではバカップルだ。この場にサナとカナタが居なくてよかった。こんな場面は絶対にあの二人には見せられない。
「でも美味しいね」
「そうだな。……帰りにお土産でみんなにも買って行ってあげようか」
サナもカナタもこちらにきてからアイスなんて食べていないはずだ。サナは女の子らしく甘いものが大好きなので喜ぶだろう。
それにみんなには世話になったから買って行ってあげたい。
「そうだね。帰りにまた寄ろうか」
「だな」
イリエスティス改め、マスカットのアイスを食べ終わる頃には、店内には客が増えていた。
店内の席も、満員状態だ。
「混んできたし出ようか」
「うん! ゴチソウサマ!」
そうして俺たちはアイス店を後にした。
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